大切にされているものは、見たらわかる
車に乗っていると、「この車、すごく大事にされているなぁ」と思う車を見かけることがある。
なんというか、「乗っている人がその車を大切にしている」ということが見ていて伝わってくる車があって、そういう車を見かけると、なんだかすごく心が温かくなる。
どのように大切にされているのかはその車によって違う。いつもピカピカに磨かれている車もあれば、使い倒されている感から愛を感じる車もあって、いろいろだ。でも、愛の形はいろいろあっても、乗っている人がその車を大事にしている気持ちが外に表れているということには変わりがない。
大事にされている車は、走っているときになんとなく余裕があるようにも見える。無理な運転を強いられていない。多分そういうのも、乗っている人の車に対する愛の表れなんじゃないかと思う。
ひとついえることは、「どれだけ金をかけているか」というのとはまた別ということ。この車、だいぶ金かかってるなという車ももちろんある。お金をかけた上で、愛を注がれている車はもちろんあって、そういう車はやっぱり、愛されているオーラを持っている。でも、「金はかかっているけど、それだけ」という車もある。両者は何かが確実に違う。
愛が外に表れるのは車だけじゃない。人でもモノでも同じようなことってある。
恋人にすごく大切にされている子は、ひとりでいるときでもすごく生き生きとしてハッピーな感じに見えたりするし。大切に使われている道具も、大切にされている独特な雰囲気を持っていたりする。ペットだってそうだよね。飼い主といい関係を築いている犬は、散歩がいつもとても楽しそう。
すみっコぐらしに「わた」というキャラがいるんだけど、その「わた」は大切にされているぬいぐるみの中だけに入っている。大切にされている車や人や道具にも「わた」みたいなものが入っていて、それが周りの人の心に何らかの形で伝わっているんじゃないかな。うまく言えないけど。愛を注がれているものは、周りも幸せにしてくれる気がする。自分が誰にも愛されてないと思っていたとしても、自分が自分自身を認めて愛することができれば、きっと自分からもそういう雰囲気を出すことができるんじゃないかと思う。
私はけっこう、自分の車を大切にしているつもりなんだけれど、周りにそれが見えているだろうか。私の車にも、愛が表れているといいんだけど。
