闇の子どもたち 断片8
「ルークだね。それとも、ニコリス?」
アリアの葛藤など吹き飛ばすように、彼は気軽に問いかけた。
「ルークです。ルーク・ジェイ」
ルークの声はまだ幼く澄んでいた。それなのに、この学院のように冷たい色をしている。努めてそうしているように思えた。
それをかき消すように、それまで大人しくしていたシェリーナが声を上げた。
「それって、おはなしに出てくる人の、おなまえよね!」
ええ、とルークはシェリーナの方を少しだけ振り返って答えた。
「借りられる名前が、それしかなかったものですから」
てっきり、また無視をするのかと思っていたアリアは、少し驚いた。ねぇ、ルークは、とシェリーナは、さらに興味津々で続けようとする。そばまで寄って、だめよ、と彼女は声をかけた。
「それは、後にしましょう、シェリーナ。休憩になったら、お話ししたらいいわ」
そう言いながら、ちらりとルークの方をうかがう。その後ろ頭が少し緊張したように見えた。シェリーナはアリアの提案に、大変うれしそうな顔をしている。
そうだね、と教官も笑いを含んだ声で言った。
「みんな揃ったから、はじめようか」
「これで全部?」
つまらなさそうにジャギスが言う。彼の場合、何かを期待していたのではなく、単に反論したいだけなのだ。
「まだ、何人か呼ぶかい?」
教官が、冗談ともいえない声音で言って、机の紙の束をあさり始めたものだから、彼は慌てた声を出した。
「いいよ、もう待ちたくねえよ」
「ジャギスは、いい子にするべきだと思うわ!」
静かに、とアリアはすかさず割って入った。この後の展開は目に見えている。ジャギスがチビのくせに黙れ、などと言って、シェリーナが先輩であることを強調する。だんだん、中身のない言い争いになって……シェリーナが泣けばいいのだが、掴み合いにでもなられたら、困る。
「やあ、アリア。君はみんなのことがよく分かっているね」
喜ぶところかわからなかったので、アリアは小さく肩をすくめた。
「さあ、みんな、僕のことは知ってるね。ティル・スーイだ」
彼は、名前をゆっくりと発音した。これまで聴いていたのとは、どことなく違って聞こえる。まるで、それが一つの魔力を持った言葉であるかのようだった。
「みんなは、そう、中級ということになっているけれど」
言いながら、立ったまま、また机上の紙束をめくる。とりあえず座ればいいのに、とアリアは呆れた。偉いのだから、みんなが立っているからといって立っていなくてもよいのに。
「ああ、そう」
目当てのものが見つかったらしく、頷く。
「すでに、国内なら任務についてもらっても、差し支えないって、ここに書いてある。でもまあ、突然、そんなこと言われても困るだろうし」
「別に、困んねえよ」
今度は、シェリーナが口を開く前に、アリアは彼女の肩をやさしく叩いた。代わりに、教官であるスーイが困った顔をする。
「ジャギス、あなたはとても優秀だから、きっと困らないわ。でもね、どんなことも、手順を踏まなければいけないのは、分かってるでしょう」
スーイが先を続けられないものだから、仕方なく、アリアは口を開いた。ジャギスがここへ来て二年の間に、彼の好奇心と無鉄砲さが巻き起こした事件は数知れない。その度に、やる気を失ったり、教官に反抗したり、逃げ出したりした彼を、なんとか説得したのは、アリアである。
またしても、何か一言付け加えようとするシェリーナの頭を撫でる。気持ちは分かるが、全員、いい子にしていてほしい。
「うん、そう、そうだね」
どうやら、スーイはこの国で三本の指に入るほど有名な魔力の持ち主でも、教える、ということに関しては不慣れなようだ。先ほどから、紙の束をかき回しているのも、どうやら真に必要な情報が紙に書かれているからではなく、落ち着かないだけのようだった。
「これからしばらくは、学内で簡単な調査をしてもらう。知っての通り、ここにはまだ、調べ尽くされていない場所がいくらもあるからね」
そういって、微笑むものだから、シェリーナが身を乗り出した。好奇心と無鉄砲さ、というなら、彼女もジャギスに負けず劣らない。
「リーダーは、半月ごとに持ち回りでやってもらおうかな。基本は、二人一組。だけど、結果をまとめるのも、問題が起きたときどうするか、考えるのも、六人全員でだ」
言われて、場の空気がなんとなく、不満げなものに変わった。ジャギスとシェリーナはさておき、黙って聴いているように見える他の三人が、集団行動に向いているとは思えない。ルークは全て一人で解決したいだろうし、できるだろう。ツルガも似たようなもの。
反対にキエーリは非常に引っ込み思案なせいで、周りにうまく馴染めない。それを言うなら、彼には特殊な能力があるわけでもない。悪いとは思うが、アリアから見ても今回呼ばれていることが不思議なくらいだった。
まあ、分かるよ、とスーイは苦笑いを浮かべる。
「もちろん、みんなそれぞれに優秀だよね。一人でもできるって思うのも分かる。でも、まずひとつ。隠しても仕方がないし、すでに分かっている子もいるだろうけど、ルーク。君は将来、国を動かさなくてはならない」
驚いた子はいなかった。詳細を知っているのはアリアだけかもしれないが、ある程度のことは聞いただろうし、想像できただろう。
ルークがすでに、学院の昇級試験のすべてを通過してしまっていることは、有名だ。アリアがここへ来てから、何度か能力の高い子が連れてこられたのを見たが、彼は破格だった。
「集まってもらった他のみんなは、そんな彼を支えなくてはいけない」
よほど、微妙な顔をしたのだろう。スーイはジャギスとツルガにそれぞれ少し笑って頷いた。
「嫌だ、と思っても、結局はそうなる。反対に、たとえ、ルークに反目したとしても、それぞれ誰かを率いる立場になるだろうし、なんらかの組織の中枢にいることになる」
はたして、子ども相手に話すことかは分からなかったが、スーイは言い切った。
「そのときのために、今からお互いをよく知って、協力できるようにしておくこと。これが、これからみんなにやってもらうことだよ。どんなに力があっても、人にはそれぞれ弱点がある。認めるのは難しいだろうけどね。それを相手に預けることができるか、支え合うことができるか、極端なことを言えば、この国や世界の安定のために重要なことなんだ」
途中からスーイの話はだんだん熱を帯びていたが、小さいシェリーナには、難しすぎるだろう。
彼の考えは分かるし、できればそうあってほしいとアリアも思う。しかし、結局はこの国のために犠牲になるだけだ。自分より幼い子たちにそれを担わせるのは、気が進まない。
「結局はそうなる」としても。
それで、まずは、とスーイはまた紙束に手を伸ばす。今度は真剣に探しているようで、机の端から一冊の古い本と、そばにあった紙片が落ちた。
アリアはすかさず机へ寄って拾う。ちらりと見えた文字は、これまで習ってきたどの魔文字とも違っていた。
おはなしは
すべて
行き当たりばったりです
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