半世紀ぶりに貝殻山貝塚(あいち朝日遺跡ミュージアムさん)を訪ねました
1月半ばからの愛知県埋蔵文化財センターさんの春の企画展「あいちの発掘調査2024」、会期も長く、今なら行けそうだし、どこかのタイミングで行きたいな〜、と思っていましたら、2月2日に関連講演会「デザインの時間軸 ―安城市亀塚遺跡と赤彩竪櫛―」が開催されるとのことで、登壇者の中に奈文研の深澤先生のお名前を発見!。
が、しかし、その日は勤務日…。
私、弥生モダン展も行けなかったんだよな〜ウググググ
このをみな、をかしきことあらむとて、夜な夜な電子の江へと出でてさまよふ。さなることなど、なにかべちのことにあらずとも、そのこころにをかしと思ほゆることなどしるしたるものなり。誰か知るらん魚の楽しからずや、ただ知れるは猫の楽しみのみ。
「速いはゆまじゃないのか〜」
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 26, 2025
いや隣の隣の国だし。近いし。この前もこのはゆまに乗ったでしょ💦。
今日はもう春も進んだから遠江より手前で夜が明けるかな🤔 pic.twitter.com/lClh6veTnv
講演会は諦めても、企画展は見たい。
今回、赤彩竪櫛原寸レプリカが企画展のグッズとしてミュージアムショップで販売されているらしく、とても欲しい。
それに何より思い起こせば12年前…
私は小学校二年で静岡から名古屋へ転校したのですが、その後、それこそ断夫山古墳が授業でとりあげられて遠足でも行きました。でも子供心に登呂遺跡の方がずっと面白いのになあと思った覚えがありますσ(^^;)。
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) September 8, 2013
なので、その後、貝殻山貝塚が取り上げられた時にはとてもワクワクしました。そしてやっぱり遠足で行って、当時その場所には貝塚しか無かったのですが、初めて登呂遺跡に行ったときと同じように、ここで大昔の人たちが暮らしていたんだと思って、とてもドキドキしました。
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) September 8, 2013
時代のことも何もわかってない子供だったので仕方ないのですけれど、貝殻山貝塚にも近くに登呂邑のような家があって、人が住んでいたんだと勝手に考えてドキドキしていたんですね、きっとσ(^^;)。
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) September 8, 2013
古いポストですが、古墳より集落遺跡に魅力を感じてきた身としては子供の頃一度行ったきりでも、その時そこには貝塚しか無くても、どきどきわくわくしたその場所はこの年に整備が計画され、2020年にあいち朝日遺跡ミュージアムとしてオープンしているってのに一度も行ってないってどういうことだ!(いや行きたくてもなかなか行けんかったんやて!)
「近いって、どこの国に行くの?遠江じゃないんだよね?参河?」
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 26, 2025
あっ…そうか、隣の隣の隣の国、でした…
「尾張国か〜」
「うみつみちってたくさん河を渡るんだねぇ…」
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 26, 2025
「江(うみ)もあるしのう、津(みなと)も多かったのではないかな」
「あの大きな江(うみ)はどこを通って越えてたの?」
遠つ淡海は室町時代の地震までは海面より高い位置にあって、流出河川が遠州灘に接続していたらしいので、その川に橋が掛かっていたんじゃないかな🤔。歴史時代よりもっともっと前は内湾だったと考えられているみたい。今から行く尾張国も近年まで今の都市の南半分以上が内湾だった訳だから水運は大事ね
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 26, 2025
現代の伊勢湾と三河湾は視覚的にもひと繋がりと感じますが、古い時代の伊勢湾は、中央には台地が島状に存在し、現代の清須市付近まで内海が続いていたわけです。
三河湾は知多半島と渥美半島に囲まれた穏やかな内海、近代は工業港湾として発展してきましたが、古代から水運拠点として重要だったんじゃないかな〜。
それはさておき、私が住んでいた頃には無かった路線なのか、聞いたことないJRの路線に乗るのでちょっと不安…
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 26, 2025
前回津市へ行く時にも乗った、早朝の在来線の岐阜行きに乗り、枇杷島駅で降り、城北線で尾張星の宮駅へ。
城北線?尾張星の宮駅?知らなかった…勝川まで走ってるのか…。
在来線は在来線で楽しいですねぇ。こんなことにも気がついたり。
あれ?貨物列車を引いてる車両って、引退したブルトレの車両だったりする?
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 27, 2025
北区に長く住んだので懐かしい環状2号線近辺。街並みの変化に感慨を覚えつつ早朝の清須の市街地をてくてく歩く。
高いところで交差する名古屋高速の清須ジャンクションが見えます。
朝日遺跡はまさにそのジャンクションの工事で見つかった集落遺跡です。かつてはこの辺りは内海に面し、対岸には金山台地が見えていた、はず。
着いた〜 pic.twitter.com/3NJEHTZTH4
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 27, 2025
館内のジオラマ。とても広かった朝日遺跡。実際にはこの更に奥にも居住区があったのではと考えられているようです。遠景の右端の冠雪しているのが御岳さん、その隣の冠雪したかなり遠方に霞んているのが白山、手前側に金華山、その左に伊吹、左端で見切れちゃったのが多度山 pic.twitter.com/al8xouvvuy
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 27, 2025
企画展の画像殆ど撮ってなかった💦
この弭はとてもとても久しぶりの再会。かなり以前ですが、登呂博物館さんの企画展で借り出されていた時にお会いしましたね🤗
見よこの繊細な線刻。

この頃の弓は木製の丸木の長弓。以前は、可動するコマのような部分は弓弦の張りを調整するためにあるのかなと考えていたのですが、最近は装飾性の高いものは儀礼で音(鳴弦)を出すために使われていたなんてことはないのかな?と妄想を膨らませています。
この弓弭の線刻も赤彩竪櫛の線刻もとても興味深いんですよねぇ…
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 28, 2025
以下、安城市 亀塚遺跡で見つかった赤彩竪櫛関連の愛知埋文さんのポストを貼って置きます
明日8月19日午前10時より、安城市東町亀塚にて、亀塚遺跡の地元説明会を開催します。駐車場はありませんので、できるだけ公共交通機関でお越しください。
— 愛知県埋蔵文化財センター (@aichi_maibun) August 18, 2023
一木造りの美しい竪櫛が出土しています。
弥生時代終末期から古墳時代初頭に属し、湾曲結歯式を模した逸品です!https://t.co/OhQB1NxVaS pic.twitter.com/WQNq2IcXLz
亀塚遺跡の竪櫛について検討会を行いました。課題は幅0.5mm(拡大写真の黒い棒は0.5mmのシャーペンの芯)未満の溝をどんな工具と方法で彫ったのか?弥生時代の木工具研究者や熟練の木地師さんを招いて検討した結果、弥生時代終末期に存在した刃先の薄いナイフ状工具であれば彫れることがわかりました。 pic.twitter.com/WA7lwV6FiH
— 愛知県埋蔵文化財センター (@aichi_maibun) July 30, 2024
考古学にはルジメント=痕跡器官という用語があります。
— 愛知県埋蔵文化財センター (@aichi_maibun) December 18, 2023
これは元々の機能が失われても、形だけが残っているものを指します。安城市亀塚遺跡の木製竪櫛には、竹ヒゴを束ねた湾曲結歯式を模した幅1ミリ程の線刻が描かれています。これぞまさにルジメント。こういうのを見ると考古学者は異常に喜びます。 pic.twitter.com/6xKBTlkkq6

貝殻山貝塚遺跡だけだった頃に来てもわくわくした小学校低学年の私に見せてあげたい😙。こんなにすごかったんだよ、こんなにいろんなことがわかってきたんだよ。
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 27, 2025
お目当ての実寸大の赤彩竪櫛はマグネット無しモデルは完売だったのでマグネット付きのものを買いました🤗ホクホク。手のひらに乗る程度の大きさ。A4サイズのパンフの上に乗っけると大きさがわかりやすいかな。 pic.twitter.com/tb4OQLXE5e
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 27, 2025
「やったー速いはゆまだねぇ」
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 27, 2025
う、うん、帰りは在来線乗り継ぎながら帰るとたぶん全然座れなさそうだったからね、その、まぁ…
「なーに気にするでないぞ、齢ふれば足腰も弱るもんじゃ」 pic.twitter.com/UqkpkMjGQi
いやずーーっと立ってるツゲじいに言われてもねぇ…😑
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 27, 2025
それはさておき、焼失竪穴建物の紹介を見て熱田台地、瑞穂台地にも俄然興味が湧いてきました。最盛期にはあんなに大規模な集落だった朝日遺跡が古墳時代に衰退した経緯も考えてみたい🤔
や〜やっぱこだまだよね〜🤗こんな時間帯というのもあるだろうけど自由席でもよゆーよゆー
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 27, 2025
日頃からXのGijyou先生や愛知埋蔵文化財センターさんのポストを拝見していて、行きたいなあとずっと思っていたのになかなかお伺いできなかった朝日遺跡。半世紀ぶりにようやく訪れる事ができました。
念願だったあいち朝日遺跡ミュージアムさんにお邪魔しました。ありがとうございました🙂↕️
— 賀茂史女/かものふひとのむすめ (@k_h_musume) February 27, 2025
