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【連載小説】リコとサト 第4話

サトとミワ
7時。
いつものように目覚ましが鳴る。
あー眠い。
自室のふすまを開けると焼き魚の良い香り。
「ミワさん、おはよー。」
「サトちゃん、おはよう。」
私とミワさんのいつもの朝の会話だ。
ミワさんが席に着いたところで、
「いただきます」
2人で手を合わせてから朝食を食べ始める。
「あ、そうだ、ミワさん聞いてよ!昨日翔ちゃんがね、ミワさんと私、本当の親子みたいですねって言うの。なんかむかついちゃってさ、本当の親子ですって言ったの。」
ミワさんは、私をじっと見て
「そうね、本当の親子なら良かったのにって思うわ。」
と寂しそうに言った。
え?
本当の親子なら良かった?
「ミワさん、何言ってるの?私とミワさんは親子だよ。」
ミワさんは少し笑いながら、
「サトちゃんがそう言ってくれるのは本当にうれしいけどね。ご両親の事、今も思い出せないの?」
ご両親??
「…え?ミワさんは私のお母さんじゃないの?大将はお父さんじゃないの?」
少し声が震える。
ミワさんが心配そうな顔になる。
「サトちゃん、どうしちゃったの?大丈夫?サトちゃんは2か月前にうちに住むようになったでしょ?」
え?嘘だ。
そんなことあり得ない。
私たちはずっと3人家族だったじゃない。
「冗談だよね、朝からキツイよ、そんなの。」
そう言って、私は席を立ち、自室に戻ってすぐに着替えた。
「サトちゃん?どうしたの?」
ミワさんが心配そうに声を掛ける。
「ミワさんごめん、今日は早く行くね。」
私はミワさんの見送りも待たず、家を出た。
家族じゃないなんて嘘だ、そんなの!
私は訳が分からず、黙々と駅まで歩いた。

職場のロッカーの扉を開ける。
そこでリコと会ったので、早速私は今朝の事をリコに言った。
「おはよう、ねえ、聞いてよリコ」
リコは優しい声で
「サト、どうしたの?」
と言う。
「今朝ミワさんがさ、私とは親子じゃないって言うの。冗談にも程があるよね。」
リコは心配そうな顔で
「喧嘩でもしたの?それか何か訳があるのかな?」
と言ってくれた。
「わからない。」
私も困惑している。
「そっか。何かあったら言ってね。話聴くからさ。」
リコは笑顔で言った。
「ありがとう。今日もがんばろうね。」
私はそう言って目を閉じる。

ツジカケルの出来事③
朝、リコさんがにブースに入ってきた。
「おはようございます、リコさん」
いつも後輩の俺から挨拶するようにしている。
「おはよう、ツジ君。」
いつものリコさんだ。
SVの朝礼が終わり、自席に戻る。
今度はオペレーターさんに向けた朝礼をする時間だ。
リコさんがオペレーターさんの出席確認をし、伝達事項を読み上げる。
「では今日もよろしくお願いします!」
リコさんのこの声からコールセンターの一日が始まる。
何も変わらない、いつもの朝。
だが俺の心の中だけは変化についていけてない。
いつからリコさんはサトさんとして、ミワさんと親子だと信じるようになったのか。
もう俺の考えだけでは、答えにたどり着くことができない状態だった。

13時。
この日、久しぶりにリコさんと休憩が同時刻に重なった。
「リコさん休憩ですよね、一緒にいいですか?」
俺の誘いに
「うん、久しぶりに一緒に食べようか。」
と応じてくれた。
リコさんは休憩室にあるパンの自販機でサンドウィッチと缶コーヒーを購入し
席に座った。
俺は持参したプロテインバーとコーラだ。
「ツジ君って、いつもそんな感じなの?」
俺の昼食に目を向けるリコさん。
「たまにカップラーメンも食べます。」
という俺に、
「そんな食生活じゃだめだよ。」
と笑いながら言うリコさん。
「そういえばリコさん、お婆さんに連絡しました?」
リコさんはハッとした表情で、聞いた俺を見る。
「忘れてた!あの時はおばあちゃんの伝言を聞いてくれてありがとね。」
リコさんが頭を下げる。
「いや、そんなのはいいんですけど、連絡してあげてくださいね。」
俺は一先ずそんなことを聞いてみたが、この機会を無駄にする気はなかった。
「あの、リコさん、サトさんって人、知っています?」
俺は少し探りながらだったので、言葉が尻つぼみ状態でリコさんに聞いてみた。
一瞬止まるリコさん。
「知っているよ、同い年の子でね、ロッカー室でよく話すの。って、なんでツジ君が彼女の事知っているの?」
知っている、リコさんはサトさんの存在を知っているんだ!
「いや、この前ちょっと話す機会があって。」
俺は何とか怪しまれないように言う。
「私も少し前に知り合ったんだけど、ここのオペレーターさんらしくてね、いい子だよ。」
リコさんは続けてそう話してくれた。
「オペレーターさん、ですか…。」
ぽかんとする俺。
「そう、どこの部署か分からないのだけどね。ロッカー室でしか話したこと無いからさ。」
…ロッカー室。
そうか、ロッカー室がリコさんとサトさんには関係しているんだ!
でも俺は女子ロッカーには入れないしなあ。
よし、こうなったら…。

「梶さん!!!」
俺は昼休憩から戻ってきた、オペレーターの梶さんに声を掛けた。
リコさんが業務用スマホを落とした時に、リコさんのものだと教えてくれた人だ。
「ツジさん、お疲れ様です。どうしました?」
笑顔で梶さんが答える。
「あの、ちょっとお願いがありまして…」

梶さんの場合
ツジさんからいきなり呼び止められてびっくりしちゃった。
でも私、うまくできるかしら…。

ツジさんからお願いされた内容はこうだ。
退勤したリコさんがロッカー室に入ってきた時と、ロッカー室から出る時に、「リコさんお疲れ様です」と声を掛けてほしい。
注意点は、必ず「リコさん」と付けて呼び掛けてほしい、というものだった。
なぜそんな声掛けをするのか、ツジさんは理由を言ってくれなかったし、何かあるのかしら。

退勤後、私はロッカー室でメイクを直しながらリコさんを待った。
まもなく扉が開いた。
リコさんだった。
こんなに早いタイミングでリコさんが入ってきたのでびっくりしたが、私は平然を装い、
「リコさん、お疲れ様でーす!」
と声を掛けた。
「あ、梶さん、お疲れ様です!」
リコさんは笑顔で答えてくれた。
なんだ、なにも変わらない、いつものリコさんじゃないと思った。
リコさんは自分のロッカーを開け、しばらくすると何やら独り言のように話を始めた。
いや、独り言ではない、誰かと話をしているような雰囲気だ。
そういえば誰かが、リコさんがロッカーで一人なのに誰かと話しているような時があるって言っていたなあ。
今ロッカー室にいるのは私とリコさんだけだよね。
念のため、あたりを見回すが、誰もいない。
パタン。
リコさんのロッカーが閉まった。

そしてロッカー室から出ようとするリコさんに
「リコさん、お疲れさまでした!」
と、私は再度、大きな声で言った。
「…」
リコさんは少し足を止めようとしたが、何も言わずに出ていった。
え?
無視された??
嘘、リコさんはそんなことする人じゃないよね。
何が何やらわからずのまま、私もロッカー室を後にした。

廊下を歩いていると、ツジさんが給湯室からのぞき込んで、私においでおいでと手を振った。
あたりに誰もいないことを確認しながら給湯室に入る。
「梶さん、リコさんに会えました?」
ツジさんが真剣な顔で言う。
私はロッカー室での出来事をツジさんに伝えた。
「ロッカーを開ける前と閉めた後か…。で、何か話をしていたんですね。内容は聞けましたか?」
ツジさんの問いかけに、
「ちゃんとは聞けてないですけど。」
私は前置きをし、
「今日も疲れたね。」
「大丈夫だった?」
「店の手伝い」
とか言っていたと思う。
と答えた。
ツジさんは
「ありがとうございます。リコさんは梶さんを無視したわけじゃないですよ、理由は言えないですが。あ、あと、このことは内密にお願いします!」
そう言って給湯室を出ていった。
なんだったの…?
私はへとへとになってしまった。

ツジカケルの出来事④
梶さんからのロッカー室での出来事を聞いたその後、俺は「佐野誠」に連絡をした。
佐野は学生時代の友人で、今は父親の後を継ぐため精神科医を目指している。
なんとなくだったのだが、佐野に聞けば何かわかるかもしれないと思った。
数回コール音がした後、佐野が電話に出た。
「もしもし、ツジか?久しぶりだなー。」
学生時代とは変わらない佐野の声だ。
「佐野、久しぶり!突然連絡してごめん!」
俺は学生以来、彼に連絡をするのは初めてだったので謝罪から入る。
「佐野、久しぶりに連絡しておいて申し訳ないんだけど、今日って時間あるか?」
「ああ、大丈夫だけど、どうした?会って話すほうがいいのか?」
佐野は久しぶりの連絡にも関わらずそう言ってくれた。
俺と佐野はカフェで待ち合わせをすることにした。

 カフェに着くと佐野はもう席に着いていた。
佐野は俺を見ると立ち上がり「こっちだ」と言うように手を挙げてくれた。
「すまん、いきなり呼び出して」
俺はまず佐野に謝った。
「いいよ、今日は時間が空いていたから。まあ座れよ、久しぶりだなあ。」
佐野は笑顔でそう言ってくれた。

 俺は佐野に、今回の話の目的である、リコさんのことを話してみた。
「佐野、そういうことってあるのか?」
一通り話した俺は佐野に聞いてみる。
佐野は下を向きながら腕組みをして考えている。
「うーん、思い当たるものもあるけど、簡単には言えないよ。」
そして佐野は顔を上げ、こうも言った。
「そういうのはさ、生い立ちにも関わってくるんだ。ツジはそこまでは知らないだろ?」
そうだ。
俺はリコさんの生い立ちまでは知らない。
「それに、俺はまだ一人前の精神科医ではないしな。一度親父にも聞いてみるけどさ。」
佐野は落ち込む俺を見てそう言ってくれた。
「ありがとう」
俺はそれしか言えなかった。
ありがたいことに、佐野は何かわかったら連絡すると言ってくれた。
「でもさ、なんでツジはそこまで躍起になって助けたいわけ?仕事上は問題ないんだろ?」
と佐野に言われ、
「…なんでだろう、わかんない。」
俺はそこまで考えたこともなく、佐野に言われて初めて気づいた。
「好きなの?その先輩のことが。」
佐野から突然ニヤリとした表情で言われ、俺は慌てた。
「違うよ!相手は俺なんてもったいない人だよ。」
と返すのが精いっぱいだった。
そして、今日はここまでにして、また会おうということになった。
俺は何度も佐野に礼を言い、その日は別れた。

次の日。
俺が休憩室に行くと、リコさんがカップラーメンを食べていた。
「今日もお昼を一緒にしていいですか?」
俺はリコさんの席に行って伺った。
「あーツジ君、どうぞ、どうぞ!昨日ツジ君がカップラーメンの話をしていたから、食べたくなっちゃったよ。」
リコさんはそう言って美味しそうに食べていた。
俺は今日もプロテインバーにコーラだった。
「お婆さんに連絡はしました?」
リコさんに昨日と同じ質問をする俺。
「今日ね、するつもりよ。」
慌ててリコさんは言った。
「そういえば…お婆さんにリコさんの大学時代の写真を見せてもらいました。あんなに良い大学の出身なんですね。」
そういった俺にリコさんは
「おばあちゃん、そんな写真見せたの?はずかしい!これは連絡しないとまずいわね。
またその写真使われたら困るわ!」
と顔を赤くして言った。
「やっぱり、かなり勉強したんですか?」
俺はあまり勉強が好きではなかったので聞いてみる。
「勉強なんて嫌いよ。でも両親が教師なのもあってうるさかったの。小学生から塾や習い事ばかりで、自分の自由な時間なんてなかったわ。結局両親は、私を世間的に良く見せたかっただけなのよ。しつけや教育に厳しかったのは、私のためじゃなかったんだってわかったの。」
リコさんは強い口調で言った。
こんなリコさんを見るのは初めてかもしれない。
リコさんとサトさんの別人格が生まれたのは、両親の厳しさが原因になっているのだろうか。
昨日の佐野の話から考える俺だった。

午後になり、大きな配達物がブースに届いた。
「えーっと、谷口さんっていらっしゃいますか?」
ビルの受付の人が、台車に大きな荷物を乗せてブースの出入り口に立っている。
「あ、はーい!私です。すみません、お手数をおかけして。」
リコさんは小走りに受付の人の所へ行った。
そして台車を引いて、ブースの邪魔にならないところへ移動させた。
「あの大きな荷物はなんだ?」
南マネージャーがリコさんに聞いている。
「すみません、今日中に持ち帰りますので、しばらく置かせてください。」
リコさんは、それが何かを告げずに自席に戻ってきた。
「あれ、なんなんですか?」
小声で俺はリコさんに聞いてみた。
「あれ?あれは、フィットネスマシーン。」
と笑いながらリコさんが答える。
「え?なんでそれをブースに届けてもらったんですか?」
いくらなんでもフィットネスマシーンをブースで使う気はないだろう。
「本当は自宅に届けてもらうように注文したのよ。だけど、いつ行っても留守だって言われてね、このままだと返品するってメールが来たの。それは困るから、仕方なくここに届けてもらったってわけ。」
そりゃあ、配達員がいつ行っても留守だよな。
リコさんは今“いこい”に住んでいるわけだし。
 そこで俺はひらめいた!
「リコさん、あの荷物大きいし、きっと重いでしょう。俺がリコさんの家まで運びますよ。」
と半ば強引だが提案してみた。
「え、悪いわよ。それに私の家は近いし、台車もあるから大丈夫よ。」
そりゃ断るよな、俺はわかっていた。
「マンションの何階ですか?上の階なら大変ですよ。俺、手伝います!」
俺はあきらめないぞ!
「マンションは302だから…3階になるんだけど、でも…。」
「3階ならこの荷物はきついですよ。」
「そうねえ…じゃあ、お言葉に甘えます。」
しぶしぶなのかもしれないが、リコさんは承諾してくれた。
よし!これで今回の問題が進展するはずだ。
単純なのか、俺はそう確信していた。

第3章 真実
18時を少し過ぎた頃、俺とリコさんは遅番のSVに仕事の引き継ぎをした。
今から、リコさんの自宅に荷物を運ぶ作業に入る。
ここで俺はうっかりしていたことに気づく。
リコさんが自宅のカギを取りに行くにはロッカーを開ける必要があるが、そうなるとリコさんからサトさんになってしまうのだ。
どうしようかと考えていた俺の前で、リコさんは何やら自分の服のポケットを探っている。
「あった。今日はここに入れてやっぱり正解ね。」
リコさんはポケットからカギを出した。
「仕事が終わってすぐに荷物を出したかったから、昨日のうちにロッカーにメモ書きを貼っておいたの。今日はカギをポケットにいれておくってね!」
おお、なんて奇跡だ。
運は俺に味方をしてくれている。
単純に俺の作戦不足だったのに都合よくそう思った。

俺とリコさんはビルを出る。
ゴロゴロと音を立てながら俺は台車に乗せられた荷物を運ぶ。
駅とは反対の道を歩いて5分ほど、グリーンの壁が目立つ5階建てのマンションが見えてきた。
「ここの302なの。」
リコさんはマンションの外側から3階部分を指さして言った。
このマンションにはエレベーターがない。
「ほら、やっぱり俺に頼んで正解だったじゃないですか。」
俺は台車から荷物を降ろしてそう言った。
「そうね、あんまり重くないから大丈夫だと思ったんだよね。」
たしかにそれほど重量がある荷物ではなかったが、大きいため階段を上って運ぶのは大変だ。
リコさんが先導し、俺は後ろから荷物を運ぶ。台車はマンションの1階部分の隅に置かせてもらった。

 302号室でリコさんは歩みを止め、
「はい、到着でーす。」
と言った。
「あ、ここですか、何なら部屋まで運びますよ。ついでだし。」
と俺が言うと、
「じゃあ、ついでにお願いします。」
とリコさんが言った。

扉を開け玄関の電気をつける。
室内はすこし湿った空気が流れており埃っぽい。
「さ、こちらに運んでくださいな。」
リコさんがキッチンの電気を付け、案内してくれる。

「…え?どういうこと?」
リコさんが小さく声をあげる。
キッチンはほこりをかぶり、枯れかけた観葉植物が置いてあった。
小さな円形状のダイニングテーブルには、おそらく2か月前に届いたのであろう、郵便物が置いてある。
そしてシンクには乾燥しきったふきんが掛けられてあった。
リコさんが2か月前のままの自宅を目の当たりにした瞬間だった。
リコさんは何も言わず、部屋の引き戸を開ける。
見ては悪いと思ったが、そこには2か月前に使用していたであろうサーキュレーターや、
季節外れの服が部屋干してあるのが見えた。
「なんで?どうなってるのよ」
リコさんは訳が分からずにいる。

 俺は荷物をキッチンに置いた。
「リコさん。」
俺は戸惑うリコさんに声を掛けた。
「ツジ君、なんだか変なの。私が知らない私の部屋みたいになっているの。」
振り向いたリコさんは震えていた。
「リコさん、少し話をしませんか。」
俺はそう言って、円形状のダイニングテーブルの椅子に座った。
リコさんは動揺していたが、うなずいて同じくダイニングテーブルの椅子に座った。
「リコさん、この部屋に違和感があるんですか?」
俺がゆっくり尋ねる。
「そう、そうなの。いつの日からか時間が止まっているような感じ。」
リコさんはあたりを見渡しながら言う。
「リコさん、この部屋は2か月前から今日まで、時間が止まってしまったんです。」
「2か月前?」
驚くリコさんに俺はゆっくり聞いてみた。
「2か月前、何があったのか覚えていますか?良ければ俺に話をしてみてください。
そうすれば、この部屋が2か月間、なぜ時間が止まってしまったのかがわかるかもしれません。」
この状況がわからず、息の上がっていたリコさんだったが、座ったことで少し落ち着きを見せてきた。
「2か月前…。そう、2か月前ね…。」

第5話へつづく


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