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認知英文法:細江逸記「叙法」論


英語の「法」(叙法 - mood)の概念

時制・相と法

英語における「法」(叙法)とは、文の中で述べられる内容(出来事、状態、行為など)に対する、話し手や書き手の精神的な態度や立場を示す文法的な範疇(カテゴリー)である。 それは、単に出来事時と発話時との関係を動詞の形を活用して現在形・過去形 (時制)にして表現 したり、完了・未完了()を示すのではなく、「 その内容を事実として捉えているか」「仮定や想像として捉えているか」「命令や願望として捉えているか」といった、話し手の主観的な捉え方や意図、いわば「話し手の心的態度」を表している。

従来の英文法の3つの「法」

従来の英文法では、主に以下の3つの「ムード」が基本とされてきた。

直説法 (Indicative Mood): 事実や現実世界の出来事として述べる態度。
仮定法 (Subjunctive Mood): 非現実、願望、仮定、提案など、事実とは異なる、あるいは事実として断定しない内容として述べる態度。
命令法 (Imperative Mood): 相手に指示、命令、依頼、勧誘などを行う態度。

英語で「法」を表現する主な2つの方法

1.法助動詞(Modal Auxiliary Verbs)を用いる方法:

can, could, may, might, must, shall, should, will, would といった法助動詞をØ不定詞(動詞原形)の前に置くことで、話し手の義務、可能性、推量、許可、能力、意志といった様々な態度やニュアンスを加える。

例:「He can swim.」(能力)、「It may rain.」(可能性)、「You must go.」(義務)

これらの助動詞は、従来の「直説法」「仮定法」「命令法」といった枠組みには必ずしも厳密には収まらないが、話し手の多様な「法的な態度」を表現するための非常に重要な手段である。

2.動詞の形そのもの(語形変化)を用いる方法:

これは、動詞の語形(形そのもの)を変化させることで、法を示す伝統的な方法である。

具体的には:
直説法: 現在形過去形など、通常用いられる動詞の形(例: He goes, She went)。これが最も一般的で、事実を述べる際に使われる。

命令法: 動詞の原形を用いる(例: Go!, Be quiet!)。これは主語(You)が省略された形と見なされ(本稿では、動詞が有標主題化したと見なす)、相手に直接働きかける法である。

仮定法: 特定の状況(例:wish や suggest の後、あるいは非現実の仮定を表す節) で、動詞の形が通常の時制のルールから外れた形 (原形や、過去形と同じだが過去とは異なる意味で使われる形、be動詞の were など)をとることで示される(例: I suggest that he be here., If I were you, I would do so.)。ただし、現代英語では仮定法の語形を用いる機会は減少傾向にあり、他の表現(助動詞や不定詞など)で代替されることも多い。

細江逸記による「叙法」の分類


細江逸記による叙法の分類と英語での表現

細江の分類は、動詞の「」だけでなく、話し手がその事柄をどのように捉えているかという「態度」に重点を置いている。

叙実法

表す態度: 話し手が、述べられる内容を事実 (reality) または客観的な真実(truth)として捉え、そのまま述べる態度。現実の世界で実際に起こっていること、起こったこと、起こるだろうと確信していることなどを表現する。

英語での主な表現: 伝統的な直説法 (Indicative Mood) の様々な時制テンスアスペクトの形がこれに当たる。これが最も一般的で、日常会話や文章の大部分を占める。

現在の事実・習慣:
The sun rises in the east.
(太陽は東から昇る。)
She works at a hospital.
(彼女は病院で働いている。)
Birds fly.
(鳥は飛ぶ。)
Water boils at 100 degrees Celsius.
(水は摂氏100度で沸騰する。)
They live in Tokyo.
(彼らは東京に住んでいる。)

現在進行中の事実:
We are studying English now.
(僕らは今英語を勉強している。)
It is raining outside.
(外は雨が降っている。)
They are discussing the new plan.
(彼らは新しい計画について話し合っている。)

過去の事実:
He visited Kyoto last year.
(彼は昨年京都を訪れた。)
The accident happened yesterday.
(その事故は昨日起こった。)
She was sleeping when I called.
(彼女は眠っていた、僕が電話した時には。)
They finished the project last week.
(彼らは終えた、そのプロジェクトを、先週。)

現在完了(過去の事実が現在に影響):
I have finished my homework.
(宿題を終えた。)
- 終えたという事実が現在に影響している。

She has lived here for ten years.
(彼女はここに10年間住んでいる。)
- 10年間住んでいるという事実。

They have just arrived.
(彼らはちょうど到着したところだ。)

過去完了(過去のある時点より前の事実):
He had left before I arrived.
(彼は出発していた、僕が到着する前に。)
- 出発していたという過去の事実。

未来の事実・確実視される予定:
It will rain tomorrow.
明日は雨が降るでしょう。)
- 未来の予測。叙想法

The train leaves at 7:00 AM tomorrow.
(電車は明日、午前7時に出発する。)
- 時刻表に基づく確定的な予定。

They are going to build a new bridge.
(彼らは新しい橋を建設する予定だ。)
- 確定的な計画。

叙想法

表す態度: 話し手が、述べられる内容を思考、想像、仮定、願望、疑念、可能性など、事実として断定しない、あるいは事実ではないこととして捉え、心の中の事柄として述べる態度。現実とは異なる、あるいは現実かどうか不確かな事柄を表現する。

伝統的な仮定法(主にPresent Subjunctive - 動詞原形:メイフラワー号でアメリカに英国から渡った時代の人々がその時代の英国英語を持ち込みそのまま残っと言われている。): 要求、提案、命令、必要性などを表す動詞や形容詞、名詞の後のthat節で、内容を「~すべきだ」「~という考えだ」といった思考・提案として述べる場合。

I suggest that he be here by noon.
(提案する、彼らがここに正午までいるように。)
- 事実ではなく、提案という思考。

It is essential that you finish the report today.
(不可欠だ、その報告書を今日、終えることが。)
- 事実ではなく、必要性という考え。

They demanded that the rule be changed.
(彼らは要求した、その規則が変更されるように。) -
事実ではなく、要求という意志/考え。

My recommendation is that she see a doctor.
(僕の勧めは、彼女が医者に診てもらうことだ。)
- 事実ではなく、勧めという考え。

伝統的な仮定法(主にPast Subjunctive - beはwere、他は過去形): 非現実の仮定や願望を表す場合。

If I were you, I would accept the offer.
(もし僕が君なら、受けるだろう、その申し出を。)
- 事実ではない仮定。

I wish I were taller. (もっと背が高ければいいのに。)
- 事実と異なる願望。

He talks as if he knew everything.
(彼はあたかも何でも知っているかのように話す。)
- 事実ではない想像/見せかけ。

If she had studied harder, she would have passed the exam.
(もし彼女がもっと一生懸命勉強していたら、試験に合格しただろうに
- 事実(勉強しなかった)と異なる過去の仮定。

法助動詞 (Modal Verbs) による可能性、推量、疑念: may, might, could などを用いて、出来事の確実性が低い場合や、話し手の推量・判断として述べる場合。

It may be true.
(それは本当かもしれない。)
- 事実として断定せず、可能性として述べる。

She might come tomorrow.
(彼女は明日来るかもしれない。)
- 可能性として述べる。

He could be hiding something.
(彼は何か隠し事をしている可能性がある。)
- 推量/可能性として述べる。

He must be tired.
(彼は疲れているに違いない。)
- 強い推量(話し手の思考に基づく確信)。

They should have arrived by now.
(彼らは今頃到着しているはずだ。)
期待/推量(話し手の思考に基づく)。

その他の構文: 仮定や不確実性を表す特定の接続詞や表現。

I doubt if he will come.
(彼が来るかどうか疑わしい。)
- 来るかどうか不確実であるという思考。

It seems as if he knows the answer.
(彼が答えを知っているかのように思われる。)
- 見かけ上の判断(思考)。

叙想法は、話し手が述べられる内容を現実世界から切り離し、心の中の事柄として捉える際に用いられる多様な表現を含む。

叙意法

表す態度: 話し手が、相手に対して意志 (will)要求(request)願望(desire)命令(command)勧誘(invitation) など、相手の行為を促す目的で述べる態度。
英語での主な表現: 伝統的な命令法 (Imperative Mood) の形が中心だが、法助動詞や他の構文も用いられる。

伝統的な命令法(動詞原形): 直接的な命令や指示、依頼。
Stop talking. (話すのをやめなさい。)
Listen carefully. (よく聞きなさい。)
Be quiet. (静かにしなさい。)
Don't touch that. (それに触るな。) - 否定命令。
Please wait here. (ここで待ってください。) - 丁寧な依頼。

Let を用いる構文: 提案や許可。
Let's go. (行きましょう。) - 勧誘(話し手を含む)。
Let him speak. (彼に話させなさい。) - 許可/要求。
Don't let the dog run away. (犬を逃がさないで。) - 阻止の依頼/命令。

法助動詞 (Modal Verbs) による義務、命令、強い勧告: must, shall, should などを用いて、話し手の意志や判断に基づき、相手に行為を促す場合。

You must finish this work by noon.
(正午までにこの仕事を終えなければならない。)
- 話し手の意志に基づく義務/命令。

You should apologize to her.
(彼女に謝るべきだ。)
- 話し手の判断に基づく勧告。

You shall not pass!
(お前は通るべからず!)
- 強い命令/禁止。

Will you help me?
(手伝ってくれますか?)
- 依頼(話し手の願望を表し、相手の行為を促す)。

意志、要求などを表す動詞 + to不定詞 / that節: want, wish, ask, tell, order, advise などの動詞を使って、誰かに何かをしてほしいという話し手の意志や要求を表す場合。

I want you to come here.
(君にここに来てほしい。)

She asked him to close the window.
(彼女は頼んだ、彼に窓を閉めるように。)

He ordered that they leave immediately.
(彼は命令した、彼らが直ちに立ち去るよう。)
- that節内に仮定法的な形(leave)が使われることもある。

叙意法は、話し手が相手の行為に対して働きかけ、自分の意志や願望を反映させる際に用いられる表現を含む。


このように、細江氏の「叙実法」「叙想法」「叙意法」という分類は、単に動詞の表面的な形に囚われず、話し手が文の内容をどのような態度で捉え、どのような意図を持って述べているのかという視点から英文法を捉え直す試みであり、その態度を表現するために英語では様々な動詞の形、法助動詞、構文が用いられていることが分かる。

細江の分類の意義

細江のこの分類は、単に動詞の形 (form) だけでなく、話し手がその命題や行為をどのような精神的な態度 (叙述態度) で捉え、表現しているかという点に焦点を当てたものである。これにより、英文法の叙法をより話し手の内面的な捉え方と結びつけて理解しようとする試みとして、日本の英文法研究において重要な影響を与えた。特に、仮定法を単なる非現実のこととしてだけでなく、「話し手の思考の中の事柄」として捉える叙想法の概念は、その後の仮定法研究にも影響を与えた。

Wiki: 細江逸記 (ほそえいっき)

予定
⇒認知英文法:ジル・フォコニエ「メンタル・スペース」論
⇒認知英文法:紫ババァのメンタル・スペース


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