祖父がくれた【生きる力】
この冬は、わたしにとって寂しすぎる冬。親しい友人と大好きでたまらない祖父、わずか二週間の間に、二人が続けて天国に旅立った。
このことを、noteに書くことは大きなためらいがあった。
3年半前に親友を亡くしたことも、いまだ言葉にすることが辛いほど。お別れを、文字化するのはあまりにもかなしくて。
それも乗り越えられていないなか、また親しい友人の旅立ち。信じられないし、信じたくない気持ち。
だけど、病と向き合いながら、わたしたち友人に残してくれた沢山の優しい思いやりや気遣いの数々に、わたしは彼女にたくさんのありがとうを伝える日々を送っていた。
友人たちと彼女の家で語らって、前を向いて頑張ろう!と思った二日後。
今度は、大好きな102歳の祖父が天国へと旅立った。
102歳。超高齢ではあるけれど、祖父は元気だった。頭もしっかりしているし、よくしゃべってよく笑っていた。
一週間前に、ご飯をあまり食べられなくなって心配していたけれど、それでも食べないだけでしゃべっていたし元気に見えた。
「がんばれよ。がんばれよ。」
と、いつになくわたしに向かって励ましの言葉をくれていた。でも、元気だった。
だから、一週間後のあの日。あまりにも突然の出来事だった。
その日、日中に会いに行けた。わたしが、手を握ったら、祖父はぎゅって力強く、とても力強く握ってくれた。
あの日は、しゃべることもできなくて、ペンで文字を書くにも力が入らないほどだったのに、ぎゅって力強く、力いっぱい手を握ってくれた。離したくなさそうだった。
その手の感触がいまでも残っている。
あれは、「がんばれよ」だったのかな?
「〇〇ちゃんだね!(私の名前)」だったのかな?
きっと、どちらでもあるのかも。
大好きな祖父のことを書かないで、noteをまた書き始めることなんてできない。それは、どうしてもしてはいけないような気がした。
あれだけ、noteに祖父のお話(手紙コンテストや文藝春秋のこと、長生きの秘訣など)を書いていたし、それは祖父にも見せてくれていたから。祖父はそのことをとてもとても喜んでくれていたから。
だから、祖父のことを書かずにまたnoteを書き始めるなんて、できない。書くことで喜んでもらえると思うから。
友人とのお別れのことは、逆に書くことをしていいのかと思っていたのに、祖父とのお別れは書いた方がいい気がする。それぞれの性格を考えて、どっちがいいのかと考えたのだ。
祖父のことは…すこしずつ書こう。
だけど、どうやって書いたらいいのか、まとめたらいいのかも、いまのわたしには、わからないのだ。
ただ、ひとつ言える事。
「がんばれよ」
「無理すんなよ」
頑張れと無理すんなよと、どんなときでも、いつもわたしを励まし続けてくれた祖父は、わたしにわたしらしく生きていってほしいはずだ。
これからの人生に祖父がいないなんて、とても寂しい。
でも、祖父にあれだけ可愛がられ、愛され続けた自分に自信を持って、生きていかないといけないと思った。
自分らしく力強く歩め、と言われている気がして。
今日、祖父のことをちょっと書いてみた。
祖父なら、きっと「照れるな」と言いながらも、前を向くために「書いていいよ」って言うと思うから。
祖父がたいせつにしていた、【生きる力】
わたしにもあるかな。
家族と映る笑顔の写真の数々。
赤ちゃんのわたしを抱っこしている優しい笑顔の祖父。
ウエディングドレス姿のわたしと腕を組んで歩いている祖父の嬉しそうな笑顔。
どの笑顔を見ても、今は泣いてしまうけれど、
わたしは力強く生きていく。
どれだけわたしが年を重ねても、
おじいちゃんのことを思い出すと、
いつでも心があたたかくなるような、
そんなおじいちゃんでいてくれて ありがとう。
わたしのことを、たくさん可愛がってくれて、ありがとう。
【生きる力】おじいちゃんから受け継いで生きていくよ。

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