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やさしさとは何か

Uさんが企画され、
Lisaさんから渡された
やさしさの「わ」


どうしたものかと悩んで、
気がつけば3月も終わるところです。




 と、書いたまま、すでにもう一年が経とうとしています。
 放置していてUさん、Lisaさん、本当に申し訳ありません。だけどね、ぱちこはめちゃくちゃ悩んだの、このとき。それについて、書いておこうと思います。

 結論から言えば、「わ」は繋げませんでした。

 Lisaさんはぱちこに渡してくださいましたが、ぱちこは優しさのかけらもない人間です。そう見えるとしたら、人間への擬態がうまくいっているだけのことでしょう。
 優しさ、を人々が取り上げるとき、相手への思いやりや、懐の広さ、心の温かさ、のようなものを言うのでしょうか。ぱちこにはその感覚はよく分かりません。なぜなら、ぱちこは周りの世界への興味がほとんどないから。他人に興味を持つことが稀です。
 人の書いた文章や絵には興味がありますし、その人がどう生きているか、何を考えているのかを分析することにも興味があります。ただし、その人そのものに、人々が思っているような興味を示せないのです。そこのところは、本当に申し訳なく思います。しかし、残念ながら、そういう脳みそに生まれてしまったので、致し方ありません。他人から見れば、大いなる欠陥でしょう。
 ほら、分かるでしょう。こういう人を人々がなんと言うか。冷血漢です。あいつには血も涙もないのか、と言われる、サイボーグ人間です。間違ってはいません。ぱちこの頭の半分以上は精密なコンピュータとして機能していると言って間違いありません。
 それならば、なぜ、ぱちこは絵を描くのか。
 いいえ、だからこそ、AIにも心は持てるだろうと結論づけられるのです。なぜなら、ぱちこにも心はないが、あるように振る舞うことは可能だから、です。ただし、ボロが出ますし、非常に難しく脳のエネルギーを大量に消費します。人々の感情を加味した状況判断と未来予測は、単にボールが転がる速度と向きを予測するのとは訳が違うからです。

 話が恐ろしく逸れたように思われるでしょう。
 そうではないのです。それでも、ぱちこが思う優しい人は、います。勝手に書くことをお許しください。ぱちこは、当時、ほとんど接点のなかった彼女に、DMで突撃しました。でもね、本当に優しい人は、こう言ったんです。まだよく知らない主催者の方をフォローするのが必須なので、参加は辞退します、と。

 そこで、ぱちこは全く自分が間違っていたと気が付いたんです。ぱちこは、自分のことしか考えていなかった。そんなの、優しさとは言わないでしょう。だからといって、そんなのは間違っています、という勇気もなかった。なかったから、ぐずぐず悩んでいるうちに、記事はいつ頃になりますか、と聞かれてしまった。
 期限はない、と聞いていたぱちこは、驚愕しました。ちなみに、コンピュータに言葉の裏を読んだり、表示されていないルールを察する機能はついていません。それは、ヒトという生き物が社会を形成するにあたって、独自に進化させた機能の一つです。ぱちこが欠落させている能力でもあります。期限がないのなら、ぱちこの気が向いたとき、また誰か、ぱちこがこの人こそは、と思う相手と出会ったとき、その時までこの件は凍結です。
 しかし、そうではないという。
 ぱちこには、この理屈が分かりませんでした。本当に優しさがあるのなら、急かさないでくれよ、というのが本音です。
 そして、優しさとは何か、について、ぱちこは延々と悩むことになったのです。

 ああ、分かります。今、これを読んだみなさま、誰もが、こうお思いでしょう。そんなに堅苦しく考えなくても〜。
 でもね、堅苦しく考えるか、柔軟に考えるかも、その人の自由です。ぱちこはいつだって、自由に解き放たれていたい。

 しかもね、お前が受けたんだろうがよ?っても思うでしょう。そうなんです。でもね、大好きなお友達から、企画を渡されたら、喜んで飛びついちゃう、それがぱちこなんです。深くは考えないから。全て、脊髄反射で生きてるから。

 みんなが仲良し、優しい世界、を人々が言うとき、結局、そのみんなにぱちこは含まれていません。みんなとは一緒ではないから。それは、子どものときからずっと感じてきたことで、いつでも、みんなのわの中から、一歩離れて世界を見ていました。それが自分にとっては正しいことで、自分が異質なことは間違いなく、別にそこに加えていただきたいとは思いません。
 少々、風向きは変わってきましたが、一時期は異常なまでに少数派に市民権を与えようとする傾向が強まっていました。しかし、実際のところ、これだけ大人数の社会として存在していくためには、多数派が社会を動かす必要があるのは、確かです。底辺にいるものを掬うことは確かに必要ですが、すべての人が声を上げて、それをすべて反映することは、この大きな社会では無理です。そんなことはない、という人は多いでしょうが、事実は事実、何十億もの人の一人ひとりの意見を聞いていたら、それこそ、最初の一人は餓死します。
 所詮、この世は弱肉強食、自らの遺伝子を後世に残すことだけを考えて生きることこそが、最も正しいのです。そのために、周りの誰をも蹴落とす人間こそが、本来の生き物の姿です。
 ただ、それでも社会を形成することは難しい。なぜなら、現代の人類は社会がなければ生きられなくなってしまったからです。それは、インフラの問題ではありません。彼らが、最も必要としているのは、心のつながりです。

 人々が口にする「やさしさ」とは、その中庸を繋いでいる非常に脆く、曖昧なもののことです。時に人々は他人の「やさしさ」を求め、あたかも自らの戦利品のように振る舞います。反対に、他人に「やさしさ」を与えることで自らを満たすこともあります。
 きっと、「やさしさ」とは心のつながりが目に見えないばかりに、不安になった誰かが生み出した、幻想なのに違いありません。その言葉があれば、あたかも、自分は他者と結びついているように思える。社会の中に居場所があって、ここにいてよいのだと思える。
 今回のことを通して、ぱちこにはそんなふうに見えました。

 こんなことを言うから、ぱちこは社会には溶け込めないし、みんなから冷たい目で見られるんだっていうことは分かっています。分かっていながら書いているのは、ぱちこの側の考えだって、本当は人々は知るべきなのです。それを排除して、あなたは自分が「やさしさ」を持ち合わせていると言えるでしょうか?
 なんていうのも、意地が悪いのも分かっています。
 ぱちこだって、ずっと悩んでいるんです。人の気持ちがわからないんですよ?感じられないんです。分析はできます。でも、分析するのと、わかるのとは違うんでしょう?それなのに、どうやってぱちこは、お話を書いたらいいんですか?お話の紛い物なら書けます。絵だってそうです。表情を描くことができないんです。見てください。ぱちこの絵は、どこかいつだってうつろです。かわいいふうに見えて、いつだって、うつろなんです。

 以上、サイボーグぱちこの心の叫びでした。
 え?そんな話だっけ?
 いいの、こうするから。


#なんのはなしですか


 Uさん、Lisaさん、このような次第でして、申し訳ありませんでした!

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