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反グロ論:トランプ現象と反知性主義〜森本あんりの洞察


トランプ現象と反知性主義

森本あんりの著書「反知性主義」を基に、この対談ではアメリカにおける反知性主義の根源と、それが現代の政治現象、特にトランプ支持層に与える影響について考察している。アメリカのキリスト教が、建国当初からの政教分離の原則を持ちながらも、いかにして白人アメリカ人の文化的アイデンティティと結びつき、反エリート主義や排他的な傾向を強めていったかを詳細に解説している。また、商業資本主義の成功とそれに伴う宗教的復興運動(リバイバル)が、現在のアメリカ社会の分断といかに関連しているかを歴史的視点から掘り下げている。

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アメリカ・キリスト教史:理念によって建てられた国の軌跡

この書籍は、キリスト教という視点からアメリカ合衆国の歴史を紐解いていくというユニークなアプローチを取っている。一般的に、アメリカの歴史は政治や経済、社会制度といった側面から語られることが多いが、この本では、建国から現代に至るまでのアメリカ社会に深く根ざしたキリスト教の存在とその影響に焦点を当てている。

著者の森本あんりは、国際政治や思想史を専門とする研究者であり、その知見を活かして、単なる宗教史に留まらず、キリスト教がいかにアメリカの政治思想、社会運動、国民性、そして国際関係にまで影響を与えてきたかを多角的に分析している。

具体的には、ピューリタンの入植から独立戦争南北戦争、そして現代の政治状況に至るまで、様々な歴史的転換点においてキリスト教の教義や宗派間の対立、あるいは信仰が果たした役割を解説している。例えば、フロンティア精神と信仰の結びつき、公民権運動における宗教的リーダーシップ(キング牧師)大統領選挙における福音派の影響力など、キリスト教がアメリカの「精神」や「価値観」を形成する上で不可欠な要素であったことを、具体的なエピソードを交えながら詳述している。

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アメリカがアメリカとなっていく過程にあるキリスト教の歴史を概観できる文庫
著者は国際基督教大学の教授で哲学・宗教学の研究者。私はこの著者の著作を『反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体』(2015年/新潮選書)、『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(2017年/NHK出版新書)と読み継いできました。
 今回の『キリスト教でたどるアメリカ史』は、2006年の『アメリカ・キリスト教史―理念によって建てられた国の軌跡』(新教出版社)を2019年現在の情報を付記して文庫化したものです。 

 移民・開拓時代からのアメリカの歴史をキリスト教的側面から追う際、キーワードとなるのが「信仰復興(リバイバル)」です。それは第1次から第3次まで興った宗教運動でした。
 第1次信仰復興(大覚醒)は18世紀前半教会制度の形骸化が進み、内面での回心が得られないと感じたピューリタンたちがおこなったものですが、知性と権威が結びついた当時のキリスト教社会への反発があり、著者はそこに反知性主義の萌芽を見ます。
 回心を得たという確信の得られない信徒の絶望感がやがてこの第1次信仰復興を衰退させていきます。この史実には、なにごとも極端は良くないという当然の事柄を思い知らされます。ちなみに『トム・ソーヤーの冒険』にもこの大覚醒の波の興亡が描かれているのだとか。
 第2次信仰復興は18世紀末から19世紀初頭にかけての西部開拓の時代に、人間が努力をすることを求める「self-made man」の理念に裏打ちされていたものとして広がりを見せます。
 第3次信仰復興は19世紀後半に農村部から都市部への人口流入が進んだ時期に起こります。慣れない商工業都市部での不安をかかえた民衆の心に、信仰がこの世の成功をもたらすという実利主義的思想を植えて広がりを見せます。
 このようにアメリカが経済的に発展する途上で大衆が信仰心を篤くしていった歴史を見つめると、キリスト教国家としてのアメリカの芯のようなものが見えてくる気がします。

 そのほかにもこの本からは様々な知識をいくつか仕入れることができました。

独立戦争の前後にイギリス王党派の一部はカナダへと逃れた。カナダの宗主国イギリスは英国教会を公定教会としていたが、やがてカトリック信者にもカナダ市民権を与えるようになる。これに王党派が反発したため、カナダはフランス系カトリックの多いケベックイギリス系プロテスタントの多いオンタリオとを行政区分した。

◇独立戦争の指導者たちの神観は「理神論」的であり、特定の宗派を形成するのではなく、ユダヤ・キリスト教の思想を抽出して表現したものだった。

◇アメリカ史では南北戦争までの19世紀前半を「Antebellum」と呼ぶ。この時代、ナポレオンからルイジアナ購入をするなど国土を広げ、農業がアメリカの勃興期を支えた

◇教会も奴隷制をめぐって南北分裂が始まった。メソジストバプテスト長老派が分裂した。しかしクエーカーは一貫して奴隷制に反対したので分裂をまぬかれた。

◇1989年、米国聖書協会は「新改訂標準訳」版を出版して、男女包括的な表現を使う工夫をした。

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なぜアメリカのキリスト教は、その歴史の中で特異な発展を遂げたのか

アメリカのキリスト教がその歴史の中で特異な発展を遂げた理由は多岐にわたる。

• アメリカの国家としての意義付けとの深い関わり:

アメリカに持ち込まれたキリスト教は、「アメリカ的であること」と表裏一体をなす形で発展した。当初からキリスト教は、単なる宗教ではなく、アメリカという国のアイデンティティと深く結びついていた。

• 政教分離の達成:

アメリカは18世紀の独立期において、世界で初めて国家が宗教と手を切る政教分離を達成した国である。これは、キリスト教内の不満を持つ少数派宗派と、ジェファソンなどの理神論的な思想を持つ人々が手を組むことで実現した。この分離があったからこそ、かえってアメリカ社会(国家ではなく社会)では熱心なキリスト教の活動が盛んになった。

•アメリカ例外主義(American Exceptionalism)の思想:

アメリカは「他の国と全然違って特別な使命を与えられて存在している」という自己認識を最初から強く持っていた。これは「丘の上の町(City upon a Hill)」という言葉に象徴され、全世界の目がアメリカに注がれているという意識が根底にある。

• リバイバル運動(大覚醒)の繰り返し:

18世紀半ばに始まったリバイバル運動は、町全体が一時的に宗教的な熱狂に包まれ、人々が教会に集まるようになるという、世界でも珍しい現象であった。これは経済的繁栄によって「神の前に堕落したのではないか」という道徳的・宗教的反省が高まったことや、メディアの発達が運動の普及を助けたことなどが背景にあった。経済的な成功と宗教的熱心さの間を循環するサイクルは、アメリカの特殊な発展を象徴している。

• 反知性主義との関連:

アメリカにおけるキリスト教は、反知性主義とも密接に関わっている。アメリカ人にとって「人は全て神の前に平等だ」という信念が非常に重要であるため、知識や教育を持つエリートが、特定の権力と結びついて民衆に「偉そうに振る舞う」ことに対して強い反発が生まれる。キリスト教は、この反発の原動力となることがあった。

• 信仰から文化への変容:

現代においては、キリスト教が「もはや宗教や信仰ではなく、文化へと形を変えている」という側面がある。特に、白人のアメリカ人であるための文化的なアイデンティティキリスト教になっていると指摘されている。これは、移民の増加や格差拡大の中で、伝統的な白人のアメリカ人のアイデンティティが脅かされていることへの反応と見られている。その結果、共同体としての教会の姿は弱まり、「文化的なレッテル」としてのキリスト教が目立つようになっている。

• 「繁栄の福音(Prosperity Gospel)」の論理の逆転:

豊かであることが神の祝福であるという「繁栄の福音」の考え方があったが、産業構造の変化や他国の台頭により、努力しても豊かにならない人々が増えると、「神に罰せられている」と考えるのではなく、「誰かがそれを邪魔している」と外部に敵を見出す論理へと転換していった。

• 理念先行の国家としての特性:

アメリカは、歴史を遡って統一を作るのではなく、「こうあるべきだ」という未来の理想を統一の拠点とする理念先行の国である。啓蒙主義の時代に、理性と合理性に基づき、憲法を作って突然出発したという歴史的経緯も、理念や思想が現実を規定するアメリカの特性を強めている。

アメリカにおける反知性主義とキリスト教の信仰

America's Anti-Intellectualism and Christianity: A Deep Dive

アメリカにおける反知性主義は、知性そのものを軽蔑する態度ではなく知性と権力の結びつきが固定化することへの反発を意味している。これは「反権威主義」や「アンチエリート的」な傾向とも言え、トランプ現象を読み解く上で非常に重要な概念とされている。

特に「反・知性」主義(知性的なことに何でも反対すること)「反・知性主義」(知性主義に反対すること)の区別は、森本が最も強調している。

このアメリカの反知性主義は、キリスト教の信仰と深く関連しており、その背景には以下の点が挙げられる。

• 「神の前の平等」という信念:

アメリカ人にとって最も重要な理念の一つに「俺とお前は神様の前に平等だ」という信念がある。知性を持った者や学のある者が、自分より偉い立場にあるかのように振舞うと、これに対する強い反発が生まれる。

• アメリカの「意義付け」とキリスト教:

アメリカにもたらされたキリスト教は、「アメリカ的であること」の意義付けと表裏一体の関係を築き、非常に独自に発展した。キリスト教が単なる信仰ではなく、白人のアメリカ人であるための文化的なアイデンティティへと形を変えている側面がある。この文化的なアイデンティティは、自身のアイデンティティが脅かされていると感じる人々の拠り所となっている。

• リバイバル運動(大覚醒)の伝統:

18世紀半ばに始まった「第一次大覚醒」などのリバイバル運動は、町全体が宗教的な雰囲気に満ち溢れ、多くの人々が教会に集まる熱狂的な現象であった。

この運動は、植民時代のアメリカが経済的に成功し、富を蓄積した一方で、「神の前に堕落したのではないか」という精神的な貧しさを自覚したことへの反動として生じた。

この宗教的な復興は、いわば「本来の姿に戻そう」とする動きであり、経済的な成功が精神的な良心の痛みと結びつき、より真面目な生活を求める循環を生み出した。

これらの運動は、教会階層や知的権威よりも、民衆の直接的な信仰体験や情熱に重きを置く傾向があり、反知性主義の根底にある反エリート的感情と共鳴する素地を持っていたと考えられる。当時のメディアの普及も、このような大衆的な宗教運動を後押しした。

• 現代のキリスト教ナショナリズム:

現代のアメリカの一部のキリスト教徒、特に共和党を支持する福音派などは、アメリカが「出発点からキリスト教国家だった」と主張し、歴史を修正する動きを見せている。これは、学校での祈りの禁止や公共の場での宗教的表現("メリー・クリスマス!"の挨拶) の制限などを「キリスト教に対する迫害」と捉えアメリカを本来の姿に戻すべきだと考えているためである。

彼らにとってのキリスト教は、もはや純粋な信仰というより、文化的なレッテルとなっており、その「レッテル」を誇示することで、多様化や格差拡大の中で揺らぐ自己のアイデンティティを確立しようとしていると指摘されている。

この「文化的キリスト教」は、知識エリートやリベラルな価値観に対する反発の足場となっており、例えば、ハーバードのようなエリート大学に対するトランプの敵対的な姿勢は、こうした知的エリートへの反発を抱える大衆に共感を得ている。彼らは、巨額の資金を持つエリート大学に国民の税金が投入されることに対し、庶民の感覚として強い反発を抱いている。

このように、アメリカにおける反知性主義は、単なる知識嫌いではなく「神の前の平等」という核となる信念と、アメリカ特有のキリスト教の発展、特にそれが文化的なアイデンティティや政治的運動の基盤となっている現実と密接に結びついている。経済的・社会的な変化の中で生活が空洞化したと感じる人々にとって、キリスト教がエリートや既得権益に対する「足場」や「拠り所」となっている側面があると言える。

インタビュー:トランプ大統領を生み出した「富と成功」の論理と「反知性主義」

『日本だけでなく世界中で不思議に思われていることですが、あの選挙では白人福音派の8割がトランプ氏に投票しました。もともとアメリカ人には、神に従う者は恵まれる、という考え方がある。トランプ氏は成功し、恵まれている。したがって、神はトランプ氏を是認しているに違いない。こうしたアメリカ人特有の「富と成功」の論理によれば、アメリカン・ドリームを成し遂げたトランプ氏は、神から特別な祝福を受けている存在だと見なされるのです。』

『イギリスからの独立を経て建国されたアメリカは「旧世界」を汚れたものと考え、本来のキリスト教の考え方を変容させてきました。その変化の背景にあるのが「富と成功」の論理「反知性主義」です。
 2015年2月に私が『反知性主義』を上梓したとき、反知性主義とは知性そのものを蔑視する態度である、と誤解する人もいました。しかし本来は、知性と権力の結び付きが固定化することへの反発を意味します。その根源は宗教にあり、大卒のインテリ牧師が幅を利かせる極端な知性主義に対する反動として生まれたのです。』

『トランプ氏は、ポピュリズムを利用するのも非常に巧みです。雇用、移民、テロなど特定のテーマにおける善悪を問うことで、アメリカ国民の関心を引き付けた。単純な善悪二元論に陥りやすいのがポピュリズムの特徴で、その原理主義的な性質はある意味で宗教と共通しています。
   日本でいえば、小池百合子氏はポピュリズムの典型といえます。衆院選前の例の「排除」発言で、希望の党は急に失速しましたが、ポピュリズムは熱しやすくて冷めやすい。政党組織より個人の発言が占める役割が大きくなる傾向にあります。』

『アメリカ国内における人種構成の変化や経済格差の拡大など、さまざまなことが語られていますが、私はもう少し心理的な観点から、「オバマ疲れ」が最も大きな要因だったと考えています。2009年、バラク・オバマ氏は黒人として初めて大統領になったわけですが、それは当時のアメリカ人が誰も予想していなかったほど大きな歴史的変化でした。
 とはいえ、急激な変革には必ず反発を伴い、必然的にどこかで揺り戻しが訪れるものです。一方向に振れたあと、もう一方に戻ろうとする復元力が働くのは自然なことでしょう。オバマ政権は、民主党で政策的にも性格的にもリベラルで、それが「リベラル疲れ」を引き起こします。要するに、ヒラリーが敗れたというよりも、「オバマ・ヒラリー継承路線」が敗れたということです。もし2009年にオバマではなくヒラリーが大統領候補になっていたら、彼女にもチャンスはあったでしょう。』

『もう少しいうと、リベラリズムの根底にある意志力崇拝や設計主義への反発です。オバマ大統領の「Yes,we can(私たちならできる)」という言葉が象徴していたのは、物事を理性的に計画して努力していけば進歩は続いていく、というじつにアメリカ的な発想です。保守主義は、こうした人間の能力に対する過信を本来的に警戒します。自らの思い描いた理想を完璧に実現することを求める「パーフェクショニズム(完全主義)」に対する疑念です。
 ちなみに、最近公開されたエマ・ワトソン主演の映画『ザ・サークル』(2017年)は、そうした完全主義の陥穽をリアルに描いた作品です。昨今のアメリカ国民の「完璧疲れ」が反映されているのかもしれません。』

THE 21 web Voice

付記:M・ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

マックス・ウェーバーの主著の一つである『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、近代資本主義の成立に、プロテスタント、特にピューリタニズム(禁欲的プロテスタンティズム)の倫理が精神的な側面で深く関わっていたことを解き明かした社会科学の古典である。

この本は、単に経済史や宗教史の枠を超え、文化、倫理、社会構造が相互にどのように影響し合い、近代社会の特質を形作っていったのかを考察した、非常に示唆に富む作品であると言える。

なぜ近代資本主義は西洋で生まれたのか?

ウェーバーがこの本で最も根本的に問いかけたのは、「なぜ、近代的な合理的な資本主義は、他の地域ではなく西洋において、とりわけ特定の時期に発展したのか?」という疑問であった。彼は、富への欲望自体は普遍的であり、世界各地に商人や金融業者が存在したことを認識していた。しかし、彼が注目したのは、そうした一般的な「金儲け」の衝動とは異なる、「合理的な富の追求」という近代資本主義に特有の精神であった。

「資本主義の精神」とは何か?

ウェーバーが言う「資本主義の精神」とは、単なる「お金が欲しい」という欲望ではない。それは、以下のような特徴を持つもの。

  • 絶え間ない利潤の追求と再投資: 偶然の儲けではなく、体系的かつ合理的に利潤を追求し、それを消費に回すのではなく、さらにビジネスに再投資することで、永続的に富を増殖させていく態度。

  • 労働の倫理的価値: 労働そのものを天職(Beruf)と捉え、勤勉に働くことに倫理的な価値を見出す考え方。

  • 禁欲と合理的計算: 得られた富を贅沢な消費に費やすことを避け、貯蓄し、合理的な計算に基づいて投資を行う禁欲的な態度。

  • 時間厳守と効率性: 時間を金とみなし、無駄をなくし、効率性を追求する姿勢。

ウェーバーは、このような精神が近代資本主義を推進する上で不可欠な要素であると考えた。

プロテスタンティズム(特にピューリタニズム)の倫理との関連

では、この「資本主義の精神」はどこから来たか? ウェーバーは、その源泉をプロテスタント、とりわけカルヴァン主義に代表される禁欲的な宗派(ピューリタニズム)の倫理に見出した。

  • 予定説と「救いの確信」への不安: カルヴァン主義の「予定説」は、人間が救われるか否かは神によってあらかじめ定められている(予定されている)とし、人間の努力では変えられないと説いた。しかし、この教義は同時に、信者に「自分は救われているのだろうか?」という根深い不安をもたらした。 この不安を和らげるため、信者は「自分が救われている証」をこの世での生活に見出そうとした

  • 世俗内禁欲: その「証」とは、世俗的な職業において神に召された「天職」(Beruf)として勤勉に働き、成功を収めることであった。富の蓄積自体が悪ではないが、それを享楽に使うことは罪とされた。得られた利益は、神から与えられたものとして、さらなる労働や事業拡大のために再投資されるべきだと考えられた。

  • 労働の尊厳と自己規律: 勤勉な労働は神への奉仕であり、自己規律に基づいた禁欲的な生活は、信仰の証しとされた。これにより、浪費を避け、合理的に時間と資源を管理する態度が育まれた。

ウェーバーは、このようなプロテスタントの倫理が、意図せずして、近代資本主義を支える精神的基盤、すなわち「資本主義の精神」を形成したと論じた。彼は、宗教改革がもたらした倫理観が、人々の行動様式、経済活動、そして社会全体を合理化する方向へと導いたと分析した。

本書の意義と影響

ウェーバーは、この本で因果関係を一方向的に説明しようとしたわけではない。彼は、経済的基盤が人々の意識に影響を与えるという唯物史観(マルクス主義)に対し、「精神(文化、倫理、宗教)が経済構造に影響を与えることもある」という逆方向の関連性を提示し、社会科学における多角的視点の重要性を示した。

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