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ぱちこはぱちこのことが大好きです

この記事は
ぱちこのおかしなお話のお話を書く前に、書かれていたと思われます。ある意味で同じことが書かれていますが、わたしも年末の大掃除のために出してしまおうと思います。

書いたのは10月の初めのころです


 またお話を書き始めようと思って、過去に書いた話を読み返していたら、自分で書いたくせに自分ではまり込んでしまって抜け出せなくなりました。

 それで思ったんですけどね、別に、世の中の誰一人として面白く思わなかったとしても、未来のぱちこがこんなにも喜んで真剣に読んでくれるなら、書いた意味があったんじゃないか?って。
 あほな話ですけど、あまりに興味深すぎて、早く続きが読みたいんです。まあ、なんでかって、登場人物も結末も忘れちまってるからなんですけどね!(ちなみに読んだ本の結末や犯人も忘れます。何回か楽しめます。さすがに好きで何回も読んでいると覚えます)
 いや、実際には、設定がミスってたり、構成が甘すぎたり、他人が読んだら何にもおもんない、まあ、こいぬ日記みたいなもんですけど。こいぬ日記も、見ず知らずの方が走って買いに来られたこと、ありましたけど、逆にそっちのほうがうろたえますよね、ホントにこれでええのん!?て。

 内容をまるっと忘れてるのは、このころ、すごいペースで書いてたせいで、設定も構成も登場人物も煮詰める余裕もなく、ただ数をこなしまくってたからなんですけどね。それでもそれがなぜか興味深い。
 思い入れがあって書いてある話なんかは、セリフやシーンを今でも覚えてて、それもあってあまり興味深くはないんですが、無意識に描きまくった部分のにじみ出ている若いぱちこの思想が非常に興味深かったです。恐ろしいことに、今書いたんか?っていうくらい、同じことを思って考えて書いてありましたけど。それって逆に成長してないんじゃないのかっていう。

 もともと、「死」に対する考えがある程度はっきりしていたのですが、それって、お湯灌の仕事をした後に考えたり身についたりしたことかと、自分では勝手に思ってたんです。でも、その前と今と、特段変わったところは見受けられなかった。非常に興味深いですね。

 でもねえ、考えてもみてください。デパートのエスカレーターで自分が書いた話を読んでニヤついてるおばちゃんを。不審すぎるでしょうが。アホもいいとこです。
 とはいえ、一番大事なのは、ぱちこが楽しいことじゃないでしょうか。正直、これらの話を書いていたときは、苦しみが勝っていました。だんだん、何してるのかわからなくなってきて、どこにも辿り着けなくて、そのまま闇に葬ったんですけどね、でも、ちゃんと未来には届いたじゃないですか。まあ、どこにも辿り着いてはないですけど、緯度経度としては変わってないんで。

 いつもね、自分では自分が好きなことをして楽しければいいって思うけど、それでも、それでもどうしても、どうしても、誰かに見てほしいとか、褒めてほしいとか、思ってしまうよね。思ってしまうけど、ほんとはやっぱり、自分が楽しければそれでええんやんか。
 逆によ、自分も楽しくないお話とか、自分もかわいいと思えん絵とか、そんなん、いうたら誰も楽しくないんと一緒やんね。

 以上、今週、創作をサボっていた言い訳でした。

#なんのはなしですか


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