泪橋~起請文(1)
夫婦となってから夏が過ぎ、田の刈入れも終わった頃、図書亮とりくは今泉にある安房守の館に招かれた。図書亮らが居を構えているのは和田荘にある根岸村だが、安房守の住む今泉までは二里半ほどあり、一日がかりの遠出となる。それにも関わらず訪問を決めたのは、義父である下野守定清が、「岩瀬の國造である青雲白方神社へも、夫婦になったことを報告して参れ」と勧めたからである。
幸いりくも馬が御せるので、二人はかぽかぽと蹄の音を立てる馬を、のんびりと今泉の方へ歩かせた。
和田から一旦下宿を目指し、そこから釈迦堂の渡しを左手に折れて山寺を通過する。ここは、遠藤雅楽守の領地だった。途中、休憩を兼ねて高館に顔を出すと、雅楽守は孫の相手をしながら二人をもてなしてくれた。
「りく殿も、とうとう人の妻となられましたか。前にこの館に遊びにいらっしゃったときには、まだ童女だったというのに」
孫娘と遊ぶ雅楽守は、どう見ても一介の好々爺であり、とても武人には見えなかった。
「雅楽守さま、何を仰います。これでも次の春で十九になります」
ころころと、りくが笑い声を立てた。女にも関わらず、りくは案外顔が広い。それも、箭部の娘だからだろう。
「うちの孫娘も、この分だとすぐに嫁に出すことになるのだろうな」
ぼやいてみせる雅楽守だが、その膝下で遊ぶ女童は、どう見ても四つか五つの幼子だった。
「御屋形の元へ輿入れした御台は、十二で嫁がれたからな。うちの孫娘が嫁に行くのもあっという間だろう」
そう言うと、雅楽守はちらりと図書亮に視線を投げかけた。どうやらりくに聞かせたくない話をするらしい。
その雰囲気を察して、りくは雅楽守の孫娘と庭先に下りた。
「これから、今泉の箭部安房守のところへ参られるのだろう?」
「はい」
「安房守殿にお会いしたら、御屋形に白方の社に起請文を納めてもらう件で、雅楽守が話し合いたがっていたと伝えてほしい」
「はて。白方の社……」
図書亮は、先日舅から受けた説明を思い出した。須田の一族が和田を中心に活動しているのに対し、箭部の一族は岩瀬の今泉や梅田周辺に土地を持つ者も多い。それは、そもそも古に建弥依米命が石背国造に叙された際に、箭部氏の拠点である今泉の磐座山に祠を設け、河内の牧岡大神宮の第四殿を勧殿したという故事に、基づくものだった。
かの坂上田村麻呂が征東の途中で立ち寄って一時は荒廃していた社を建て直し、その際に社を管理してた梅田の庄司が、現在の箭部氏の祖と縁を結んでいた。そのため代々箭部氏が社の守護も兼ねているというのである。
その故事は後からこの地にやってきた二階堂一族も承知しているところであり、慣例として、西衆の出であろうと東衆の出であろうと、代々の二階堂家当主は、青雲白方神社に参詣するのが習わしとなっていた。
そこまで思い出して、雅楽守が言わんとすることに気付いた。
「治部殿のことですか」
図書亮が須賀川にやってきて早々と合戦になったのだが、今はまずまず平穏だ。とは言え、そもそも発端は治部の悪行を諫めるために為氏が下向したということになっているから、治部の動きは気になると言えば気になる。
「治部はまだ何かをやっているのですか?」
「近頃、中宿の釈迦堂の渡しのところで、見慣れぬ女や放下の者らがうろついているそうだ」
「つまり遊び女ですか」
結婚前に、鎌倉で遊び女から男女の手ほどきを受けたことは都合よく忘れることにして、図書亮は雅楽守に尋ねた。もっとも遊び女など、どこにいても自然と湧いてくるものなのだが。
雅楽守は首を横に振った。
「遊び女かもしれぬ。だが、うちの配下の西牧が見てきた分には、どうも熊野比丘尼のようだと」
熊野比丘尼とは、全国を遍歴しながら地獄や極楽についての解説を行ったり、巫女として神託を伝える女性である。対して、放下の者はやはり熊野比丘尼のように各地を放浪しながら、手毬や投げ刀などの遊興の芸を見せる遊芸民だ。
謹厳な美濃守が治める和田では、そのような怪しげな者を見かけたことはない。
「やはり、治部が怪しげな者の出入りに目を瞑っているということでしょうか」
「それは疑う余地があるまい。だが、余所者が数多入り込んでいるということは、治部は自ら上方にもつながりを築こうとしているのではないか」
雅楽守の言葉に、図書亮は考えこんだ。図書亮は鎌倉生まれだが、そもそも日の本で政権を司っているのは、京の都にいる足利将軍である。岩瀬の支配権を確立したい治部大輔は、秘かに自分の正当性を主張するべく、鎌倉府を飛ばして都の幕府に働きかけているのではないかと、雅楽守は言うのだった。
「だとすれば、御屋形の正当性を、誰しもが分かる形で広く知らしめる必要があるだろう」
「なるほど。それで治部追討の祈願の起請文ですか」
「一応、須賀川から御台を貰い受けたから大仰にはできぬが、東衆の者を中心に起請文を回すことになろう」
となれば、「領内の見回り」とでも称して為氏がこちらに足を運び、須賀川衆に見つからないように結束を固めようというのだった。
やはり、いつぞや伊藤左近が語っていたような夢物語の実現とは、行かないようだ。自分も為氏の婚姻の話には一枚噛んでいたため、何となく責任を感じる。
©k.maru027.2023
>「起請文(2)」へ続く
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