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南京事件考6):否定派からの公開質問状

本日12月13日に南京「大虐殺」追悼式典開催

中国共産党・政府は本日12月13日、日中戦争中に起きた「南京大虐殺」の犠牲者を悼む国家追悼式典を江蘇省南京で開催した。石泰峰・共産党中央組織部長が「軍国主義復活のたくらみと戦後の国際秩序への挑戦は必ず失敗する」と演説し、日本をけん制した。中国は高市政権の安全保障政策見直しや防衛力強化を警戒している。

南京事件否定派からの公開質問状

回答のなかった胡錦濤国家主席閣下への公開質問状より抜粋http://hassin.org/01/wp-content/uploads/19_S1.pdf

一、 故毛沢東党主席は生涯にただの一度も、「南京虐殺」ということに言及されませんでした。毛先生が南京戦に触れているのは、南京戦の半年後に延安で講義され、そして『持久戦論』としてまとめられた本の中で「日本軍は、包囲は多いが殲滅が少ない」という批判のみです。30万市民虐殺などといういわば世紀のホロコーストとも言うべき事件が本当に起こったとすれば、毛先生が一言もこれに触れないというのは、極めて不自然で不可解なことと思います。閣下はこの事実について、どのようにお考えになられますか?

二、 南京戦直前の1937年11月に、国共合作下の国民党は中央宣伝部に国際宣伝処を設置しました。国際宣伝処の極秘文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』によりますと、南京戦を挟む1937年12月1日から1938年10月24日までの間に、国際宣伝処は漢口において300 回の記者会見を行い、参加した外国人記者・外国公館職員は平均35 名と記録されています。しかし、この300 回の記者会見において、ただの一度として「南京で市民虐殺があった」「捕虜の不法殺害があった」と述べていないという事実について閣下はどのようにお考えになられますか。もし本当に大虐殺が行なわれたとしたら、極めて不自然で不可解なことではないでしょうか?

三、 南京安全区に集中した南京市民の面倒を見た国際委員会の活動記録が『Documents of the Nanking Safety Zone』として、国民政府国際問題研究所の監修により、1939 年に上海の英国系出版社から刊行されています。それによりますと、南京の人口は日本軍占領直前20万人、その後ずっと20万人、占領1ヵ月後の1月には25万人と記録されています。この記録からすると30万虐殺など、到底ありえないとしか考えられませんが、閣下はいかがお考えでしょうか?

四、 さらに『Documents of the Nanking Safety Zone』には、日本軍の非行として訴えられたものが詳細に列記されておりますが、殺人はあわせて26件、しかも目撃されたものは1件のみです。その1件は合法殺害と注記されています。この記録と30万虐殺という貴国の主張とは、到底両立し得ないと考えますが、閣下はいかが思われますか?

五、 南京虐殺の「証拠」であるとする写真が南京の屠殺記念館を始め、多くの展示館、書籍などに掲載されています。しかし、その後の科学的な研究 (『南京事件の「証拠写真」を検証する』(東中野他・草思社)など)によって、ただの1点も南京虐殺を証明する写真は存在しないことが明らかとなっております。もし、虐殺を証明する写真が存在しているのでしたら、是非ご提示いただきたいと思います。そのうえで検証させていただきたいと思います。

平成20年5月5日
南京事件の真実を検証する会委員一同
(会長)加瀬英明
(事務局長)藤岡信勝
(監事)冨沢繁信 茂木弘道
(委員)阿羅健一 上杉千年 小林太巌 杉原誠四郎              
               すぎやまこういち 高池勝彦 高山正之 西村幸祐                
                花岡信昭 東中野修道 溝口郁夫 宮崎正弘

「南京大虐殺」とは、昭和12年12月の南京戦のさいに、6週間にわたって日本軍による虐殺、暴行、略奪、放火が生じたとの主張だ。近年の研究によってその根拠は揺らいできた観があるが、先日、南京市にある「南京大虐殺記念館」をユネスコの世界文化遺産に登録申請しようという構想が報道されたように国際社会では史実として定着しつつある。これについては今日まで「大虐殺の証拠写真」として世に出た写真の果たした役割が小さくない。

本書は東中野修道・亜細亜大学教授と南京事件研究会写真分科会がこうした写真143枚をとりあげ、3年がかりでその信頼度をはかった検証報告だ。いわゆる「証拠写真」の総括的検証がなされたのは初めてのこと。

延べ3万枚を超える関連写真との比較検証・照合からわかったことは、これらの写真の半数近くが、南京戦の翌年に中国国民党中央宣伝部が戦争プロパガンダ用に作った2冊の宣伝本に掲載されたものだったことだ。しかもそのうちの数枚は『支邦事変画報』など、当時日本の写真雑誌に載った従軍カメラマン撮影の写真をそのまま使い、略奪や無差別爆撃、強制労働の写真であるかのようなキャプションに付け替えられていた。

「日本兵」の軍服の細部や被写体の影の有無から合成あるいは演出写真と判明したものもある。

さらに戦後、南京裁判に提出されたという16枚の写真については、写っている人物の身長と影の比率から、撮影時期を5月末か6月初めと特定。「大虐殺」発生時との矛盾が判明した。また16枚の画面サイズの計測によってフィルム本数を割り出し、写真提供者の証言との食い違いを明らかにしている。

こうして著者たちは、あらゆる角度から検証を加えたうえで「証拠として通用する写真は1枚もなかった」との結論を導き出した。本書の公正な検証プロセスを読めば、この結論には誰もが頷かれることだろう。

「南京事件」には「虐殺派」と呼ばれる人々がいる。旧日本軍が南京で殺戮、強姦、放火、略奪など悪虐非道の限りを尽くし30万人の中国人を虐殺した、という説をとるジャーナリストや学者である。「南京大虐殺」が史実として定着したのは、本多勝一『中国の旅』(朝日新聞社、1972年)、笠原十九司『南京事件』(岩波新書、1997年)、アイリス・チャン『ザ・レイプ・オブ・南京』(ペンギン・ブックス、1997年)など、そういう人々の功績といっていい。

一方に、東京裁判、中国共産党、大新聞の「大虐殺」説に疑問を抱く人々もいる。阿羅健一『「南京事件」日本人48人の証言』(小学館文庫、2001年)は、その疑念を晴らすために、当時南京にいた日本軍人、外交官、ジャーナリストから直接証言を求めたものである。ジャーナリストの櫻井よしこは、同書に寄せた「推薦のことば」で「関係者の体験談を集めた第一級の資料」と評している。 ひるがえって『中国の旅』『ザ・レイプ・オブ・南京』などが証拠としている写真は、はたして「第一級の資料」であったかどうか。

本書の著者、東中野修道たちのグループ「南京事件研究会写真研究分科会」が、平成14年春から3年間をかけて、虐殺派の書物に掲載されている写真を検証しようとしたのは、「大虐殺説」に納得できなかったからだった。

著者たちが見た写真は3万枚を超える。この中から南京事件の証拠とされている約140枚を選び出し、撮影者、撮影場所と時期、キャプション、出所・提供者など写真の特性を洗い出しているが、科学的とさえいえる検証作業の結果、南京大虐殺の「証拠写真」として通用するものは1枚もないことがわかった。

虐殺派が証拠とする写真の源流は『外人目撃中の日軍暴行』(編者は国民政府顧問ハロルド・ティンパーリ)と『日冦暴行実録』(国民政府軍事委員会政治部編)とされている。この2冊は1938年8月、国民政府が戦争プロパガンダ用に刊行したものだった。著者は「私たちは『虐殺があったか、なかったか』を検証しようとしたのではない」と言っているが、写真は必ずしも第一級の歴史資料たりえないことを証明した意義は大きい。(伊藤延司)

★★★★★ Corundum
虐殺の犯人がバッチリ映ってるのに何故か特定したり逮捕したりしない中国とその追随者たち

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南京大虐殺の証拠写真として、それらが今まで数多くの書籍や展示館などに掲載されいていたが、その全てを科学的に検証した本。その結果証拠として通用するものは一枚も存在しなかった。一枚もだ。何が酷いかというと、いつどこで誰が撮ったのか不明な写真を使ってるに留まらず、別の写真を盗用したり、説明文を改竄したり、トリミングしたり、塗りつぶしたり、明らかに証拠を故意に捏造してると分かることである。これは偶然間違えたのではなく、最初から何も知らない人々を騙すつもりで捏造していると思われてもやむなしだろう。

111ページの写真は有名らしく国民党のプロパガンダ本に「女性たちが日本兵に拉致され強姦された写真」と掲載されてから、本多勝一、笠原十九司、アイリス・チャンなどの作家たちにも引用された。しかしこれ、実は日本側の写真で「日本兵は中国人テロリストの誘拐や強姦から女性や子どもたちを護衛していた写真」なのである。

他の南京事件本を読めば書いてあると思うが、日本軍は虐殺や略奪どころか護衛だったり食料を配布したり学校を建てたり橋を修復したりと国連のPKOのような活動をしていたのである。

そして盗賊だったのは中国人であった。上の連中はまず写真を盗用した上、さらに説明文を全く逆のものに改竄して世に送り出したのである。なんだこいつらとしか言いようがない。というか普通に犯罪だろ。そして思う、こんなことをしてる連中の言うことをなぜ我々が聞いて信じてやらなきゃいけないんだ?と。こんなあからさまな捏造しといてよく虐殺は紛れもない史実とか堂々と言えたものだと感心すらする。

それと著者も言っているが、写真には戦争犯罪者の日本兵と思しき人物の顔がバッチリ映っているものがある。しかし虐殺はあると主張する中国もその追随者もその人物を特定したり、捕まえたり裁判にかけたりといったことを全くしていないのである。憎き虐殺の犯人なのにこれがどう考えてもおかしい。

そもそもの話として、国民党の宣伝工作を受け継いだ中国共産党は言論弾圧をしてる独裁者である。独裁者は証拠なんかなくても好き勝手喋ることができる。誰も彼らを批判できないし、したら逮捕するか抹殺するから。こんなことやってる連中の言うことなど、なぜこちらが信じてやらなきゃいけないのだろうか。

そもそも批判を許さなかったら、間違ってたとき訂正できないではないか。批判をシャットアウトしてる側もそれなりのリスクを負うべきだ。つまり独裁者は好き勝手喋ることができるが、言論の自由を認めてる国の情報とは同列に扱えない、ということだ。証拠もなく好き勝手喋って、お前らは俺らの言うことに従わなければならないなんて都合がよすぎるし、冤罪ふっかけられた方はたまったものじゃない。ロシアのプーチンも同じことをウクライナや世界に要求している。このことは中国共産党が日本人に気付いて欲しくないことである。

戦争プロパガンダの視点から再検証
 本書は、16年にわたって、さまざまな角度から南京事件の検証をつづけてきた著者が、平成15年に台北の国民党党史館で発掘した党の極機密文書『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』に照らして、南京事件の根拠として多大な影響力を発揮した二つの史料、(一)南京陥落直後に「南京大虐殺」を報じた『シカゴ・デイリー・ニューズ』『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事、(二)陥落から半年後の昭和13年に英米で出版された書籍、H・ティンパーリ編『戦争とは何か』(英語版)に検証を加えたものです。

『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』は、国民党の対敵宣伝戦を担って南京陥落の直前から活動を始めた党中央宣伝部国際宣伝処が、昭和13年から昭和16年までの三年半のあいだに、どのような工作を行ったかを総括した内部文書ですが、この新史料を得たことで、戦争プロパガンダという新たな視点から南京事件に光をあてることができたのです。

新史料から何が判明したか
昭和48年に、南京の日本軍の暴行を目撃したという欧米人の匿名の記録を載せた『戦争とは何か』が発掘されて、これが大虐殺の根拠として提示されることとなりました。今回の検証での大きな発見の一つは、『戦争とは何か』が「対敵宣伝本」であると極秘文書に明記されていることでした(19頁および第六章)。

「南京大虐殺」の第一報をアメリカに発信した前述の二つの記事については、第五章で詳しく検証されていますが、極秘文書に照らしてみれば、中央宣伝部が取材に協力した記者のなかに、これらの記事を書いたスティールとダーディン両記者の名前が何度か出てくることが判明しました。

また、記事中の「南京における大規模な虐殺と蛮行により」等々の表現は、南京在住の欧米人が組織した国際委員会が、南京の日本軍の不祥事を日本大使館に届けた「市民重大被害報告」の内容(陥落から三日間の全事件のうち、目撃された殺人はゼロ)や、同じときに南京にいた欧米ジャーナリストの証言とはかけ離れていることから虚報であると見て間違いないこと、記事の描写は右にあげたベイツ教授が、「12月15日に南京を離れようとしていた特派員に利用してもらおうと準備して、新聞記者に渡した声明」の内容と酷似していることが突き止められました。

真実の報道ではなく、宣伝工作の材料
 軍事面で劣勢だった蒋介石の国民党は、宣伝もまた勝敗を決する一つの要因であると考え、これを受けた中央宣伝部では「宣伝は作戦に優先する」を合言葉に、総力をあげて宣伝戦を展開していました。
極秘文書からは、それがいかに巧みなものであったかがうかがえます(第一章~第三章)。特徴的なのは、宣伝工作にあたって、中央宣伝部は黒子に徹し、各国新聞記者と連絡して、彼らを使って「わが抗戦宣伝と」していたことでした。

このような大方針のもと、「首都(南京)陥落後は、敵の暴行を暴」くことを工作活動の主眼としていたことに鑑みれば、二つの史料が果たした役割が自ずと浮かび上がってきます。すなわち日本軍の残虐さを世界に喧伝し、日本を貶めることを狙った戦争プロパガンダであったということです。

『戦争とは何か』の内容説明を含めて、極秘文書のどこにも、「南京において日本軍の虐殺や殺人があった」とは出てきません。それは国民党自身、虐殺はなかったと認識していたことの証左であると著者は分析し、このことからも、二つの史料は事実を伝えるものではなく、日本を貶めるためになされた宣伝工作の材料と見なさざるを得ないと結論づけています。

地道な検証作業がもたらした画期的な研究成果であり、本書によって、南京事件の真相解明の道筋はいっそうはっきりと見えてきたと言えましょう。

南京事件の実相は?各界に衝撃を与えた問題作を復刻文庫化!
一九三七年十二月、南京で何が起きたのか? 三十万人あるいは数千人といわれる「南京虐殺」の現場は、一体どうなっていたのか?

過去、「南京事件」の証拠、証言とされたものには多くの虚偽が含まれ、大新聞にさえ虚報が載り、真相を一層わかりにくいものにしてきた。

本書は、当時南京にいた軍人・記者・写真家等、日本人生存者に直接インタビューした証言集である。今は亡き人々も多数含む貴重な証言集から浮かび上がってくる「歴史的事件」の真相とは…?

昭和六二年刊行時、各界に衝撃を与えた「第一級資料」を復刊。 解説・櫻井よしこ

★★★★★ Amazon カスタマーN.Y.
南京では”大虐殺”はなかったと納得した
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南京の現場にいなかった親中反日外国人や、戦時情報操作目的もあるフェイク・ニュースのまた聞きが世界に広く伝搬している。まずは現場にいた軍人や日本人新聞特派員らの証言を聞くべきでしょう。多くの戦史ものを読んだが、これで南京では一般市民の大虐殺はなかったと最終的に納得した。しかし、どこにも一部の不良兵士はいたのも事実だが、それらを探して逮捕するのが憲兵隊の任務なのだ。

★★★★☆ 
私なりの「南京事件」を知るための読書の旅

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「南京事件」を知るために読んだ、関連図書(※コメント欄に、書名と、レビューの執筆経緯を掲載しています。このレビューと併せて読んでいただければ、幸いです)。

1冊目である本書を読んで、最初に感じたのは、「南京事件の実態は、思ったほど残虐な行為が、質・量ともに少ない」ということでした。

これなら、「どの戦闘地域でも起こり得ること」で、ことさらに「虐殺事件」として、特別扱いする必要はないかもしれない、と。

しかし、他の4冊を読んだ今、この一冊のみを以て判断するのは、早まった考え方だと、感じられます。

【あくまでも主観】
確かに、本書に登場する証言者たちのほとんどは「虐殺を見ていないし、話を聞いたこともなかった。戦後の東京裁判で初めて知った」と証言しています。

私は彼らが嘘をついているとは、思ってはいません。
でも、それはあくまで「虐殺はないと思った」という主観に過ぎません。

このため、彼らの証言を注意深く読むと、捕虜の殺害や、敗残兵の殲滅、便衣兵(ゲリラ)狩りについて言及されているのが分かります。

それなのに、彼らが「虐殺」と思わなかった理由。
それは、彼らが、第二次世界大戦前の軍国主義中心の教育を受けていたためで、彼らは、そうした行為の違法性・非人道性について、認識が十分でなかったからだと推測されます。

また、こうした処刑以外の、明らかに市民と思われる人々への暴行、強姦、略奪については、さすがに罪悪感があるため、それを行った元兵士が取材に応じるとは思えませんし、そこに記者が同行するとは考えられないので、目撃証言もほとんどないのでしょう。

【南京の広さ】
さらに注意が必要なのは、舞台となった南京の広さです。
その城壁で囲まれた部分の面積は、ほぼ山手線内の面積と同じです。
そのため、南京の城内を端から端まで一望することは、不可能でしょう。
著者の主張するように、証言をつなぎあわせ、南京事件の「真相」を知るのに、「48」は果たして十分な量と言えるでしょうか。

確かに、戦後40年も経っての証言集めは、相当な苦労があったことであろうし、その正確性を期する姿勢は好印象であったと言えます。

その意味で、加害者側の現地での体験を知る資料としての価値は認めます。
しかし、コメント欄に記載の別記「4.中国の旅」と同様、ルポルタージュの限界か、客観的資料による分析が不十分なため、南京事件の「真相」を見極めるには、最低もう一冊は、南京事件全体を俯瞰できる書物に接し、補強する必要性を感じました。

(2015年6月17日:追記)
2014年に南京事件に関する5冊の本を読み、本書を含め、すべてにレビューを掲載しました。本書については、11件の「参考になった」票をいただき、ありがとうございました。

2015年になってから、コメント欄に記載のとおり、南京事件関連書籍を、2冊追加で読み、既読の5冊についても、ざっと読み返していく中で、思いついたことを述べます。

2014年時と現在でも本書に対する感想に変わりはありません。
しかし、2014年に読んだ5冊のうち「南京事件──『虐殺の構造』」(秦郁彦著)の中に、本書に関して、重要と思われる記述があるのを再確認しました。

それは、南京事件のような歴史的事件を検証する際、史料の種類により重要度が違うということです。
1.第一次史料 A公文書記録 B指揮官クラスの業務日誌・メモ類 C一般従軍者の私的日記・メモ類
2.第二次史料 D戦後の研究書・論文 E従軍者の戦後における回想記・回想談

以上、AからEになるに従い、史料的価値は低いとのこと。
これによると、本書は、Eの「従軍者の戦後における回想談」だけで構成されており、残念ながら、史料的価値は低いものとなっています(「従軍者」には、従軍記者も含めてよいと思われます)。

私は、もとのレビューの中で、感覚的に証言の数が少ないと記述しましたが、本書の著者の手法(「虐殺はありましたか」という偏った質問形式)で、いくら従軍者の証言を集めても、主観的に「捕虜の殺害や、敗残兵の殲滅、便衣兵(ゲリラ)狩り」が虐殺だと思われていない以上、「虐殺はなかった」という証言しか得られないことでしょう。

私は、新たにコメント欄に追記したとおり、政府の見解に近い立場(虐殺を肯定)であり、本書のような虐殺を否定する著作を認める立場ではないのです。

しかしながら、証言者が虐殺でないと主張しても、「捕虜の殺害や、敗残兵の殲滅、便衣兵(ゲリラ)狩り」が行われたことは認めています。

そして、これらは、客観的にみて虐殺であることは紛れもない事実ですので、史料的価値は低いものの、そうした証言を集め、本来の意図とは逆に肯定論を補強することになっているという意味を込めて、★4つを付けているものです。

本書を読んでみたいと思う方に申し上げたいことは、肯定論の著作も一冊は読んでみてください、ということです。そのうえで、虐殺はあったのかどうか、ご自身で判断してみてください。

なお、本書には、櫻井よしこ氏による、こんな記述があります。
「私たちの親や祖父たちは、本当にそんな残虐なことをしたのだろうか。何十万もの人々を虫けらのように殺すような人たちだったのだろうか。私たちは、自分たちを信ずるに足らないような民族なのだろうか。」

この一文で、「そうだ、あの優しいおじいさんやおじさんがあんなことをするとは思えない」と感じる方も多いでしょう。

でも、それが、「戦争」なのです。
これは、日本民族だから、ということではなく、地球上のどの民族でも、そんな危険性を孕んでいます。

私は、第二次世界大戦とは無縁の世代ですが、多くの書物や映画で、「戦争の狂気」を知っています。
私たちに出来ることは何かを考えた時、そうした「戦争」の実態を知り、この日本が今後も平和を続けていくための戒めとして、「過去の過ちを直視すること」が必要だとは思いませんか?
(当事者でない世代の者が、謝罪する必要はないとは思いますが…)

★★★★★ 翔太
南京大虐殺は、やはり虚構と断定できる。
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東京裁判で突然言われ始めた「南京虐殺」。その後、朝日新聞の虚報も相まって、現在中国が「南京大虐殺」と称して、30万人の中国人が虐殺された、と日本の過去を責め上げる。それがでっち上げであることを、当時南京に滞在あるいは訪問中であった48人の日本人の証言により明確に裏付けられた貴重な一冊。著者が昭和60年前後に当事者へのインタビューで得られた超1級の一次資料である。虐殺があった、とする人々は誰も現場を見ておらず、推測で虐殺と言っている。当時の南京滞在者の誰も大虐殺は見ていない。あとがきに阿羅氏が書いておられるように、「中国兵に対する処断」であった。当時の南京は戦場であった。それを虐殺と言うなら、日本兵は一体どれだけ「虐殺」されたことだろう。本書で証言された方々は殆どがもはや存命ではない、と思われる。その点で、著者の労苦は末永く日本国民、いや地球人に評価されるべきであろう。限りなく真実に迫る、極めて重要な書物である。ちなみに、東中野氏の『南京事件 証拠写真を検証する』(草思社)を読めば、もっと納得できると思います。

★☆☆☆☆ Ta152H-1
肝心な下士官・兵からの情報なし
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著者の阿羅氏は、当時南京に駐留していた上海派遣軍、第10軍の佐官以上の司令部の部員はや従軍記者に聴取しているが、これらの人々は下士官・兵の『掃蕩戦』には同行していない。また、彼らと著者いう『南京事件』はあくまでも『南京城内かその周辺』のことを言っている。南京市というのは『南京城内と周辺』と「南京特別行市の行政区』の県が含まれる。『南京』といっても広い。また著者の阿羅氏は、直接虐殺をした下士官・兵には聞く耳を持たなかったことに、著者の阿羅氏の意図的思いを感じる。またこの文庫本は、2002年に初版が出版されている。出版から5年前には、第3次家永三郎教科書裁判において『南京大虐殺・731部隊等』の正当性が認められて裁判に勝利している。このような判決が出ているのに、出版されるとは・・・。はなはだ疑問。

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