AIもいいけれど純粋な手書きのnoteが読みたいなと思うとき─収益化の奥の世界へ
こんにちは、流香です。
あなたは「AIもいいけれど、純粋な手書きのnoteが読みたい」と思うことはありませんか?
ふと画面をひらくと、生成画像に生成タイトル、AI文章…
あらためて、根がアナログの身としては少しさみしいなと。
数年前のnoteは、もしヘタだとしても自分で撮った画像を見出しに使う人が多かった。
その雰囲気で、「あぁ、〇〇さんだ」とすぐわかるような…
そういった画像が流れてくると、どこかホッとしたものですが、今それをすると、もう地味で目立たなくなるのでしょうか…?
だからますますAI化がすすむのかもしれませんが、個人的にはずっと、アナログ投稿をされている方を応援したくて…
とてもひさしぶりに、自分も写真日記を投稿してみました。



葉、さくら、そして梅たちは、私たち人間がどれだけ猛スピードで進化しても、いつも自然のリズムで、その生命をまわしている…
“共存”を忘れてはならないのは、AIではなく自然の方だと思うのですが、あなたは皆さまはいかがでしょうか?

ちなみにどれだけAIが発達しても、入り込めない領域があると─
それは、私たち人の「体験」と、「生の感情」だと言われています。
そして現時点では、有料noteの点線以下の部分もまだ入り込めていないこと。
だからこそ、本当に大切にしたい本音や体験談は、いつも「有料noteで守ってきた」というあなたへ。
それは、これからもきっとあなた自身のいのちを守る術となり
・有料部分はAIに読み込ませない
・自分の聖域は自分で守る
・“ここ”でしか読めないものを大切にする
そのやさしい線引きが、あなた自身を愛し大切にすることに他ならないのだと、いつかきっと悟れる日がくるでしょう。

こちら大好評?の薔薇の写真も、いつもふれるたび語りかけてくれます。
「あなたのいのちのリズムを止めないで」
「外の都合でつくられたリズムに、そこを削らせないで」
私は、あなたが「役に立つ」を手放したときの笑顔にふれたいのです

…なんて、note収益化マガジンを運営している身で不謹慎な発言かもしれませんが、でもほんらいの収益化とは、その延長上にあることを、私たちは経験から知っています。
本の出版も、そう。
ゴリゴリ「役に立つ」成分でひたされたそれを世に送ることは、実は魂の手放しでもあると、感じています。
あなたが、より“ほんらいのあなた”に近づくために。
人は、必ずといっていいほど「役に立つ」道を通りながら、その人とのつながりや関係性の中で、必然的にヌードなより純度の高いあなたに出逢わされていくようになっているのです。

追伸:
こちらの写真集もおすすめです♪
自然体のわたしに還りたいなという時は、いつでもそっとひらかれてみてくださいね。
(松果体が浄化されるような? とコメントいただいております)
またがっつり収益化のタイミングの方は、こちらの一覧記事もおすすめです♪。
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