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闇の子どもたち 断片19

「なあ、なんでお前、いつも一緒に食わねえの」

 立ち去ろうとしたルークに、ジャギスが言葉を投げた。疑問、というよりは完全に責めている口調だった。さっきの今だ、無理はない。

「なんでお前だけ、特別扱いなんだよ」

 いずれジャギスが言い出しそうなことではあった。すかさず、シェリーナが自分のことのように偉そうに言う。

「ルークは、とってもえらい人の子どもだって言ったじゃない」

「偉いのは親だろ、お前じゃねえだろ」

 ルークは憮然として立っていた。前に、彼がそれについてまさに「語った」のを考えると、一番痛いところのはずだ。でも、理由はそれではない。それではない方の理由を、彼はまだ自分の口から誰にも話してはいなかった。
 アリアは口を挟むべきかどうか、悩んだ。このまま悪い方に行けば、すごくまずいことになる。だが、スーイは言ったのだ。たとえ、命に関わる事態になっても介入してはいけないと。
 それは分かる。
 ルークはその歳の子どもにしては、困惑するほど賢かったし、自分が何をしなければならないかくらい、理解できているだろう。それでも言い出せていないことを考えると、この件は、とっても偉い人の子どもであること以上に彼を悩ませているのだろう。

「ルークはあんたなんかより、強いんだから」

 うるせえ、とジャギスはシェリーナを怒鳴りつけた。

「お前には聞いてねえよ。ルーク、どうなんだよ。お前、そんなに偉いのか? みんなより魔力があるからって、偉いのか? オレらと一緒に飯も食えねえくらい偉いってのか?」

 ちょっと、とアリアはついに割って入ろうとした。が、ジャギスはそんなアリアに向き直って、彼女を睨みつける。

「今は、オレがリーダーだから。オレの言うことに従うべきだろ。一緒に飯も食えねえんなら、仲間じゃねえよ。チームって言うなら、一緒に食うべきだろ」

「わかりました」

 ルークが冷たい声で言った。

「いいですよ、別に。一緒に食べるのが嫌なわけじゃないですから」

 嘘は言っていない。彼は、いつものように澄ました顔に戻っていた。

「ですが、私は作法が分かりませんから。ジャギス、よかったら教えていただけませんか?」

 別に、いいけど、とジャギスがちょっと拍子抜けしたような声で言った。行こうぜ、という彼の号令と共に、皆が向きを変える。
 止めるべきかどうか、アリアは迷って、結局、ため息だけついて、後に続いた。彼らの問題は、彼らに任せるしかないのだ。


 食堂は、毎度のごとく、ごった返していた。とはいえ、ある程度の座る場所は決まっている。
 そうでもしないと、主にジャギスのような困った子が大騒ぎを始めるのは目に見えているからだ。初級の子たちはクラスごとか、宿舎の棟ごと、中級以上になると、任務のチームごとにおおよそ同じテーブルに座る。
 ルークは、思った以上に人が多かったのか、それとも妙な熱気に気圧されたのか、一瞬だけ眉を寄せて立ち止まった。ジャギスがそれを見て、ほら早く、と急かす。

 ここへきても、ルークに余計に突っかかるのなら、口を出そうと思っていたが、意外とそうでもなかった。
 ジャギスは、嬉々としてルークを連れて食事を取りに行く。ああでもない、こうでもないと、歩き方からトレーの持ち方まで、懇切丁寧に教えている。絶対に貴族の子ではやらないだろう、ジャギス流だ。
 その都度、シェリーナが、あんたとは違うのよ、と金切り声で突っ込んだが、リーダーは俺だ、と黙らせる。
 席について、いざ食べ始めてからも、彼の教育的指導は止まらなかった。

「男はこうやって食べるんだよ」

 ジャギスがパンにかぶりつきながら、嬉しそうに言った。

「お前、女じゃねえんだから、そんなちまちまちぎってちゃダメだ」

「そうなんですか?」

 ルークは言いながら、キエーリとツルガを見た。二人とも行儀よくパンを手でちぎっている。

「こいつらは、ほら……いいんだよ、こいつらのことは」

 はあ、とルークは怪訝な顔のまま、パンを口へ運ぶ。思うに、彼はここまでの人生で、そんな食べ方をしたことはないだろう。

「そんなちょっとずつ食べてどうすんだよ、こうやんの」

 大きな口を開けるジャギスにシェリーナが冷たい視線を送っている。きっと、こう言いたいのだ。
 食事中に大声で話すなんてお行儀が悪いわ。そんな大きな口で食べるなんて、お行儀が悪いわ。
 でも、それはさすがに矛盾していることに気がついているから、いい子にしている。というより、これまでに何度も言ってきかせた結果だ。

「ほら、スープはこう」

 続いて、ジャギスは持ち上げた皿を傾ける。スプーンで具をかき込みながら、な、とルークに笑いかけて見せた。
 しかしルークは、取っ手のついていない丸い皿を片手でどう持ち上げたものか、困惑しているようだった。見かねて、アリアはため息まじりに声をかける。

「ジャギス、ほどほどにしてあげて。あなたの個性的な食べ方は、まだルークには早すぎるわよ」

「うるせえな、アリアは。女には教えられないことだってあんだろ」

 そうね、と彼女は微笑んでみせた。ルークはとりあえず真似をすることを諦めてくれたのか、スプーンでスープをすくっている。

「あなたのお行儀については、もうとやかく言わないけど、どちらにしろちゃんと噛んで食べなさい」

「どうだ、おいしいだろ」

 ジャギスは偉そうに言った。なぜか、はい、とルークが素直に頷いたものだから、ますます楽しげな顔になる。
 最初から、ルークは見るからにジャギスが突っかかりそうな相手だと思っていた。これまでも、彼が特別扱いをされているのが明らかに気に入らない様子だった。
 だけど、とアリアは二人を見ながら考える。確かに、スーイの言う通りかもしれない。自分が止めてばかりいたら、ルークとジャギスは分かり合えないのかも。
 変なことを教え込まれようと、殴り合いの喧嘩になろうと、放っておいたほうがいいのだろう。

「おかわりは最低、三杯が基本だ」

「おかわり、ですか」

「そう。女はおかわりをしないのがお行儀だと思ってる。けど、食べ物に感謝しろっていうなら、できる限り食べるのがお行儀のはずだ」

 ジャギスは偉そうに言って、皿の中身を全て口に入れると、そのまま皿を持って立ち上がった。

「ジャギス! 食べながら立たないの! ルーク、いいのよ、無理しなくて」

 アリアは真似をして再びスープの皿を持ち上げようとしたルーク思わず止めた。前言撤回だ。これ以上、困った子の面倒を見るのはごめんだ。
 それも違うのか、と思わず大きなため息が漏れる。
 横でシェリーナが、心配そうにこちらを見るのが分かった。
 それを見て、さらにため息が漏れた。自分のせいもあるのだ。シェリーナが何かにつけて、誰かを「指導」しようとするのは。

「ルーク」

 それまで黙っていたツルガが鋭い声で言った。ルークはちょうど、肉と野菜の皿に手を伸ばしたところだった。

「やめときなよ」

 彼は一瞬だけ、手を止めてツルガの方を見た。が、肩をすくめてみせると、そのまま皿を手元に寄せる。
 ツルガがものすごく嫌そうに眉を寄せて、ため息をついたところで、ジャギスが騒々しく戻ってきた。
 彼は、初級で一緒だった子たちと何か大笑いしながら別れるところだった。アリアは、その全員を黙らせたいところだったが、別のテーブルですでに誰かに叱られてる。

「あいつら今日、『小鳥』を逃がしちまったんだって」

 ジャギスはスープと、なぜか余分に持って帰ったメインの皿と果物が盛られた小鉢を、乱暴にテーブルに置きながら言った。
 『小鳥』とは、確かに小鳥なのだが、ただの鳥ではない。魔ノ物だ。初級の子どもたちが魔ノ物の制御をする訓練で使われる。
 魔力はあっても、さして害はないのだが、失敗して逃す子が、まあまあいる。アリアも最初は手こずった。

「だからさ、居残りなんだってさ。探さなきゃなんねえから。な、お前は小鳥、逃がしたことある? あれ結構大変なんだよな……」

「あるわけないでしょ」

 それまで黙っていたシェリーナがついに口を開いた。彼女は頑張って黙々と食事を終えたのだ。

「ルークは、あんたとはちがうんだから。魔ノ物を逃がしちゃったりなんか、するわけないじゃない」

「そんなことないですよ」

 ルークが答えて、皆が彼の方を見た。

「別に、私は優秀なわけではありませんから。小鳥ではありませんが、子どものころに、兄が捕まえた魔ノ物を逃がしてしまったことならあります」

 皆は興味津々にその話に食いついたが、事情を知っているアリアにとっては、笑えない。シェリーナは「お兄さんがいるの」などと妙なところに食いついたが、それでもない。
 それは一体、いくつの時の話で、その魔ノ物って一体、どんなやつだったのだろう。少なくともみんなが考えているような話でないはずだ。

「なんだ、お前、意外と普通なんだな」

 ほら食えよ、とジャギスは自分が持ってきた皿をルークの方へ押しやった。

「どうせ、おかわりったって、やり方分かんないんだろ。っていうか……お前、食べるのおせえな……まあ、確かにアリアの言う通りだな。ちょっとずつここの暮らしに慣れてかねえとな」

「あんたをお手本にしたら、だいなしよ!」

 シェリーナがもっともなことを言った。それにはアリアも同意だ。おそらく、彼女が言いたいのはちょっと違うかもしれないが。

「食堂で食べるのも、悪くありませんね」

 ルークがそんなことを言うものだから、アリアはまじまじと彼を見てしまった。社交辞令か悪い冗談なのかと思ったが、彼は妙に満足した顔をしていた。
 正直、彼がこれまで食べてきたものより、食堂の食事がおいしいわけはないと思うし、こんな騒がしくて無秩序な場所に放り込まれたこともないだろう。
 アリアは彼が、誰とも関わりたくなくて、自分が選ばざるを得なかった道を、自分の生まれを嫌って、心を閉ざしているのかと思っていた。
 本当は、ずっと前からこんなふうに普通の子どもとして過ごしたかっただけなのかもしれない。

 ジャギスがなおもルークに「お行儀」を教え込もうとするのを止めながら、アリアも気づけば笑っていた。




#なんのはなしですか
#闇の子どもたち
#君と魔術と星空と


これは
第二部だと
思います


とかあるの




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