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闇の子どもたち 断片2

 忌まわしい夢を見て目を覚ました。
 目覚めてみると目の前には書類の積まれた執務机があった。うたた寝をしたらしい。にも関わらず、手に残る感触は生々しかった。どれだけ時間が流れても、消えてはいかない。
 右手を何度か握っては開いてみたものの、遠ざかってはいかなかった。

 そのくせ、実際にあったことの記憶は、どこかぼんやりとしている。夢の内容も、もう定かではなく、ただあの瞬間だったことだけは確かだった。
 剣は伝えられていた通り、欠けていた。刃もこぼれて錆びついていた。
 狙ったわけではない、と思う。その辺りの記憶も曖昧だ。まるで剣は滑り込むように深々と刺さった。

 それをいつ抜いたのかも覚えていない。周りに誰かいた気もするし、一人だった気もする。
 全てが夢だったなら、どんなにか、よかった。そうではないことも、また、確かなことだった。でなければ、彼はここにこうしていない。

 呪われているのは剣なのか、それとも自分なのか。彼は右手に目を落とした。あのころよりも、大きくて分厚い。

 剣は封印した。幾重にも。
 にもかかわらず、呼ばれているのがわかる。どれだけ強く封じたところで、本当は意味がないのだろう。

 部屋の灯りがわずかに揺れて、彼は我に返った。隣室にあるバルコニーに現れた気配に、眉を寄せる。しかし、席を立つ気はなかった。書類に目を落とし、読むふりをする。

「つまらない男だな、せめて驚くくらいしないのか」

 声がして、仕方なしに顔を上げると、あの夜とそっくり同じ姿のままで「彼」が歩いてくるところだった。まだ、ようやく十になるほどの幼い少年だ。こんなに、幼く弱いものだっただろうか、と、不思議に思う。
 「彼」は、燭台の炎を揺らしたが、その影はこの部屋のどこにもなかった。髪の色が、あの日より少し濃く見えるのは、灯りのせいかもしれない。

「そんなことでは、振られるぞ」

「その類のことを求めてはいません」

 にやにやと笑いながら言われて、彼はつい、反論してしまった。人が魔ノ物に魅入られる、初歩的な過ちだ。

「誰に、とは言っていないが」

 「彼」は机をぐるりと回って、すぐそばまでやってきた。近くまで来ると、歩いているように見えるだけで、実際には足など動かしていないことが分かる。人の真似をしているのは、当てつけなのだろう。

「おや、随分老けたねえ」

 顔を覗き込んで、「彼」は失礼なことを言う。見る間に背が高くなり肩幅が広がる。あどけない少年が、青年にまで成長するのを見て、なるほど、確かに随分老けた、と彼は思った。
 背の伸びた「彼」は、机に腰掛ける。それで、と彼は努めて低い声で言った。

「どうしてここにいるんですか」

 そろそろだからな、と軽い口調の割に顔は険しかった。

「よもや、忘れているわけはないだろうが、頭から食う前に猶予を与えにきた」

 そういう選択肢もあったか、と彼は少し笑えた。全て「彼」が解決してくれればよいものを、おそらく、そうはならない。「彼」は、人の世界には干渉しない決まりになっているはずだ。「主」が望む場合を除いて。
 にしても、随分と過保護ではないだろうかと彼は考える。まるで、娘を心配する父親のようだ。
 ちょうど、彼の知り合いにも似たような親子がいる。親の方は、こんなふうに裏で手を回しては、娘を過保護に守っているのだが、娘の側は三回に二回は気がついていて、その度に悪態をつく。
 幸いにも「彼」の場合は、その心配はないだろう。

 気持ちは分からないでもない、というのは口に出てしまったようだ。
 誘われるように「彼」と目を合わせ、その強く怒りを含んだ視線にとらわれる。空気が震えるように感じて、鼓膜が妙に揺れた。
 力を込めて目を逸らす。石と金属が擦れ合うような不快な音がした。

 ふうん、と「彼」は少しつまらなさそうな声を出しながら立ち上がった。

「老けただけではなかったようだな」

 そう言い終わらないうちに、輪郭がぼやけて光の粒に変わる。そして、西に向かってあっという間に飛び去った。
 風が吹いたように感じたが、紙は飛ばず、火が揺れることもなかった。

 彼は立ち上がった。
 眠れる気もしなかったが、仕事を続けられる気もしない。

 もしも彼女が、あれに呼ばれてしまったら。
 自分に手を下すことを考えてしまったら。

 それが怖かった。

 こんな目には遭わせたくない、かつて、そう誓ったが、実際に起きてみると、それ以上だった。

 勝手に殺したいと望むなら構わない。それは彼女の自由だ。
 そうではなく、この忌まわしい仕組みの中に取り込まれて、自らの意思を無くしてしまうのが怖い。

 それよりも、もっと恐ろしいことは、自分がいつか、彼女に刃を向けるのではないか、ということだった。
 剣は今も呼んでいる。
 今はもう、その役目を果たしたはずなのに。
 理由は分かる。

 なぜなら、真に鳥を持つのは彼女だからだ。
 この世の全てを見てきた、あの巨鳥を。




#なんのはなしですか
#君と魔術と星空と
#闇の子どもたち




闇の子どもたち
なのか
グリンダスヴァーナ城の晩餐
なのか
いずれにせよ
毎回絵を描くのがめんどくなってきました笑

ぱちこ☆

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