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くもみさきまちから、みなさんへ

 普段、占いを毎日せっせと書いてくださる、占い師のJessicaさんから、はるばるおたよりをいただきました。


#なんのはなしですか


 Jessicaさんは、雲岬町にあるcortahoというお店で占い師をなさっています。cortahoは、カフェバーと聞いているのですが、まだ行ったことがないので、あまりよく分かりません。細長いビルの2階か、3階で、占いは上の階でやっていたような気がします。
 1階が、こるたほ、というおかしやさんだったことだけはしっかり覚えています。確か、郊外にあるおかめカフェに、生菓子を提供していました。
 どうも、cortahoは、バーの要素が強いようで、こるたほのかわいいお菓子はあまりウケないみたいです。

 あ、お菓子の話じゃありませんでしたね。
 それでは、Jessicaさんからのおたよりをどうぞ。





 地球のみなさんこんにちは。Jessicaです。
 いつも、占いを読んでくださって、ありがとうございます。
 わたしは、みなさんが暮らしているところから、ずっと遠くの世界にある、雲岬町というところで、占い師をしています。
 ぱちこさんから聞いた話では、ここに暮らす人々も、みなさんと、だいたい同じような毎日を過ごしています。ごはんを食べて、ねむる。それがここでも基本です。その中で、いろいろなことに悩んだり、喜んだりして暮らしています。

 わたしの世界で占いは、まだ見ぬ未来を知るためではなく、過去を紐解くためにも用いられることがあります。それは、いつも占いの中でもお伝えしているように、全てはめぐるものだからです。
 めぐる、とは過去と現在だけではありません。生きることと死ぬこともそうですし、力を得るもの失うものの関係でもあります。そして、運気の良し悪しでもあるのです。

 生きていれば、というよりも、どんな形であれ存在する限り、良いときもあれば、悪いときもあるものです。たくさんの方々のお話を聞いていると、気がつくのですが、その方の受け取り方次第で、その後に起こることが大きく変わることがあります。

 わたしの知っている方に、とても運のいい誰が見てもうらやましいほどの人がいます。きっと生まれつき特別な星のもとに生まれたのだろうと、思いませんか。しかし、この方は誰もと同じ平凡な運の持ち主です。平凡な、というのは、良いこともあるが、悪いことも起きるということです。
 わたしがこの方と知り合ったとき、彼の運気は絶不調でした。しかし、彼は朗らかに笑って、わたしの占いを笑い飛ばしました。占いを信じていないわけではないのです。たとえそうだとしても、大丈夫だ、とそう言いました。
 そして、彼は、苦も無くその難関を乗り越えました。実際の彼を見れば、この表現も間違っていることがわかります。本当のところ、彼は「楽しんで」いただけです。どんな難関も、苦とは思わない。悲しいことは大袈裟に思うほど悲しみますし、失敗するとこれでもかというほどに悔しがります。それでも、そこにとらわれ続けることがないのです。

 彼と同じ状況で、ひどく落ち込んでしまう方もいます。それが普通だと思いますし、ときに、気持ちを落とすことも「めぐる」という意味でいえば、必要なことでもあります。
 よくないのは、誰かのせいにしたり、うまくいっている人を妬むことです。同じように負のエネルギーにも「めぐる」ものがあります。正と負をめぐるならばよいのですが、負の側に引きずり込まれてしまえば、そこから戻ってくることは難しくなります。


 少し、難しい話になってしまいました。わたしの悪いくせです。

 ぱちこさんから、星のお話をしてください、と頼まれました。わたしは、占い師ではありますが、天文そのものも大好きです。古来、占い師は「ほしよみ」とも呼ばれました。星のめぐるのを見て、過去と未来を見定めるのは、大切なお役目でした。
 これをお読みのみなさんの中には、占いを信じないという方もいらっしゃるでしょう。空の星を見て一体何が分かるのかと思う方もいるかもしれません。よく言われるのが、空の星の位置が人生や社会に影響するわけがない、ということです。
 しかし、わたしはそうは思いません。占い師だからそう考えるのかもしれませんが、世界はどこかで全て繋がっていると感じています。あなたが今、ここに存在していて、わたしの書いたものを読んでいることは、必然にせよ偶然にせよ、単独で起こる事象ではありません。少なくとも、わたしと、あなたと、そしてぱちこさんがいなくては、成り立ちません。
 それはつまるところ、この星があって、それを照らす星があって、この空の向こうに広がる大きな世界がなければ、起こり得ないことです。わたしを含めると少々、混み合った話になってしまいますが。
 みなさんの暮らしている星は、恒星の周りをまわる惑星だと聞いています。惑星が逸れずに恒星の周りをまわるには、それなりの力が必要です。自分を中心に、紐のついたボールをぐるぐる回してみれば分かると思います。大きな星になればその力がどれほどのものか、想像してみてください。
 遠くに行けば行くほど、逸れずにいるのは難しくなります。先ほどの紐を長くすればするほど、同じ軌道を保つのは上手に力を入れないと失敗してしまいますよね。つまり、中心にある恒星との間に、それぞれ大きな力が働いているというわけです。
 いくら広い空間とはいえ、その力の影響を全く受けないということは、考えにくいと思いませんか。少なくとも、恒星がどちら側にあるか、たったそれだけで、朝と夜という大きな違いが起きるのです。

 わたしが使っている占いのカードは、わたしの住んでいる世界の星々と、古くから伝わる守り神やそのおつかいをあらわしたものです。
 みなさんの世界と同じように、わたしの住む星も、恒星の周りを回る惑星です。わかりやすいように「太陽」と訳していますが、実際には「シン」と呼びます。ぱちこさんには、中心の「シン」かはたまた真実の「シン」かと聞かれましたが、そもそも言葉が少し違いますから、それは偶然でしょう。とはいえ、実際の語源がどこにあるかはよく分かっていません。
 そのほかの星は、中心から「知」「命(生)」「光」「石」「地」「風」「無(死)」「火」「富」「時」「水」「闇」「魂」の順で回っています。
 わたしが住んでいるのは、「光の星」です。外から見ると、とても光って見えるそうなのですが、わたし自身は外へ出たことがないのでわかりません。
 もともと、わたしたちは「地の星」に住んでいたそうです。そこから、「光の星」と「風の星」に移住していきました。二つの星とは長く交流があったのですが、少し前に更新が途絶えてしまって以来、今はどうしているのか分かりません。遠く、星が巡っていることは確かなのですが。少し前、といっても、わたしが生まれる前のことで、そのためにわたしもこの星から出たことはないのです。


光の星

 この「光の星」には、衛星が三つあります。みなさんのいうところの「月」ですね。わたしたちは、それぞれ「海の月」「闇の月」「時の月」と呼んでいます。
 この世界にも、お月見があるんですよ。同じように、秋に行います。なにしろ、三つありますから、長い期間、楽しむことができるんです。一番軌道の短い月では、年によって二回お月見が巡ってくることもあるんですよ。お団子が食べ放題で、ぱちこさんが喜びそうです。

 三つの月は、それぞれに役割を持っています。

海の月

 みなさんの世界でいう「月」に当たるのは「海の月」です。このひとめぐりが、ちょうど「一ヶ月」にあたります。ここでは「一ヶ月」は22日ほどです。少しずれていく分は、同じように「閏」が設けられます。一年は、八ヶ月なので、みなさんから見ると、すごくはやく時間がすぎるように思えるかもしれませんね。
 実際には、こちらでの二年半か三年くらいが、みなさんの一年くらいだったように記憶しています。詳しい計算は難しいのでうっかり忘れてしまいます。ぱちこさんに連絡してみたら、全くずれていることも少なくありません。

 月について、おかめカフェのゆずこさんが、ほたるこ通信でわかりやすくまとめてくださっていました。許可を得て引用させていただきます。

 旧暦の暦の元になっている、月ですね
 満月で、最も高いところにあるときには、白いのですが、時間帯や、季節によって、青く輝くことがあります

 南の島の浅瀬に見られるような、エメラルドグリーンになることも、遠洋の深く冷たい海を思わせる、濃い青になることもあります
 まるで、月の中に、さまざまな海が見えるようだ、とのことから、名付けられた、という説が有力でした

 ちなみに、外国語の中にも、いくつか、同じ表現のものがありました

 実は、この「海の月」が、最もわたしたちに影響を与えているのだそう
 海の満ち干や、生き物たちの活動にも大きく関わっています
 そんなところからも、「海の月」と名付けられた、という説もありました

ほたるこ通信より「海の月」


時の月

 「時の月」は、「海の月」よりもゆっくり回っています。大きいのですが、とても光が薄く、満月でもあまりよく見えません。
 その代わり、この月の周りを回るさらに小さな衛星が輝いています。これは、「真星(まなぼし)」もしくは「蛍星」と呼ばれる星で、5日の間に満ち欠けがあります。
 この満ち欠けもまた、古くから占いや暦に使われてきました。みなさんの世界でいうところの「週」として今も使っている地域が多いようですね。

 ゆずこさんによると、由来に諸説あるようですが、わたしが知っているのは、この真星の動きから、「時を刻む月」すなわち「時の月」となったようです。海の月は、もっと長い期間を示します。細かな期間を表すものという意味で「時を刻むもの」とされたようです。

 実は・・・全くわかりませんでした
 調べると、いろいろ出てはくるのですが、諸説がありすぎて、どう、まとめたらよいのかわかりませんでした
 どなたか、知ってる方がいらっしゃったら、是非とも、教えてください

 この、「時の月」の周りを、さらに小さな星がめぐっています
 この小さな星は、「真星」とか「蛍星」とか呼ばれています
 地域にもよるようなのですが、「真星」と呼ぶ地域では、「時の月」ではなく、「真星」が、メインに据えられているようです
 「時の月」が、とても淡く、優しい光をしているのに対して、「真星」は、明るく、力強く輝くから、だそう
 「蛍星」というのは、この星の自転が早いため、月でいう、満月がたった五日で訪れることが理由のようです
 ここ、雲岬では、もちろん、「蛍星」として愛されています

ほたるこ通信より「時の月」


闇の月

 最後の「闇の月」はもっと暗く見えます。
 占いでは「冷たさ」を担っている通り、どこか少し、不安を感じる色をしています。

 わたしは、三つの月の中で、この闇の月が一番好きです。そう言うと、変わった人だと思われがちなのですが、闇の中にひっそりと在るところに価値を感じます。
 闇の中にも、希望はあります。この暗い空にさらに暗く、にもかかわらず鈍く光る月は、その象徴のように思えます。

 三つの中で、一番、小さい月です
 そして、光がとても弱く、暗い色をしています
 満月であっても、暗い夜空を真剣に探さないと、見えないほど

 かつては、この「闇の月」は、「海の月」の影だと思われていました
 地上の、悪いものを吸い寄せる、とも、悪いものを引き寄せ、人を惑わせる、ともされてきました
 「影の月」と呼ばれたこともありましたが、ここ、1980年代の終わりに、「闇の月」が定着したようです

ほたるこ通信より「闇の月」




 随分と長くなってしまいました。
 少しでも、わたしたちの世界のことが伝わっているとよいのですが、どうも余計な話ばかりしてしまった気がしています。ぱちこさんの意図するところとも違ったかもしれません。

 最後に、どんな形であれ、どんな存在であれ、「在る」ということはしばしば苦痛を伴います。ときに、自分一人では越えられない難関に差し掛かることもあるでしょう。
 あなたを助けてくれる「者」は必ずそばにあります。
 それでも、どうしても縋り付くものがなくなってしまったら、わたしのことを思い出してください。遠く離れたどこかの星で、あなたの力になれる日を待っています。

Jessica





 何を信じるかは、あなた次第です。

ぱちこ☆

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