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妄想劇場〜前から来る人〜

 二月くらいから、好みの男性が前から歩いてくる。目が悪いし、真正面からガン見するわけにもいかないから、顔は知らない。
 気が付いたのは、二月の終わりくらいで、なんだかやけに、近くですれ違う人がいるな、と思ったのがきっかけだった。
 歩道の幅は、家の前の道路より広いから、5メートルはあるはずだ。そして、田舎だから人はまばらにしかいない。
 なのに、やけに至近距離ですれ違う人がいる。

 毎日。

 これはもう、絶対にぱちこのことが好きに違いない。

 顔も見えないのに何が好みなのかというと、体型だ。彼は体型のバランスがいい。
 身長は、180センチ強だと思う。すれ違ったときに顔をチラ見できないのは、そのせいだ。背が高すぎて、目線の動きだけではチラ見できない。
 それが、痩せすぎず太りすぎないちょうどよいバランスをしている。
 そして、これはかなり重要なことなのだが、いつもチェックの長ズボンを履いている。

 ぱちこは、人の顔を認識できない。何というか、パーツとしては分かるし、写真を見ると分かるのだが、動いているともうダメだ。
 だから、人を服か髪型で認識している。会社や学校の友達と外で会うと、もう誰かわからない。

 なものなことも手伝って、同じ服を着ていることは非常に重要だ。もし彼が、毎日違う服を着ていたら、認識できないかもしれない。
 しかし、あれは制服なのだろうか?毎日同じチェックのズボンってどんな人なんだろう?見た感じ、ぱちこと同じ部類には見えない。
 などと、ぱちこが他人に興味を持っていることがすでに異常事態だ。コレはもう恋に違いない。

 ただ、一つ、非常に残念な問題がある。彼の見た目というか、体型が整っているのは、彼が若いからだ。どんなに多く見積もっても、二十代後半、一回り以上年下だ。
 まあ、恋に年齢差なんて、関係ない。
 前に、一回り年下のオスから迫られたときは、若すぎて子どもにしか見えないから無理、と断った。
 今考えたら違う。全く好みではなかった。

 とはいえ、ぱちこはおばちゃんである。おばちゃんのぱちこが、勝手に若いオスをかっこいいわぁ、と思っているのは構わないとしても、相手はおばちゃんでは迷惑だろう。
 彼は確かにぱちこに興味を持っているように思えるが、それは、ぱちこを誤認しているだけだ。よく見たらおばちゃんだから、がっかりするだろう。

 そう思うのに、毎朝、今日こそは彼とすれ違うときに、ふと顔を上げて、にっこりしてみたらどうかしら、などと、不毛なことを考える。
 でも、全く勇気がないから、妄想だけして暮らしている。完全に拗らせたヤバいやつな気がしてきた。

 しかし、現実には彼とぱちこが言葉を交わすことすらないだろう。朝、ほんの一瞬、すれ違うだけの人生だ。二人の時間がこれ以上、交錯することはあるまい。
 とすれば、別にぱちこが彼と仲良くなる妄想をしていても、誰の迷惑にもならないだろう。
 いや、そんなことされてたらキモいかも……いや、キモいかもしれないけど、キモいかどうかも気づかれないからセーフだ。


 この前、ついに顔を見た。偶然、人がたくさん歩いていて、避けるために顔を上げたら見えてしまった。
 彼は、羊に似ていた。

 これから、メーくんと呼ぼうと思う。

 今朝も、Discordでギルメンさんとくだらない話をしていたら、前から来る人に危うくぶつかりそうになった。
 顔を上げたら彼だった。そこでにっこりすればよかったのに、慌てて目を逸らしてしまったから、今日も何事もなくすれ違った。
 もしかしたら、ぶつかってくれるのを待っているのかもしれない。


#なんのはなしですか


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