南京事件考9):元大本営参謀が見た集団銃殺と国際条約〜中間派の視座
※タイトル画像:中国南京資料館
序章:問題の所在と「中間派」の視座
南京事件(1937年)をめぐる「あった派」と「なかった派」による不毛な論争が長期間継続し、その本質的な議論が矮小化される傾向にある。こうした中、元海軍中佐で大本営海軍参謀を務めた奥宮正武氏の著作は、事件直後の南京城内外を広範囲に実見したという貴重な一次目撃者の証言を提示し、事件を当時の国際法(条約)違反という側面から分析した点で、重要な一石を投じた。
本評論文は、奥宮氏の著作で示された証言と分析、および戦後生まれのジャーナリストである清水潔氏による検証資料に基づき、日本軍が数万人の捕虜を計画的に処刑した事実と、それが国際条約の観点からどのように評価されるかを考察する。
奥宮氏の立場は、犠牲者数において中国側の主張を否定しつつも、日本軍による大規模な不法殺戮の存在を認め、その責任を追及する「中間派」に位置づけられる。
第1章:一次資料の対照:目撃者と検証者の立場
本事件の史実認定において、奥宮氏と清水潔氏の資料的貢献は決定的に重要であるが、その立場と資料的価値は大きく対照的である。
1.1 奥宮正武氏の立場(当事者・目撃者)
資料の性質: 旧日本軍のエリート(大本営海軍参謀)でありながら、海軍航空隊員として南京戦直後の惨状を広範囲に実見した当事者による直接目撃証言(一次資料)である。
貢献: 数千人規模の処刑現場を「見た」という歴史的証言を、権威ある立場から提示し、不法殺戮の総数を「四万人程度」と推定した。
1.2 清水潔氏の立場(戦後ジャーナリスト・検証者)
資料の性質: 戦後生まれのジャーナリストとして、事件に直接関与していない第三者の視点から、加害者である陸軍兵士の日記など、残された一次資料を収集・検証した。
貢献: 兵士の日記、軍や港の公式資料、別人の証言から地理的・時間的整合性を確認することで、数万人の捕虜が揚子江沿いに集められ、計画的に銃殺されたという事実を実証的に裏付けた。
この異質な二つの立場からの一次資料と検証の総合によって、日本軍が数万人の捕虜を計画的に処刑したという事実は、動かしがたいものとなっている。
第2章:一次資料に基づく集団銃殺の事実認定
2.1 数万人規模の計画的処刑
奥宮氏や清水氏の著作によって、南京占領時に確保された数万人の捕虜に対する計画的な処刑が事実として認定される。
同氏の著作で特に重視されるのは、南京占領時に確保された数万人の捕虜に対する日本軍の対応である。
処刑の決定: 捕虜に対し食料を与えることができず、また釈放すれば逆襲されるという判断から、長勇参謀(中佐)が「ヤッテシマエ(殺ってしまえ)」と命じたという松井石根大将の専属副官の回顧録が紹介されている。佐々木到一少将の「各隊は師団の指示ある迄捕虜を受け付くることを許さず」という命令や、中島今朝吾師団長の「捕虜はせぬ方針なれば片端より片付くることとなし」という発言は、捕虜の処刑が、現場の一時的な興奮ではなく、ある種の統制のとれた命令による集団処刑であったことを示唆している。
処刑方法: 数万人の捕虜が揚子江沿いに集められ、機関銃で射殺、さらに死んだふりをしている人間を銃剣で突き刺し、油をかけて火をつけたという計画的かつ残虐な方法が、数日間にわたって行われたことが、清水潔氏の調査によって裏付けられている。
犠牲者数と定義: 奥宮氏は中国側主張の「三〇万人以上」は人口統計から無理があるとしつつも、自らの目撃談(合計五百人以上の処刑現場)だけでも「大虐殺であった」と述べている。虐殺とは、無抵抗の相手の命をむごい方法で奪う行為であり、人数に関わらず適用できるという定義を採用している。
第3章:捕虜処刑と国際条約違反の論理
奥宮氏の著作の最も重要な貢献は、南京事件における「なかった派」の主要な主張、すなわち便衣兵処刑の合法論を、当時の国際法に照らして批判した点にある。
3.1 ハーグ条約違反の明確化
「でっちあげ派」は、1907年ハーグ条約第8条の「不従順なるときは厳重手段を施す」という規定を根拠に合法性を主張する。しかし奥宮氏は、以下の条文を根拠にこれを否定する。
人道的な取扱いの原則: ハーグ条約第4条には、「俘虜は人道を以て取扱るべし」と規定されており、第8条の「厳重手段」が「処刑」を正当化する条文はどこにもない。
降伏者殺害の禁止: ハーグ条約第23条には、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること」は「特に禁止するもの」と明文化されている。
俘虜の資格: 1899年、1907年、1929年の各条約で、「敵に捕獲せられたる場合には二者(戦闘員と非戦闘員)均しく俘虜の取扱を受くるの権利を有する」と規定されており、便衣兵や非戦闘員であっても日本軍の支配下に置かれた時点で人道的な取扱いを受ける権利があった。
日本軍が便衣兵判定のための公正な査問を行わず、捕虜を受け入れず処刑した行為は、どの側面から見ても国際法に照らして違法であり、処刑を正当化する法的根拠は一切ないと結論づけている。
3.2 ジュネーブ条約の軽視と非人間化
奥宮氏はまた、日本が1929年のジュネーブ条約に調印しながら批准せず、古いハーグ条約を根拠に弁明しようとすること自体が、国際的な説得力を持たないと批判している。
当時の新聞が捕虜を「捕虜大漁」と表現し、あるamazonレビューアーが「自分の義理の祖父も満州へ出兵にいった一人で、かれは中国人のことを『チャンコロ』と言っていた。その言いぶりは明らかに日本人と同じ人間同士としての意識はなく動物かモノをいう時のそれであった」と述べている事実は、 中国兵や市民が人間として尊重されていなかったという非人間化の意識が根底にあったことを強く示唆している。この蔑視構造が、「やむを得ずBSEの感染の可能性のある牛を処分する」ような判断に近く、捕虜を国際法上の保護対象ではなく「処理すべき対象」として扱った要因であるという推測は、当時の日本軍の特異なマインドセットを理解する上で重要である。
第4章:事件をめぐる不毛な論争と今後の課題
奥宮氏の当事者による目撃証言と、清水氏の戦後ジャーナリストによる実証的検証によって、数万人の捕虜を日本軍が計画的に処刑したという事実が動かしがたいものとして確立された。この事実認定をもって、「あった、なかった」という不毛な論争は終わらせるべきである。
清水氏が指摘するように、これほどの調査で明らかになった事実があるにもかかわらず、マスコミや政府が「あった、なかった」の論争を放置してきたことに対する怒りは、国民的な問題として受け止められるべきである。
一方で、中国側が主張する数字の感情的な拡大解釈や、日本の原爆被害者の感情を逆なでするような言動は、不毛なピンポンゲームを生み出す原因となっている。史実を正確に理解するためには、奥宮氏や清水氏のような検証的な著作に加え、当時の南京にいた日本人市民の証言など、「双方の立場プラスニュートラルな立場」という多角的な視点から、できるだけ多くの関連書物や資料を読み、史実を冷静に捉えることが、不毛な論争を克服する唯一の道である。
参考文献&amazonレビュー
★★★★★ 濱哲
なぜ文庫本にしないのか。出版社の無気力、それとも方針転換?
2008年8月24日に日本でレビュー済み
フォーマット: 単行本Amazonで購入
奥宮正武さんらしい著作。南京事件の一次目撃者で、しかも南京攻略戦当時、日本海軍航空隊が米国砲艦パネーを誤って撃沈した事件の当事者の証言という書籍。
『南京虐殺』「あった派」、「なかった派」、ともに、この著作の存在を完全に無視している(都合が悪いから?)が、それにもまして不思議なのは、現在、絶版状態になっていること。何故なんだろうか。
こういう書籍ほど多数の読者に読んでほしいと思うのだが、出版社の方針が変わったのか、それとも、邪馬台国論争のように、このまま「あった」「なかった」の論争が決着せず、だらだらと不毛な議論が続くほうが、書籍が売れて出版業界の利益になるという判断なのか。
本書は『南京事件』を語ろうとするなら、必読書にあたる一冊と思うが、新書本も文庫本も出している出版社なのに、このように絶版扱いのままというのは、まったく理解できない。何でなのか?
■追注.) 日本海軍の空襲にさいして中国軍側に撃墜された海軍航空隊機搭乗員ら行方不明者(遺体?)の捜索を命ぜられ、南京陥落後、奥宮氏は、数人の部下を引連れ自動車で南京城内外を広く捜索して廻ったとのこと。
事件当時、日本側で、もっとも広範囲に渡って南京城内外を実見したのは、ご自身ではないかと事件目撃談を陳べている。その奥宮氏が、本書中で、約5百人に昇る捕虜処刑現場を実見していること、また全体では、およそ4万人ていどの不法殺戮が行われたのではないかと推定している。
平成19年、97歳で亡くなられたが、この南京戦のあと、奥宮氏は、空母機動部隊参謀、大本営海軍部参謀などを経て、戦後は航空自衛隊創設に参加。空将で退官後は戦史家に転じ、『零戦(堀越次郎氏と共著)』、『ミッドウエー(淵田美津雄氏と共著)』ほか、多数の著作を出版している。もっとも信頼できる日本人の南京事件目撃記の一つといえる。
ただ、この書籍、たいていの図書館には置いてあるようで、小生も最初に眼にしたのは近くの図書館だった。「南京事件」に関心のある方には、絶対お薦めの1冊。
★★★★☆ Amazon カスタマー
新しい視点から書かれた好著
2020年5月21日に日本でレビュー済み
フォーマット: 単行本Amazonで購入
著者は所謂南京虐殺があったと言われる時期に2度異なる現場に居てその状況を見ていた。しかも、その都度その場に居合わせた陸軍士官と哨兵とそれぞれ経緯についても話を聞いている貴重な証人である。虐殺は10人でも1万人でも数に関係なくその背景や手口による。例えば兵士同士が武器を持って戦えばそれがたとえ100人や数万人の死者をもたらす結果になっても虐殺という言葉は使わない。つまり虐殺とは殺す意思を持った片方が元々戦う意思を持たない相手や反撃するすべのない無抵抗の相手の命をむごい方法で奪う行為のことである。極端な話殺された相手が一人でも適用出来る。従って1937年の12月13日日本軍が南京入城後虐殺がなかったという説は的を得ていないとしか言いようがない。但し、中国側が主張している20〜40万人の犠牲者と言うのは、日本軍が上海に上陸してから南京を攻略するまでの間の戦闘で生じた中国側の軍人及び民間人の死者数としては全く疑う余地のない数字だが、それを南京攻略後の城内で殺した民間人だけの数として挙げるのには当時退避せず南京市内に残っていた市民総数が25万人前後だったという統計から判断してあまりに無理があり過ぎる。これまで読んだ30冊前後の様々な南京事件直接関連本や資料及び非直接関連本数十冊から判断すると、南京市そのものを攻撃中攻撃後の犠牲者全員(戦死した軍人、処刑された便衣兵、故意或いは過失で便衣兵とみなされた民間人、歯向かったり抵抗したり言うことを聞かなくて殺された民間人等を含める)の総数が大体4〜5万人だろうと推定される。
本書の特徴は捕虜の待遇に関する3つの条約の大事な部分の抜粋とそれについての考察を二つの章に分けて割いていることである。実際第二次世界大戦中の日本軍の外国人捕虜に対する待遇が明治・大正時代のそれとは違って人権を無視したケースが多かったことは否定出来ない。収容施設も食糧も共に極端に不足していたことは紛れもない事実である。
全体的になるべく客観的な視点での叙述で好感が持てるものの読後感として少々物足りなさが残ったので星は4つにとどめた。
南京事件については出来るだけ多くの関連書物や直接関係していない戦記等も大変参考になるので是非手広く読むことをお勧めしたい。双方の立場プラスニュートラルな立場という3つの立場が存在するが、史実を正確に理解するという目的に限って言えば、私の場合は読めば読むほど第三の立場で見ることの重要性・有効性を感じる。
★☆☆☆☆ sss-subutanon
基本的に国際法や戦時国際法の書籍を読んでない人物の当時の事後の感想。
2020年1月9日に日本でレビュー済み
フォーマット: 単行本Amazonで購入
陸戦法規を出版当時の掲載されたことは、画期的であったが、その法規への【違反】が【犯罪】かのようにされたことは、国際法や戦時国際法での陸戦法規の除外という例外を無視されている。
この手の軍人の回想記が、南京攻略戦の理解について歪めてしまったという証左となる書籍である。
この人物が掲載した記憶の事例が、【陸戦法規違反】を【証明】するものでもなく単なる【印象操作】という低レベルな話である。
当時の状況を知るという面では、余り参考にならない書籍。
★★☆☆☆ ぼんち
期待はずれ
2012年2月17日に日本でレビュー済み
フォーマット: 単行本Amazonで購入
タイトルからして、それなりの新事実があるのかと期待して読んだ。
海軍の航空兵で南京戦に参加し、仲間の捜索中に日本兵の殺害現場を見たとの記述。
が、目撃の箇所はそこだけで、後は、なぜそのような捕虜?殺害が
あったのか?をハーグ条約、ジュネーブ条約を絡めて推測している。
虐殺数も憶測の範囲を超えていないので、読後少し未消化のような
感じを受けた。
この本では日本軍が捕虜の扱いに関して条約を徹底させていなかった、
兵站の不備等々いろいろ書かれているが、これらの事は他の書籍にも
書かれている。
この本の価値は、実体験で虐殺現場を見た(しかし総数は判らない)と
言う箇所しかない。
戦闘行為中での民間人殺害は日本兵だけではないし、
ことさら南京が特別であったわけでもないと思う。
この本は日本軍の条約無視(不徹底)に起因していると
述べているが、それなら他国は条約を守っていたか?
米、中、露、英、豪の軍隊との比較をしていない
のは片手落ちである。
南京戦で虐殺(処刑)はあったであろうが、
それで日本軍を一括りにするのはどうかと思う。
まあ、中共はプロパガンダに邁進しているようだが。
教科書程度の歴史感しかない読者は、この本を読んだら
間違いなく自虐史観に陥るのではないか?
★★★★☆ rajimania
5つ星のうち4.0 この本は立派な一次資料
2007年12月12日に日本でレビュー済み
フォーマット: 単行本
奥宮氏は大本営参謀まで勤めた人物で、左翼でもなんでもない。その奥宮氏が「四万人の虐殺があった」と言っているのだから、大規模な虐殺はあったんだ。櫻井・阿羅・東中野が救いようのない馬鹿であることは、この本を一冊読めば、誰にでもわかる。
★★★★★ gaki15
極めて真面目な研究書
2022年8月1日に日本でレビュー済み
フォーマット: 単行本Amazonで購入
著者の奥宮正武さん(以下 著者)は、元海軍中佐、大本営海軍参謀。海軍の爆撃部隊の人で、南京大虐殺直後の南京にも滞在している。いわば現役の兵士だった人物の南京大虐殺事件への、著者なりの分析が載っている。
本書が著されたのは1997年(平成9年)であり、「大虐殺のでっちあげ派」が国際条約の解釈を間違えて解釈していると、「でっちあげ派」の「教科書が教えない歴史」を鋭く批判している。「まえがき」で著者の立場が明確に述べられている。
南京大虐殺について、第一に「大虐殺派」は犠牲者数20万~30万とし、著者はこれは「当時南京にいたとされる住民の数字」を元にして、犠牲者数を否定している。しかしこの論自体が間違っている。「南京安全区国際委員会」の文書に「二〇万の中国市民に多数の餓死者がでることは避けられない」とあり、これを「大虐殺当時の人口」とする、よくある勘違いした数字。
この二〇万という数字は「南京大虐殺の被害を免れて南京城内の安全区に収容された市民と周辺からの難民の総数」のことであり、「南京大虐殺以前の南京市の人口」のことではない。ここにはさらに総勢十五万人に達した、南京防衛軍のことも計算に入れていない。よって南京大虐殺以前の人口は、避難民+元からの住民+南京防衛軍となり、単純計算すれば35万人にのぼる。よって20万~30万という虐殺総数を否定できない。よくある間違いであり、今でもこの主張をする人がいる。
第二に、「でっちあげ派」。この論者の多くは、1907年のヘーグ条約に照らして、便衣兵の処刑は合法であったとする。著者はこの便衣兵の処刑について、「(そもそも)処刑合法論を裏付ける条約はない」とする。そしてこう主張している。その論者の多くは1907年ヘーグ条約の第8条、
「俘虜は、之を其の権内の属せしめたる国の陸軍現行法律、規則、及命令に服従すべきものとす。総て不従順の行為あるときは、俘虜に対し必要なる厳重手段を施すことを得。」とある。これを拡大解釈しているのが「でっちあげ派(同じ主張は「偕行社」が発行した「南京戦史」の中にもあり、この手の論者は多い)」であるが、同4条でこの拡大解釈は禁止されるとする。
「俘虜は敵の政府の権内に属し、之を捕へたる個人又は舞台の権内に属することなし。俘虜は人道を以て取扱はるべし」とはっきりと規定していて処刑を正当化する文章はどこにもない。
また著者は「一九二九年のジュネーブ条約に…触れていないのはどうしたことか。この条約に調印はしたが(批准しなかった)…古い条約をもとに弁明しても、国際的な説得力はない」とする。
第三は、「大虐殺派ほど多くはないが、かなりの数の中国人の処刑があり、4万人(秦郁彦とほぼ同じ)とするもの」
この三つの立場の最後の立場に立つと明言している。「南京事件は重大な軍事的出来事であったばかりでなく、日本の陸軍と政府がいかに『捕虜の待遇に関する条約』を軽視していたかが問われた…事件であった」ことが著者の分析の根底にある。
1937年(昭和12年)に著者は12月6日から爆撃機を率いて南京周辺を攻撃している。そして2回「大虐殺の現場」を目撃している。
「12月25日 広大な玄武湖がッ他。ところが、そこで、目もあてられない惨状を目撃した。湖岸やそこに近い湖上に、数え切れないほどの数の中国人の死体が投棄されていた」、
「陸軍部隊が多数の中国人を文字通り虐殺している現場を見た」、
「(中国兵が)軍刀や銃剣で惨殺されたのち、揚子江上に投棄されていた」、
「12月27日 中国人を乗せた…トラックが続々とやってきて…処刑が行われていた」、
「『日本刀や銃剣で処刑しているのはなぜか』と質問したところ、『上官から、弾薬を節約するために…命じられている』」、
「戦場にありがちな一時的な興奮状態での対敵行動であるとは…思われなかった…処刑が(個人的判断ではなく)ある種の統制のとれた行動であるように感じた」、
「この二日間に見た合計約二十台分の、言いかえれば、少なくとも合計五百人以上の中国人の処刑だけでも、大虐殺であった」
「大虐殺」として珍しい記録がある。松井石根大将の専属副官の角良晴大尉の回顧録(残念ながら非売品で入手が難しかった)
「十三万人の支那人が残った。これに対し、第六師団から『どうするか』…長勇参謀(中佐)は『ヤッテシマエ』と返事した…総司令官(松井)は『十三万人の支那人を殺すことは許さぬ。直ちに解放せよ。…長中佐は…二度目の電話でも『ヤッチマエ』と命じた」とあるという。孫引きにしかならないが、長勇が現場の実行を命じたということは確定的だろう。
また、同盟通信上海支局長の松本重治が出版した「上海時代」への言及があり、大虐殺の証拠の一つをなしている。その他、外国人ジャーナリストの記事をきちんと提示してくれるのはありがたい。
ここで犠牲者数のことになるが、前述したように南京大虐殺時の人口の算定については、ドイツへの報告で「『五六万人ぐらいと算定する』と報告していたとのことである」と、伝聞ではあるがその報告を紹介している。急にここで根拠の薄いことを証拠としてあげているが、本書では数少ない瑕疵。
南京事件「でっちあげ」の誤り。
1996年の産経新聞での、東中野亜細亜大教員の明確な間違いを指摘している。「日本軍は…軍服を脱いだ中国兵が便衣兵(ゲリラ)とならないよう、これを摘発し…兵士と市民を区別しました。そして…揚子江岸で兵士を処刑します。この処刑は法的には合法なものでした。戦時国際法は…降伏した場合には捕虜としての特別待遇をすることなっており…しかし『軍服を着用し、訓練された、かつ上席の指揮下にある戦闘員のみ』に適用されるものでした」。以上が産経に載ったが、これを批判する。
まず1907年のヘーグ条約の規定から。
8条には「不従順なるときは厳重手段を施す」ことが認められているが、「厳重手段」と「処刑」を結びつける条文はどこにもない。なぜなら4条には、「俘虜は人道を以って取扱れる」と規定されているからである。
「俘虜」についての認識について。1899年のヘーグ条約、1907年、1929年の条約でも同じように規定されている。
「敵に捕獲せられたる場合には二者(戦闘員と非戦闘員)均しく俘虜の取扱を受くるの権利を有する」とある。つまり、戦闘員であるか否かを問わず、中国人は日本軍の支配下に置かれており、俘虜であることになる。この条文を全く考慮していない産経の論は破綻する。
問題点は「便衣兵」についてであり、中国兵の多くが武器を捨て、軍服を脱いだことは事実である。こうした場合に、捕虜である(捕虜の資格がある)ことをどう判定したのか。日本軍は「市民の協力を得て判定したとするが、公正であった証拠は一切ない。ただ「査問会」を設置したとある(松井石根)記述が残るが、そのメンバーすらはっきりとしていない。もちろん中国市民の証言もない。仮に南京市民立ち会いのもとに、中国人の中から兵士を区別したならば、兵士と判明した時点で「日本軍の権内にある」ことになる。それならば「俘虜」として確かな書類を作成し、1907年のヘーグ条約にあるように「政府は、其の権内に在る俘虜を給養すべき義務を有す」るのであり、日本軍による処刑は、どの面から見ても違法であり、正当化できない。また市民であるならば、当然「厳重処断」は取れない。いずれにせよ、日本軍による処刑は非合法である。
1907年 ヘーグ条約 第23条 「ハ、兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞へる敵を殺傷すること」は「特に禁止するもの」と明文化されている。
産経は「正規軍の俘虜でないから処刑してもいい」と言っている、それを補完する法的根拠は一切ない。ただ「俘虜の資格がないのでなにをしてもいい」と主張するにすぎない。論が破綻している。
佐々木到一少将 1937年12月14日命令。「各隊は師団の指示ある迄捕虜を受け付くることを許さず」であり、第十六師団長 中島今朝吾は「12月13日 捕虜はせぬ方針なれば片端より片付くることとなし」。
日本軍には国際法遵守の意識は全く見られない。「否定派」の主張は意味がない。特に産経掲載の論がすこぶる疑問「処刑は合法」とは一体どこから判断したのだろう。このような胡乱なことを主張する「学者」とは一体何者であるのだろう。産経は性懲りもなく国際法の解釈についての論文に賞を贈っている。このことを嬉しげに書くレビューアーもいる。
このように「南京大虐殺」について、現場を見た人が主として法的側面から南京大虐殺を論じている。
本書では偏りなく説明を加えようとしており、一次資料の提示の仕方も、法の解釈においても、分かりやすい。特に法的側面から、日本軍の違法行為を説く姿勢がある。
「第六章 南京事件の背景」も、当時の日本軍の妄想ともいうべき戦局判断の現実感のなさ、現場ではその場しのぎの命令が下され、それすら十分に守ららなかったこと、等を簡潔に記してある。
紹介されている資料も参考になり、南京大虐殺を知ろうとしている人に好著といえる。
「支那事変は、日本と中国との武力紛争であった…故に…関係のあることはなし得る限り、公平に取り扱われるべきである」 その通りと思う。
いわば「中間派」の人の著作です。信頼できる著作です。
★★★★☆ sanjunio
数万人の捕虜が揚子江沿いに集められて計画的に銃殺されたことは事実として認めるべきだと考えさせられる十分な資料の収集はできている
2016年8月29日に日本でレビュー済み
フォーマット: 単行本Amazonで購入
桶川ストーカー、北関東連続幼女殺害と清水記者の本には、単にるジャーナリズムだけではなく、行動し結果を出すという意味で度肝を抜かれてきたので、今回国民的問題である南京事件の本を出すというのを知って予約注文で読みました。
さすがに前作とは違い、75年以上前の出来事なので、直接その場にいた人はもはや誰もいなくなってしまったので、資料に頼るしかないわけだが、一次資料、つまり直接関係者が自分で残した資料を集めたことを最初のとっかかりとしている。幸いなことに直接の加害者である兵士たちの出身地である東北で、すでに資料集めをされている人と接触することができたおかげで彼らの日記や取材のビデオを入手することができ、そして彼らの日記がフィクションでないことを確認するために軍や港の公式資料、また別の人々の証言から地理的時間的整合性を確認している。
いままで百人切り事件はありえないとか、南京事件の写真とされたものが別の写真だったりねつ造されたものだったりという断片的な情報ばかりがネットなどに飛び交っていて、いった南京事件がどういう背景で発生したものかなどよくわからなかったが、さきの数々の一次資料を総合することで事件にいたるまでのストーリーが浮かび上がらせてくれたことで、事件に対する理解が非常に深まった。
この本でかなりはっきりさせたのは南京占領時に確保した数万人の捕虜たちに対して食料などを与えることができず、また釈放すればいつ逆襲されるかわからないので、全員皆殺しにせよという命令が下され、揚子江沿いの空き地に5000人単位で集められ、事前に設置された機関銃で射殺、死んだふりをしている人間の息の根をとめるために銃剣でできるだけ突き刺し、さらに油をかけて火をつけたということが2日間かそれ以上にわたって行われたということ。
捕虜の殺害だけだと中国が主張する30万人以上という数字にはならないが、日本軍の補給線が伸び切り、徴発という形で現地の人々から食料を奪い取れという指令が軍本部からでていることを考えれば民間人を強姦、乱暴、殺害したことは大いにあり得るという推測をしている。
さらに清水氏はスコープを広げて、日清戦争の勃発が「邦人保護」という名目ではじまったこと、そしていまの安倍政権が「邦人保護」を前に出して憲法改正を画策していることの危機感を暗にほのめかしている。
ということで、かなりの事実に基いた結論と推量、そしてほのめかしがいろいろ入った本なので、いままでの清水氏の本とは違うな、という印象をうけた。前の本だと権力に噛みついた力強さ、まさに「ペンは剣よりも強し」を感じさせたけれど、今回は特に清水氏でなくてもやれたような印象がある。とはいうものの、逆に言えば、これくらいの調査でかなりはっきりしたことがわかったはずなのに、マスコミやネットの論争のままにほったらかしていた政府に怒りを感じた。広島の原爆記念館などありとあらゆる資料やインタビュー、日記を集めているのに、南京事件についてはまるで積極的に調査していない。
清水氏もあとがきで言っていたが、東北で資料を集めてくれていた人がもしいなかったら、この本は成立していなかっただろうと。
以前に産経新聞で兵士の証言で「虐殺など見たことも聞いたこともない」とか、別の本で当時南京に住んでいた48人の証言を取ると、だれも大虐殺があったなどとは「東京裁判まで知らなかった」と言っている、だから、南京事件など中国のねつ造で最初からなかった、日本人がそんな残酷なことをするわけがない、という櫻井よしこをはじめとする愛国主義からくる主張など、いまだに「あった、なかった」の論争はありこれからも続くであろうが、少なくとも、数万人の捕虜を日本軍が計画的に処刑したということは事実であり、これは明らかに条約違反だし、一万人以上を数日間の間に殺したことを「大虐殺」と言ってはいけないだとだれも言わないであろうと思われる。
この本を読んだ人には同じ第一次資料として当時南京にいた48人の証言をまとめた「南京事件」日本人48人の証言を読むことをおすすめする。清水氏の本と違って直接殺害の当事者である兵士の証言はないが、たしかに誰も「大虐殺はなかった」とはいっているが、揚子江沿い、下関付近で数千人の捕虜を銃殺したことやその死体を見たという証言が載っている。捕虜を数千人規模で殺害しても当時の感覚ではそれは戦争ではよくあることで、特別虐殺だとは誰も思っていないことがわかる。
自分の義理の祖父も満州へ出兵にいった一人で、かれは中国人のことを「チャンコロ」と言っていた。その言いぶりは明らかに日本人と同じ人間同士としての意識はなく動物かモノをいう時のそれであった。南京の捕虜を伝える当時の新聞をみても「捕虜大量」というかわりに「捕虜大漁」という言葉を使っていることから人間として尊重していないことは明らか。
勿論、捕虜を殺害するというのは彼らの本意ではなかったと思うが、マインドセットとしては、やむを得ずBSEの感染の可能性のある牛を何千頭処分したときの判断に近いものがあるのではないか。捕虜が日本人だったら絶対にしないだろう。
清水氏は、いまの「爆買い」という言葉にも中国人に対する蔑視の気持ちが垣間見えることを伝えている。
確かに中国側もどう考えても感情的に大げさにいっているとしか思えないわけで、たとえば今アメリカのAmazonで一番売れている「Rape of Nanking」という本の紹介をみても、日本軍は殺す前にレイプ、拷問をした、とか、30万人以上の犠牲者は、日本の広島と長崎の犠牲者の数よりも多い、など、拡大解釈したり、日本の原爆被害者の気持ちを逆なでするような言い方をする部分も多いかと思う。これが、「言われたら言い返す」的な不毛なピンポンゲームを生み出している原因であることは間違いない。
