*ADHD日記*アメブロ記事の再起動 #6 〜 **幼稚園時代**
【ふりだしに戻った幼稚園探し】
私はまた、知らない土地にやってきた。
東北の乾いた北風が、まるで針のように頬を刺す。
肌に突き刺すような痛み。
凍えるような寒さの中で、私はまた、幼稚園を探していた。
まるで、人生すごろくをして、「ふりだしに戻る」に止まったような気分。
二度もこんな思いをするなんて。
覚悟はしていた。
前とは違って、我が家にはパソコンがある。
それでも結局は、自分の目で見て、息子に合う幼稚園を一つひとつ確認していくしかなかった。
【冷たい風】
「何かしらの発達障害があると言われています。
オムツもまだ取れていません。
食事は自分でできます。ハサミは使えません。
名前を呼んでも、返事はしません」
毎日、同じことを──
我が子が“できないこと”ばかりを説明して、悲しくなった。
茶道と英語。
平仮名と、カタカナ。
早期教育に力を入れている幼稚園はあまりにも多かった。
「今から入って、付いてこれますか?」
──どこに行っても、言われることは同じ。
「年中さんなのに、まだオムツが取れてないのも困りますね。
親がやるべき躾を、幼稚園にしてもらおうなんて、思わないでください」
──私の子育てを否定しているの?
あなたは…私が躾をしてないところを見てたの?
「発達障害があると園から申請すれば、助成金が出ます。
それをこちらでいただいて、運営にまわしても構わないのであれば、
この子を受け入れますが」
──子どもの話より助成金が先なの?
振り返ってみると、この幼稚園探しは
高校や、その先の進学先を決めるよりも、過酷で、そして残酷だった。
心の中にも、冷たい風が吹いていた。
【たこ焼き屋さんがくれた希望】
ネットで調べられる幼稚園にはすべて行って──全滅だった。
もう、なりふり構っていられなかった。
近所の本屋、キッズ広場で子どもを遊ばせているママさんたち…
片っ端から声をかけた。
最終的には、スーパーの片隅にあるたこ焼き屋さんで、
「自分の子どもが通ってた幼稚園が良かったから」と紹介された場所に向かった。
山の中にある、小さな山小屋のような幼稚園。
そこは、入った瞬間から空気が違っていた。
木のぬくもりと、やわらかい光。
子どもたちの写真が一人ひとり、手作りの布で包まれて飾られていた。
足を踏み入れた瞬間、息子が「わ〜!」と、嬉しそうに声をあげた。
その光の中に包まれるように、園長先生と副園長先生がいらして、
やさしく、静かに、私たちを迎えてくれた。
「発達障害?オムツが取れてない?
大丈夫ですよ、誰だってできないことはありますから。
そんなの、なんにも気にしませんよ。
でも、しっかりサポートはさせていただきます!」
あれだけ入園を拒否されて悔しい思いをしても、涙は出なかったのに
私はこの言葉で涙が止まらなくなっていた。
息子は園庭の滑り台で、小さな笑顔を見せていた。
【受け止めてくれた場所】
幼稚園探しは本当に大変だった。
でも──息子に合う幼稚園に、私は二度も出会えた。
それは偶然かもしれない。
でも、あのときの「風の冷たさ」を知っていたからこそ、
この園のぬくもりが、涙が出るほど嬉しかったのだと思う。
どれだけ冷たい言葉を浴びても、
「この子には居場所がない」と突き返されても、
私たちを受け止めてくれる場所は、確かにあった。
だから、あの苦しさにも意味があったんだと思える。
息子の笑顔が、すべての答えだった。
最後の最後に足を運んだ幼稚園。
たこ焼き屋のママさん、その節は本当にありがとうございました──
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