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*ADHD日記*アメブロ記事の再起動 #36 〜 **小学生時代**


【綺麗事では通じなかった】


前回の件で学んだことがある。

それは、これから学校に対して不満があったとしても、
決して文句から始まる抗議はしない、と。

先生だって、人間だ。

そう、人間には「喜怒哀楽」の感情がある。
誰だって、「怒」をぶつけられていい気はしない。

前回の話がいい例だと思う。

いくら0点のテスト結果ばかり渡されたといえ
「これって、いったいどういうことですか?」
感情的に怒ったとしても、先生もカチンとくるだけだ。
その後の関係にまで影響したら、泣くに泣けない。

それよりも、
「私の考えは間違っているのでしょうか…」と、しおらしく、
相手の出方を待ち──どうせ泣くなら、ここで泣く。

号泣してしまうと話にならない。

極端な話、「嘘泣き」したっていい。

相手も、その方が親身になって話を聞いてくれる。

「嘘泣き」というと、聞こえは悪い。
だけど、そうでもしないとこの声は誰にも届かなかった。
それが現実だった。

先生方を騙すわけではない。
「喜怒哀楽」の「怒」を「哀」に変えるだけ。
あくまで「交渉」がうまく進むための
人間関係を壊さないためのテクニックだと割り切る。

こうして私は、声を震わせながら
言いたいことは全て言う術を身につけていった。





【支える側にもなること】


相手に何かを要求するのも、同じだった。

「ああしてほしい、こうしてほしい」
そんな要求ばかり、学校に求めてるばかりではなかった。

幼稚園から小、中、高校生と、私はPTAを含め、いつも役員をしていた。

正直、人をまとめるのも苦手、人前で話したくない性格。

それでも、役員をやることで学校に行く機会は多くなる。
普段の学校での、息子の様子を見るにはいちばんだった。

横の繋がりもできて、ママ友も増える。
学校の情報も入ってくる。

担任も、廊下で会えば
「お母さん。今日ね、息子さんが…」と、話しかけてくれる。

頼る先生は、担任だけじゃなくてもいい。
いろんな先生と関わることで信頼関係が築ける。

学校のためにと動くことで、学校側と息子の話もしやすくなっていく。

役員じゃなくてもいい。
掛け算九九見守り隊、ミシンお助け隊、スポーツ大会の記録係、
本の読み聞かせ、大掃除ボランティア…。

私はほとんどのことに参加していた。
今思うと、パートで働きながらよくやっていたな、と自分でも思う。
転勤で知らない土地で暮らしているのに、夫はいつも単身赴任。

働くことで、学校に関わることで。
支えているようで、
自分自身もまた、何かに支えられるようになっていった。


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#PTA役員の日々  #信頼関係を築く  #支え合うということ

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