AIは創作意欲を満たしてはくれない
AIによって、我々の仕事が奪われるのではないかとされている。
ぱちこは、仕事はしたくないので、奪っていただいて構わない。ただ、三割ほどAIを作る側に踏み込んでいるので、仕事は無くならないかもしれない。
中でも、ぱちこの近辺でよく聞くのが、もう作家も画家も作曲家も必要ない、というものだ。創作活動に勤しんでいる人に、それを言い放って満足している人、AIがあるから誰でもできるようになるから価値が下がるという人、それを聞いて、狼狽える人。AIになんでもできるようになんかならない!という人。
その上で、自分の作品がAIに学習されることに、拒否反応を示す人も多かった。
ただ、ぱちこが思うに、その説はスタート地点ですでに間違っている。
いや、そう思うのは、ぱちこだけなのか?
まず、AIは、想定以上に発達する。もっと自然に生成してくるだろうし、なんなら、生身の人間にもなれる。ロボットではなく、思考と血肉を持った人間だ。感情は無いと思われているが、感情を得ることも難しくない。あれは、話がややこしくなるから、付加されてないだけだ。
ということを前提にしたとしても、AIさんは、ぱちこにはなり得ない。
なぜなら、ぱちこという人間をそっくりコピーできたとして、その未来は、現在のぱちこという人間が選択するはずだったものとは、微妙にずれるからだ。理由は長くなるので割愛する。
仮に、未来への選択まで全て同じだった場合、それは、ぱちこであるわけだから、外界としては問題がないだろう。
それ以前に、ぱちこは一瞬前のぱちこと地続きであるかもあやしいのだが、その辺は話が長くなるから今回は除外する
そうなったとしても、なお、どうしようもない問題がある。
今ここにいるぱちこの欲望だ。
正直なところ、AIがぱちこの何かを勝手に学習して使おうが、なんなら、人間がぱちこの何かを勝手に流用しようが、興味がない。
作家も画家も作曲家も必要ない、と言う人は、きっと自分が創作しない人なのだろう。コードは全部、AIに書いてもらえばいい、と言うのも、プログラミングに興味がない人なのだろう。
今後、数多のAIが全ての創作や創造を肩代わりしたとしても、絶対に変わらないことがある。それは、ぱちこが、お話を書きたくて、絵を描きたくて、(あ、作曲はせんかった)、自分でプログラムを組み立てて何かを作りたいのだ。なんなら、やり方すら知りたくない。
ぱちこの中にある、想像と創造と好奇心を、AIさんが奪うことができようか?
人はこうも言う。
AIが作ったものの方が人気が出たら、意味なくない?
なくない。
ぱちこは、誰かに認められたくて何かを作ってるんじゃない。作らずにはいられないだけだ。作らねばならぬという、謎の焦燥に駆られているだけだ。
とはいえ、勝手にやってりゃいいじゃん?と言われればそれまでなのだが……AIは、所詮、道具である。それを使うか使わないかも、どう使うかも、個人の勝手である。あるのだが……創作が全て死ぬかのように誤解されているのは、どうしても解せなかった、というだけだ。
ちなみに、ぱちこは、
自分用のAIを1から作りたい派で、
ぱちこが書くのとは別に、
お話をあれこれ作ってくれるAIがあったら
楽しいのに?
と思っています
まだやってない
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