雨雲の中を飛ぶ人へ
怖がりながら、自分で選ぶということ
雨粒が、薄い翼の表面を細かく打っている。
窓の外には、白く濁った雲しか見えない。
上下左右の感覚も、空がどこまで続いているのかも分からない。
機体が風を受けるたびに、操縦桿を握る手へ小さな振動が伝わってくる。
グライダーには、空を押し進むためのエンジンがない。
鳥のように翼を羽ばたかせることもできない。
ひとたび空へ放たれれば、その先で頼れるのは風と、自分の判断だけだ。
気流を読み違えれば高度を失う。
恐怖に負けて手を離せば、機体は行き先を失う。
晴れ間は見えない。
この雲がどこまで続いているのかも分からない。
それでも、飛び続けている。
BUMP OF CHICKENの『beautiful glider』を聴いていると、僕の中にはいつも、そんな一機のグライダーが浮かぶ。
空を自由に駆ける姿ではない。
冷たい雲の中で何度も揺らされながら、自分で選んだ方向へ機首を向け続ける姿だ。
この曲に描かれているのは、特別に強い人ではないのだと思う。
自分を信じきれないまま、それでも自分の人生を誰かに預けることはできなかった人。
そんな人の孤独と覚悟が、この曲には静かに息づいている。
羽根がなかったから、空へ向かった
曲の冒頭に、こんな言葉がある。
羽根の無い生き物が飛べたのは羽根が無かったから
普通に考えれば、矛盾している。
飛ぶために必要なものを持っていなかったのに、その欠落こそが飛べた理由だという。
けれど、人間が空を飛ぶようになった歴史を思えば、この言葉は決して不思議ではない。
僕たちには、鳥の羽根がなかった。
だから空を見上げた。
鳥が風に乗る様子を眺め、どうすれば自分たちもあの場所へ行けるのかを考えた。
何度も失敗し、地面に落ち、それでも諦めずに翼を作った。
初めから羽根を持っていたなら、人間は飛ぶ方法を発明しなかったかもしれない。
持っていないという事実が、遠くにあるものへ手を伸ばす理由になった。
人は、自分に欠けているものを見つけると、それを弱さだと思ってしまう。
もっと器用なら。
もっと頭が良ければ。
人の目を気にしない性格なら。
もう少し強い心があれば。
そうやって、持っていないものを数えながら、自分が前へ進めない理由を作る。
けれど、欠けているものがあるからこそ、見つけられる道もある。
簡単には人を信じられないから、言葉の奥まで考えるようになった人がいる。
傷つきやすいから、誰かの痛みに早く気づける人がいる。
うまく伝えられないから、何度も言葉を選び直し、やがて自分だけの表現を見つける人もいる。
初めから持っていなかったものを、後になって手に入れるとは限らない。
それでも人は、足りないまま生きていく方法を覚える。
グライダーは羽ばたけない。
その代わり、風の流れを読む。
力任せに上昇できないから、わずかな上昇気流を見逃さず、自分の翼をそこへ預ける。
持っていないものを嘆くより、今あるものでどう飛ぶかを考える。
その姿が、この曲の最初から示されている。
誰の言葉も届かなくなるまで、悩んだ人
グライダーは、ゆっくりと高度を上げていく。
その姿を地上から見ている人には、空がどれほど冷たいのか分からない。
機体がどれほど揺れているのかも、操縦する人の手がどれほど強く握られているのかも見えない。
遠くから眺めれば、ただ静かに飛んでいるように見える。
だから人は、簡単に言葉を投げかけられる。
もっと右へ行った方がいい。
そこは危ない。
今なら戻れる。
けれど、相手はすでに長い時間をかけて悩んでいる。
もう答え出ているんでしょう
どんな異論もあなたには届かない
この言葉だけを見れば、周囲の声に耳を貸さない頑固さにも聞こえる。
けれど、そのあとには、
もう誰の言う事でも予想つくぐらい
長い間悩んだんだもんね
と続く。
届かないのは、初めから耳を閉ざしていたからではない。
誰かに言われるよりも前に、その人自身が何度も自分へ問いかけてきたからだ。
それで本当にいいのか。
誰かを傷つけないか。
後悔しないか。
黙っていた方が、穏やかに生きられるのではないか。
眠れない夜の部屋で、答えの出ない問いを何度も繰り返す。
天井を見つめたまま朝を迎え、昼になれば何事もなかったような顔をして過ごす。
周囲から向けられる反対意見も、心配も、批判も、その人の中ではすでに一度は鳴っている。
それでも最後に残った答えがある。
だから、もう他人の言葉では動かない。
これは「自分だけが正しい」という傲慢さとは違う。
間違っている可能性まで引き受けたうえで、自分で決めるということだ。
自分の選択を誰かのせいにしないために、最後の判断だけは自分で下す。
それが、この曲に描かれている強さなのだと思う。
間違いも、迷いも、選ばなかった人生も抱えて
人生では、正解を確認してから選べることの方が少ない。
道の先が見えないまま、どちらへ進むか決めなければならない。
選んだあとになって、別の方が良かったのかもしれないと思うこともある。
あの日に戻れたなら、違う言葉を伝えたいと願うこともある。
けれど、時間は巻き戻らない。
曲の中のグライダーも、
いっぱい間違えて迷って
でも全て選んでいくしかなかった
と歌われている。
「正しい道を選んできた」とは言っていない。
間違えて、迷って、それでもその瞬間ごとに選ぶしかなかった。
僕たちは時々、過去の自分に対して残酷になる。
今の自分が知っていることを、当時の自分も知っていたはずだと思ってしまう。
けれど、その頃の自分は、その時点で持っていたものだけを使って選ぶしかなかった。
今より未熟で、視野も狭く、感情に振り回されていたとしても、その瞬間の自分なりに必死だった。
選択を誤った経験まで否定してしまえば、そこから学んだ今の自分も否定することになる。
飛行中のグライダーは、過ぎた風へ戻ることができない。
さっきの気流を読み違えたとしても、今吹いている風の中で機体を立て直すしかない。
大切なのは、過去の操縦を責め続けることより、今の手を操縦桿から離さないことなのだろう。
失ったものは、空から消えない
この曲の中で、特に美しいと思う場面がある。
諦めたものや無くしたものが
鳥になってついて来る
諦めた夢も、失った人も、選ばなかった未来も、どこかへ消えてしまうわけではない。
鳥の姿になり、今を生きる自分のそばを飛んでいる。
しかも、その鳥たちは、
やかましく鳴き喚いたりもせず
必死に寄り添ってる
という。
彼らは過去から追いかけてきて、こちらを責める存在ではない。
「どうして諦めた」と鳴き続けるわけでも、「あの時に戻れ」と翼を引っ張るわけでもない。
ただ必死に寄り添っている。
その姿を思い浮かべると、雲の中を飛ぶ一機のグライダーの周りに、何羽もの鳥が並んでいる景色が見える。
遠い日に置いてきた夢。
もう会えなくなった人。
守れなかった約束。
選ばなかった道の先にいたかもしれない自分。
どれも、無かったことにはならない。
今の自分が飛んでいる空まで、ちゃんとついてきている。
失ったものがあるからこそ、今そばにいるものを大切にできることがある。
言えなかった言葉があるから、今度は間に合ううちに伝えようと思える。
過去は、自分を後ろへ引き戻す重りにしかならないと思うことがある。
けれど、この曲の中で過去は翼を持っている。
それはもう、抱えて運ばなければならない荷物ではない。
同じ空を飛びながら、今の自分を見守る存在へと姿を変えている。
過去を乗り越えなくてもいい。
忘れなくてもいい。
ともに飛べる形へ変わるまで、時間をかければいい。
そう言われているような気がする。
背中を押さない優しさ
誰かが大きな決断を前にしているとき、僕たちは「背中を押してあげたい」と思う。
迷っている人に勇気を与え、前へ進ませることが優しさだと考える。
けれど、この曲は、そんな分かりやすい励ましを置かない。
怖くても誰も背中押さないよ
押す方も怖いから
背中を押された人が、その先で傷つくかもしれない。
選択を悔やむ日が来るかもしれない。
取り返せないものを失うかもしれない。
誰かの人生へ本気で向き合うほど、「大丈夫」「絶対うまくいく」とは言えなくなる。
未来を保証できないことを知っているからだ。
押さないことは、見捨てることとは違う。
その人の人生は、その人の判断で動かすべきものだ。
最後の一歩は、本人が自分の意思で踏み出さなければならない。
怖くて足が震えても。
誰も正解を教えてくれなくても。
そうして自分で飛び出した人に、曲はこう続ける。
それくらいあなたは勇敢な人
勇敢な人というと、恐怖を知らず、迷いなく前へ進む姿を想像する。
でも、ここで歌われている人はずっと怖がっている。
誰にも背中を押されないまま、自分で決めた。
それを勇敢と呼んでいる。
恐怖が消えたから飛べたのではない。
恐怖を抱えたまま、飛び立った。
飛び出した瞬間も、きっと晴れやかな顔ではなかっただろう。
唇を噛み、震える手で操縦桿を握り、振り返りたい気持ちを抱えたまま、それでも機体を前へ向けた。
その姿を知っているから、この言葉には温かさがある。
飛び出したあとにも苦しさはついてくる
決断するまでが苦しいと思っていたのに、実際には飛び出してからの方が長い。
選択を終えたところで、不安が消えるわけではない。
曲の中には、
まだ泣けないまま飛び出してからずっと
という言葉がある。
ここで「泣かない」ではなく、「泣けない」と歌われていることが胸に残る。
強いから涙を流さないのではない。
泣く余裕がない。
ひとたび飛び出せば、目の前の風へ対処し続けなければならない。
機体が傾けば戻し、高度が落ちれば風を探す。
怖かったことも、傷ついたことも、すべてを一度脇へ置いて進むしかない。
本当に苦しい最中には、涙さえ出ないことがある。
事が済み、緊張がほどけて、ようやく手が震えていたことに気づく。
一人になった部屋で、何気ない言葉や音楽に触れた瞬間、押さえ込んでいた感情が急に溢れる。
飛び続けるために置き去りにした心が、少し遅れて追いついてくる。
この一節は、勇敢な人の内側にある疲れまで見つめている。
飛び立った姿だけを褒めるのではなく、そのあとも泣けないまま耐えてきた時間を知っている。
だから、ただの励ましではないと感じる。
誰にも見えない場所で踏ん張っていたことを、ちゃんと見つけてくれる。そんな一曲だ。
自分を守るものさえ、うまく機能しない
空を飛んでいれば、機体は何度も風に煽られる。
ぶつかってぐらついて
パラシュート引っ張って
絡まっていたりしないか
パラシュートは、本来なら落下から身を守るものだ。
けれど、必死に引いたそれさえ絡まってしまう。
助かるために取った行動が、かえって自分を苦しめることがある。
自分を守るために距離を取ったのに、孤独が深くなる。
傷つかないように黙っていたら、大切な人へ思いが伝わらなくなる。
苦しさから逃れるために選んだ方法が、新しい苦しさを生む。
人生は、危険と安全がきれいに分かれていない。
正しいと思った判断が裏目に出ることもあるし、自分を守るはずのものに絡め取られることもある。
それでもグライダーは、途中で降りることができない。
でも全て抱いていく
墜ちられないグライダー
恐怖を捨てて進むのではない。
間違いも、傷も、絡まったパラシュートも抱えたまま飛ぶ。
何も解決していない。
不安が消えたわけでもない。
それでも墜ちられない。
ここでの「墜ちられない」には、前向きな意志だけではなく、切実さも含まれているように感じる。
守りたいもの、自分で選んだもの。
今ここで手を離せば、それまで抱えてきたものまで空へ散ってしまう。
だから、飛ぶ。
格好よくなくても、余裕がなくても、飛び続ける。
そんな切実な思いだ。
疑った手で、それでも掴む
曲の終盤にあるこの言葉は、聴くたびに長く耳に残る。
疑った手で掴んで
大切に信じるしかなかったグライダー
「信じた手」ではない。
「疑った手」だ。
誰かの言葉を疑った。
自分の判断も疑った。
これまで信じてきたものが本当に正しかったのか、何度も考え直した。
疑いが晴れ、完全に納得できたから掴んだわけでもない。
最後まで迷いは残っていたのだと思う。
それでも、掴んだ。
人は、疑わずに信じられるものだけを大切にしているわけではない。
何度も腹を立て、それでも離れられなかった人がいる。
傷つけられた記憶がありながら、なお信じたいと思うものがある。
自分には向いていないのかもしれないと悩みながら、続けてきた道もある。
迷いのない信頼は美しい。
けれど、疑い抜いたあとに残る信頼には、その人が過ごした時間が刻まれている。
簡単に手に入らなかったからこそ、大切に掴む。
信じるしかなかった、という言い方には、少し危うさがある。
確かな証拠も、未来の保証もない。
それでも、自分が選んだものを信じなければ飛び続けられない。
だから信じる。
自分の選択を絶対に正しいと思い込むのではなく、間違っているかもしれないという恐れを残したまま、大切に扱う。
僕が「自分の物差しを持つ」という言葉から感じているのも、こういうことなのかもしれない。
誰の意見も聞かず、自分だけを正しいとすることではない。
見たものを疑い、聞いた言葉を考え、そのうえで自分なりの答えを選ぶ。
そして、自分で選んだ以上は、その結果から逃げない。
判断基準を自分の内側に持つことは、楽になるためだけのものではない。
むしろ責任は重くなる。
誰のせいにもできなくなるからだ。
それでも、自分に胸を張って生きるためには、その重さを引き受けるしかないのだと思う。
夜明け前の空で
夜明け前の空は、まだ暗い。
東の端にごく薄い青がにじんでいたとしても、雲の中からは見えないだろう。
飛んでいる人には、朝が近づいていることすら分からない。
『beautiful glider』は、すべてが報われた場所まで連れていってくれる曲ではない。
雨雲を抜けて、朝日に照らされた機体が悠々と飛ぶ結末も描かれない。
最後まで、グライダーは飛んでいる途中だ。
だからこそ、この曲は信じられる。
現実では、勇気を出した直後に報われるとは限らない。
自分に胸を張れる選択をしても、理解されないことがある。
大切な人を思って声を上げても、本当にその人のためになったのかと悩む夜が来る。
正しいと思った行動で、誰かを傷つけることもある。
それでも、選んだあとに考え続けることはできる。
伝え方を改めることも、間違いを認めることもできる。
信念を持つことと、自分を疑わないことは違う。
むしろ、自分を疑い続けながら、それでも捨てられなかったものに、その人の信念が現れる。
僕は「今」を大切にして生きたいと思っている。
未来のためという理由で、今そばにいる人を見捨てたくない。
いつか多くの人に届くことより、今日、目の前にいる一人へ手を伸ばすことを選びたい。
その選択がいつも正しいとは限らない。
感情が先に立ち、余計な言葉まで投げてしまうかもしれない。
後になって、別の方法があったと気づくこともあるだろう。
それでも、何も見なかったことにして得た未来に、僕は胸を張れないと思う。
今日という時間は、明日の準備だけのためにあるのではない。
過去のすべてが今へ続いているように、未来もまた、今ここで選んだことから始まっていく。
だから、自分の目で見て、自分の頭で考えたい。
怖くても、誰かの判断へ自分の人生を預けたくない。
間違えたなら、その間違いまで抱えて次の風を探す。
疑い抜いた手には、それでも離したくなかったものが残っている。
雨雲の中で、夜明けは見えない。
空の向こうに何があるのかは、まだ分からない。
それでも僕は、今日の風を自分で選びたい。
疑った手で掴んだものを、大切に信じながら。
今回のアイキャッチも、こゆきちさんのプロンプトを使用させていただきました。
