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【小説】四月/八月への手紙

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 人間は何処まで行っても楽天的である。

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 忘れ得ぬ骸共の間を揺れ動く、我を救い賜え。

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 幸福とは永劫に反抗し、永劫に敗北し続けることだ。

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 加虐性愛ではなく、被虐性愛によって、科学や合理を超克する。

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 文芸という形式の最も優れた点は、誠実を保持したまま話せることである。

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 年を重ねて行くことは知っていたが、老いて行くことは自覚していなかった。

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 権力者を権力者たらしめるのは金銭と空間であり、決して個体の特性などでない。

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 本当は誰もが泣きたいけれど、もう泣いて許される年齢ではないから、懸命に堪えている。

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 人間は二足であるため、二足の草鞋を履く事は不可能だ。論拠として、楽劇及び映画を挙げる。

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 甲が乙の罪を発見するのは、乙が処罰への欲望に依って、罪を諷示するからではないだろうか。

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 人間が人間と人間との関係を構築するのでなく、空間が人間と人間との関係を構築するのである。

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 自己に関係する物事ばかりが問題だと思っていた。今は他者の問題によって昇降する自己がいる。

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 あなたにある部分でなく、あなたにない部分によって、今も深く愛し続けているのかもしれない。

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 失って大切なものだったと気が付くのではなく、失ったから大切なものだったような気がするだけだ。

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 私は汝等を啓蒙出来るような、纏まった思想を有していない。私が所有しているのは、一介の思惟の欠片に過ぎないのだ。

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 ——好きとか嫌いとかで割り切れるほど、生きることは甘くないんだよ。そんな洟垂れの餓鬼じゃないんだから、と父は言った。

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 人間が記憶を思い起こすのではなく、記憶が人間に思い起こさせている。記憶は人間を領していて、人間は記憶に突き動かされている。

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 これまで経験したことも、これから経験することも、出会った人々のことも、何れも畢生葬り去れず、また葬り去られることもないだろう。

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 私ではなく、私達だということに気が付くのが、生命だと教えてもらった。そう教えてくれた君と私達になれたら、もう他に望むことは何一つないと思う。

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 何かを為し遂げた訳でもないのに
 狐の如く、自身には翼があると信じて疑わず
 早くきた者を侮蔑し、遅れてきた者を嘲笑する
 若さとは、斯様な愚かさのまたの名なり

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 君が最も深慮している事柄には、決して揺らがぬ矜持を保有せよ。他者がなんと言おうと、君ほどに思惟していないのだから、そんな戯言に耳を傾けるな。このように父は語った。

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 祖父母がいて、親がいて、彼がいて、子がいて、孫がいる。血。彼まで流れて来た血、自身の中に流れている血、これからも流れて行く血。そこには聖なるものと賤なるものがある。

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 いつか、母は痴呆になるのだろうか。いつか、母は今日の会話を忘れるのだろうか。いつか、母は俺が誰か分からなくなるのだろうか。もしそうなら、人の生命は遣る瀬無いと思った。

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 我々にとって肝要なのは、著者を理解する事ではなく、著者から体得する事である。大江健三郎はドストエフスキーを理解してはいないが、ドストエフスキーから学び、真に生き始めたのだ。

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 愛憎は表裏になっている。愛憎が無関心に転ずることはない。愛の対象を讃するのも、憎の対象を謗るのも、そうしなければ愛憎が反転し兼ねず恐ろしいからだ。自己に言い聞かせているのだ。

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 電車内で会話する母親達。小学三年生で、松尾芭蕉を好んでいるイクト君は、頭が非常に良いらしい。イクト君ママの方を覗くと、醜悪な顔面をしていたので、せめて利口なイクト君の顔も不細工なことを祈った。

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 喫茶店で、俺の隣席に眼鏡を掛けた女と、その知人が座っている。父のせいで鬱病を発症したという彼女はこう続けた。
 ——お父さんがいなくなれば、病気は治るってお医者さんに言われたの。
 俺はそうなんだと思った。

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 愛する気持ちだけで、人のことを幸せに出来るわけじゃないって分かったけど、それでも、俺は幸せになれなくても良いから、君が隣にいてほしい。それだけで良い。世界中で君の他に何もいらない。何もかも、君と二人でゼロから始めたい。

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 キリストは、大審問官の思想を知っているが、それに対して出来ることが何もない。だが、そうだとしても人類を愛していたい、哀しみに打ち拉がれそうな時には寄り添いたい、という想いを込めて、大審問官にキスをしたのではないだろうか?

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 帰りが仕事で遅くなったため、彼女が眠っている蒲団に後から入る。彼女の体温でその中は暖かくなっていた。もう今までのように、冷たい蒲団を独りで暖めることはしなくて良いんだと思う。これからは君とふたりで生きて行くのだと実感する。

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 蓋し、人間の感覚自体は客観性を具有しているだろう。だが、その概念の認識に解釈が生起する。即ち、誰が眼にも映ずる概念は同一であるが、それに連続的な反応には主観性が容喙するのだ。そして、感覚が主体に概念を伝達する地点で客観性は消散する。

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 西洋料理をMとTと口にしている。リングを一指に嵌めている二人だが、同じものなのかは分からない。そればかりが気に掛かり、話すことが思い浮かばない。響くのは食器の擦れ合う音だ。
 ——結婚生活はどうですか? とMは尋ねる。
 ——ぼちぼちだよ、と俺は答える。

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 一日にどれだけ君のことを考えて、一日にどれほど君のことで悩んで、一日にどれくらい君のことを想えば、俺は君を愛していると言えるんだ? 好きと愛しているの境目は何処にあるんだ? どうすれば、その境界を越えられるんだ? 書き損じた手紙が積み重なって行くように、君への感情が分からなくなる。

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 ドストエフスキーの『罪と罰』も、フォークナーの『八月の光』も、声を嗄らし訴えている。自身にとって、たった一つだけの、たった一人だけのかけがえのない愛を求めよと。愛の炉の中では如何なる問題も融解し、そこから立ち上る煙は何処までも伸びて行くだろう、宛ら天から降り注ぐ光芒のように。

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 スノーボードか、スキーボードかをチョイスしろと言われる。スキーボードを履いて、父とレースすることになった。沢山の人が入った回転寿司屋が会場で、走るのはカウンターの上だ。寿司の乗った皿を蟹のように、小刻みなステップで避けて駆ける。スタートダッシュに成功したから、父はまだ後ろの方にいた。親戚や彼女が応援してくれている。

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 俺は天使だ
 現世で自身が天使だと知ったものより
 幸福でないものはいない

 俺は天使だ
 お前などには理解出来ない
 俺の詩が分からないのと同じように

 だが、原光を肉体に浴びた時
 翼が背に存在していないと
 誰一人として救済したことがないと
 漸く気が付いた

 畢竟、俺だって天使なんかでなく
 馬鹿にしていたお前らと
 何ら変わりない
 ただの人間に過ぎなかった

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 ——もう一度、彼女に出逢えたら、あなたはどうするの?
 ——そうだな、ぼくは本当のところ、何億年も昔から、その答えを決めているのだけれど、わざとちょっぴり考えた振りをする。抱きしめるさ、壊れてしまいそうなほどに強くね。
 ——それだけ?
 ——それだけだよ。
 ——だって、彼女はあなたのことがもう分からないんでしょう?
 ——でも、そうするんだ。ぼくがそうしたいのさ。

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 ジョー・クリスマスは、どうにもならないように思えた。しかし、もし彼がリーナに巡り逢えていたのならば、何か変わったのかもしれない。宛ら、彼女に出逢えたハイタワーのように。確かに、フォークナーは『八月の光』の中で、その問題の困難を説いているが、同時に、そこには一筋の光が射し込む余地があるのだと訴えている。少なくとも、人間はそう思わなければならない。

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 よくあるファーストフードの店舗のトイレで排便していた。突然、大声を出した女のタレントのHが、鍵の掛かった扉を開けようとする。ガタガタ、ガタガタと揺すって、無理遣り開けようとする。只管怯えていると、Hがこう叫んだ。
 ——良いか。お前が出てくるまで、ここで私は待っている。ずっと待っているからな。
 どうして、出入り口の一つしかない、トイレになんて入ってしまったのだろう。

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 ちゃりんこを立って漕いでいる、変なおっさんを見付けたのは、友達と車に乗っている時だった。猛スピードで追い回して来たのは、変なおっさんの変なところをおちょくったからだ。それでも仲直りし、彼も交えてキャッチボールをしたり、サッカーボールをキックしたりした。夕方になり、家に帰ろうとすると、こちらに再び変なおっさんが駆け寄って来る。俺達のことを彼はちっとも許していなかったのだ。

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 何故、人間は食事を醜悪だと感じるのだろうか。結論から言えば、これは道徳教育による感情の成れの果てである。道徳教育は人間を統治するため、禁欲を推奨してきた。そして、道徳教育に教唆された人間は禁欲を美徳として、その実践に尽力した。しかし、食事とは禁欲と対極の行為である。何故なら、食事は自己の飢餓を解消するための欲望だからである。故に、人間は強欲な者と接触した折に覚える厭忌を、食事の際にも感じるのだ。

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 俺が自宅に帰ると、ベートーヴェンの大フーガが流れていた。これを傾聴する度毎に、彼は交響曲第九番で虚言を並べていたのだと知る。倫理には第三楽章の後に、世界の歓喜が訪れることなど在りはしない。改作前の弦楽四重奏曲第一三番こそが真理であり、第五楽章の浄化を過ぎた先には狂気しかないということを、ベートーヴェンは分かっていたのだろう。それを覚った時、これからの人生を眺望させられたような気がして、不安になった。彼でさえ歓喜に至らなかったのに、俺がそこに到達することなんて出来るのか?

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 優しい無関心とは、真の愛である。親は子の親であるから子を愛し、子は親の子であるから親を愛する。そして、その愛はムルソーがママンへの感情を涙によって、誇示する必要がなかったのと同様に静謐なものだ。しかし、畜群は関心を愛の表現の一種であると誤解している。真の愛とは、表象上の関心の中には決してなく、表象上の無関心の中にのみ存する蓋然性がある。畜群は人間に対して、関心を示し続けるが、太陽は如何なる時にも、無関心に人間を照らし続ける。換言すれば、それは優しさであり、寛容であり、静謐である。

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 持続を人間に要求し、物に変じ得る性質を蔵する、貨幣は事物に転換する前であろうと、物質の価値を含有している。そして、物及び物を所有する意義は、他者より良い物質を持つ事で生ずる卓犖の感覚に他ならぬ。だが、人類の平均化へと歴史は歩み始めていて、大地の殆どを現今では経済的弱者が占めている。金がない彼等は、物を所持出来ぬ我を肯定しようとして、物を所持する事自体を否定するのだ。弱者が跋扈する倫理に於て、事物の所有と連続的である卓犖の感覚は燼滅し、同時に死に果てる競争。故に、観念的富饒の探求に逃れる、時代は終末には没落するのだ、骸の内へ。

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 世俗の喧騒に塗れ、相変わらず独りで立ち竦んでいる、彼の地下室の住人の如く……。斯様な深く、重い暗鬱の直中で踠き続けていた、私が唯一つ見出だせたものが文学だ。音楽も映画も所詮は俳優の玩具に過ぎなかったが、文学は私を絶えず殺そうとし、海を私に欲させてくれた。長い耳の者共は、——それもまた太陰である、と嘲笑うやも知れぬが、単に生があるから生きている者よりも遥かに生きているのだ、絶対に! 渇望するものが仮令何も手に入らず、王国(レルム)に及ばぬ儘で朽ちようとも、お前と没するのであれば悔い等ある筈がない!
 どうで腑甲斐ない私の事だ、孰れ臆病風に吹かれて、こんな調子で啖呵を切った我を慙愧する午前が訪れるであろう。だが、斯う考えた刻下があった事を忘ずるな、斯く決意出来た英雄が私の内に居た事を決して忘ずるな! 然らば、幾度でも闘えるだろう。

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 創り出された物に如何にして、人間は裁かれるのか。「実存は本質に先立つ」とサルトルは「実存主義はヒューマニズムである」で説いたが、事物の場合は実存に本質は先立つが故に、物の本質に即した使用を我々はする。しかし、これに依って隷従する破目に人間は陥るのだ、事物へと……。そして、尊大になり、人々を審判するようになる創り出された物。ところが、——人を物が裁く等という事はそもそも生起し得るのか、と驢馬は問う。では、肉と血をピストルの弾にけずり取られた「手」や、鞄を恐れる女と客とは裁かれていないとでも貴様は言うのか?
 ならば、事物に対して何の様な態度を、我々は示すべきであるか。それは物の本質とは異なった形式で、——例を挙げれば、鉄梃を武器に、机を防塞に、ダイナマイトを戦争に利する事に他ならぬ。人間は事物の本質に適合した使用を忌避する事で、創り出された物を初めて真に支配出来るのだ。

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 俺は或る部屋の前に歩を運び、深い気息を一度してから、扉を開ける。立ち入って直ぐの所にあるスイッチを押すと、電灯が点いて、万物は顕在化した。俺はこの部屋を誰にも見せられない。陳ずることは出来ても、決して見せることは出来ない。その部屋は一帯が屍の山であり、父やドストエフスキー、ベートーヴェンなどの死体が転がっていた。それ許りでなく、押入れにも大量の死者が詰め込まれていた。俺は死屍しか愛することが出来ない。生きている人間は腐臭が鼻に付くため、成る丈関わりを持ちたくなかったが、死んでいる人間は余りに美しかった。何故なら、俺が変わらない限り、死骸は変わってしまうことがないからだ。ところが、畜群はそれを理解出来ないようで、俺は何時も異邦人として扱われていた。その煢然と怪訝も亡者に慰安して貰い、正しく、俺は彼等と共に生きていた。俺は防腐処理をしていなかったが、亡骸は全く朽ちていない。それは当然のことであった。俺が虫にでも変身しなければ、死人が腐蝕することはない。

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 人間は不条理に対して、過度に憂虞している。*それによって、不条理は傲慢になる。その究極に於て、人間は自己の有限性への絶望から「すべては許される」と叫ぶ。**不条理は人間を非人間的にする事に、この上ない愉悦を覚えている。即ち、そのように叫ぶ事は、不条理をより驕慢にさせるのだ。だから、人間は人間であるために、誠実であるために、剛勇であるために、生のある限り、不条理への反抗を続けなければならない。不条理に対する、人間の誠実な態度は「肯定と否定のあいだ」にしか存在しない。詳言すれば、不条理が人間を来襲する事への肯定と否定のあいだの事だ。それは肯定の帰趨である敗北でもなければ、否定の帰趨である勝利でもない。肯定の罪過及び否定の虚妄を峻拒した、誠実な人間にのみ訪れる、敗北の中の勝利だ。そして、その勝利は人間にとって、かけがえのないものとなる。

* 反対に、全く憂虞のない人間は、不条理から飛躍した嘘吐きに過ぎない。重要なのは至当な憂虞である。何故なら、その憂虞は人間の有限性を真理として、消極的に甘受する事だからだ。

** それのみならず、諦念もまた過度な憂虞の究極である。

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 近所の洒落た池のある公園に、赤い猛獣が住み着いているらしいと噂になっていた。友人と彼は見に行くことにする。
 —— cuteな女だと嬉しいよな、と友人は話す。
 赤いパーカーを着たギャルが、公園の岩屋の前に立っていた。目元が派手で短髪だ。
 ——赤い猛獣がここら辺で暮らしているみたいですが、何か知っていますか? と友人が尋ねる。
 ——ああ、それは私たちのことですよ。寝ている男が中にいます。
 ——あなたですか? でも、ただの赤いパーカーを着たギャルですよね?
 ——そうなんですよ。私はただの赤いパーカーを着たギャルです。猛獣なんかじゃありません。
 意外にギャルは礼儀正しい。話し込んでいる友人を残し、先に帰ろうとする彼が背を向けると、彼女の顔は縦に裂け、女性器に似た赤々とした肉塊に転じた。そのまま襲い掛かって来るのに気が付き、振り返る彼を目にして、立ち止まるギャルの顔が元に戻る。
 ——やばいもの、見ちゃいましたか、俺? と彼は聞く。
 ——やばいですよね、と彼女は口を手で覆い笑った。
 再び歩き出す彼に、顔面を分離させて駆け寄るギャル。素早く後ろを向いたが、charmingな表情になっていた。見張っている間はどうやら化けないようだ。ギャルと睨み合う彼が後退る。

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 独りで暗い家にいると、風が辺りに吹いているような気がする。単身で使うには大きなベッドは、嫌みなほどに皺がない。背後をなにかが通ったように感じて、振り返ってみるが、ただの空間が広がっているばかりだった。最近はあまり眠れていないせいか、多くの情景が混じり合う。彼が、彼女が、男が、拳をあげたマトリョーシャが。その上目遣い、喪われた言葉、握り締められる左手、——こうして、また出逢えただろう? サボテンが好きな彼のために買った置物。バニラの甘く、強いフレグランスのする香水。外国のコインに加工を施した、お揃いのピンキーリング。部屋には彼の跡が苦しめるように残されていた。腕に切り傷が付いて、彼らの長い指が離れない。無垢な微笑みが右にあったのに、傍らの膨らみはなくなった。遮られていた壁が見えて、教室は空っぽになっている。鍵は壊れていて、シャープペンシルが壊れて、走り抜ける電車の響きが焦らせ、目の前から映像は消え去った。軋むものがちらついて、そんなことはなんでもないと思っても、遠くへ駆け出せない。どこにも行けないベッドの上で、どこにでも行ける夢をのぞんで、どこまでも落ち込むのを感じ続けている。

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 ——会社の知り合いの奥さんが癌になったんだけど、患部に教祖が手を翳したら、病気が治ったらしい。
 ——完治したの?
 ——完治したけど偶然でしょう。それで今は会社を辞めて、その宗教のシステムエンジニアになったみたい。ただ、信仰を持ったんじゃなくて、感謝しただけかもしれないが。
 ——奥さんが病気で亡くなることの恐れ、精神的な絶望から、宗教のおかげで救われたというのはあるもんな。その話で思い出したけど、『カラマーゾフの兄弟』の中で、ゾシマの遺体が腐るのはどういう意味なんだろう。ドストエフスキーはなんで腐らせたんだ?
 ——あんたもヴィトゲンシュタインと同じ位読んで考えないと。いや、あいつは頭が良かったんだから、あんたなんかもっと読まなきゃ駄目だ。
 ——ヴィトゲンシュタインは凄く難しい。この辺のは多岐に渡っているから。
 ——それで定着しなかったのかもな。
 ——よく指摘されているが、カント以降は哲学の領域が広がったよ。デカルトまではそんなに難解じゃないのに。でも、悔しいぜ。プラトン程度のことなら、俺も言えたわ。紀元前に生まれていればなあ。
 ——そういえば、「パンセ」は良くないのか?
 ——仕様もないよ、浅いよ。「徒然草」に似ているな。随筆みたい。
 ——「徒然草」はくだらないことしか書いてないもんね。つれづれなるままに書いたものだから。ところで、谷崎潤一郎の訳した『源氏物語』を読み始めたが、なかなか良いよ。作品の魅力を残したまま、潤一郎は訳出している。やっぱり、文が素晴らしい。
 ——確かに、谷崎の訳は評価が高いな。
 ——あいつの文章を褒めるのは納得出来るだろう。
 ——そりゃ巧いよな。現代語訳させたら、一番優れているかもしれない。    
 ——能力がある。訳すには国語力がいるからな。『源氏物語』は文が雅びだもんね。
 ——そこが良いだけでしょう、特に今読むには。この間、誰が言っていたっけ、谷崎は『源氏物語』を訳したから、『細雪』が書けたって。そうなんだろうね。『細雪』は谷崎の閑麗な世界の総決算という感じがする。
 ——それだけじゃなくて、あんたの嫌いな中期の作品を書いたからというのもあるでしょう。
 ——そこを経過したから、『細雪』を書けたんだな。

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 幽暗な怪奇から邪悪な滑稽へと、倫理は変遷した。峻厳な目付きをしたベートーヴェン、赤黒い小猫を舐める蛇、黄昏れた神々、人間を来襲するスネアドラム。粘液状になった人参混じりの吐瀉物が電柱の陰に潜み、腐った豚の肉の如き悪臭を穢れた空気が運び、不眠症の街をあいまいに取り囲んでいる。喧囂の往還から外れた、鉄筋コンクリートで出来た建物の一角にある酒肆は、SM兄弟と呼ばれる二人組が経営していた。彼等がマルキ・ド・サドを狂信していることが名称の由縁である。兄はS、弟はMと呼ばれていたが、受け手は兄であり、物する方が弟という諧謔が、その名を皆に一層気に入らせていた。
 ——なあ、知っているか? あの兄弟は糞釜掘りなんだ。俺はああいう連中って嫌いだな。此処で奴等のセックスを、前に見させられたんだ。「神の馬鹿野郎」とか「これが自然の望みだ」とか叫んで、釜掘りを正当化してやがった。「もし、神がいるのなら、それは俺達の快楽のために過ぎない」とも言っていたな。吐き気がするぜ。でも、ある時、異常に塩の振ったフライドポテトを食べながら、Sはこう話していたんだよ。「俺を無神論者だと、お前は考えているようだが、神がいることを俺は信じているぜ」ってな。こんなことをあいつが吐かすなんて噴飯物じゃないか? だけど、Sの言っていたことは、多分本当なんだ。ただ、それを俺が信じられないだけでさ。俺はずっと、論理なんかくだらないものだと思っているんだ。何時も重要なのは、自分の感情だろう。躰の中でそれがあいつらを許そうとしないんだよ。俺だってさ、酒には溺れているし、女も煙草も大好きだ。でもな、俺は誠実な……こんなことを口にするのは小恥ずかしいんだが、そう、誠実な人間になりたいって、きっと誰よりも強く願っているんだ。人並な職業に就いて、人並な家庭を作って、人並な生活を送りたい。特別なことなんて、そこには何一つ要らないんだよ。ありふれたものばかりを掴めれば充分だと、そう思い続けているんだ。だから、俺は生きることって、ああいうのじゃないと思うんだよな。昔さ、どっかの山を家族で見たんだ、ああ、名前は何だったか忘れちまったが、とにかく綺麗でよ。その山を近くで見た時、俺は何も感じなかったのに、遠くから見た時は、それがとても美しく存在していると気が付いたんだ。俺は人生もあの山みたいに、美しくなけりゃいけない気がするんだよな。だけど、俺にはそうすることが出来なかった。お前には分かってほしいよ。

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 嘔吐するオカマの先輩R。過呼吸になる、にんじんが好きそうな馬面の後輩A。冬のK中学校の野球部は、近くのK山の坂で走り込みばかりしていた。
 糞っ垂れ、俺も嘔吐してやろうか、過呼吸になってやろうか。そうすれば、俺にだって優しくしてくれるだろう。なんで、野球部に入ったっていうのに、こんなにダッシュさせられるんだよ。陸上部に入った覚えはないぞ。これだから、今までテニスをやっていて、野球をやったことがない坊ちゃんが顧問になるのは困るんだよな。野球と陸上競技の違いも分かっていない。砲丸投のことを野球だとでも思っているのか。いっそ、部活動なんて辞めてやろうか。フライの一つも満足に捕れやしないし、バットは空を切って、独楽みたいにくるくると回転するし。上手く行かないから、ちっとも楽しくない。だが、坊主にしてしまった手前、もう退部することは出来ない。野球部に所属しているのであれば、坊主なのも仕様がないと思われるが、辞めてしまえば単なる坊主だ。親戚のおばはんとかも、俺の毬栗頭を目にすれば、——あらまあ、Kちゃんは野球部に入ったのね! なんてほざくに決まっている。その都度、——ああ、いや、実は野球部は辞めてしまって……、とか喋りながらへらへらする、少し毛の伸びた丸刈りになるのはごめんだ。
 ——お前、手を抜いただろ、やりなおせ、と顧問は言った。
 何故、そんなことが断言出来るんだ? どんな心持ちで走ったかなんて、他人に分かるわけがないだろう? お前は神にでもなったつもりか? お前は俺なのか? というか、人様のことを「お前」とか呼んで良いのか? このご時世に大丈夫か? だから、大学を出立ての社会人一年目は嫌なんだよ。慣れないちっぽけな権力を持って、威張り散らしてやがる。確かに、今は手を抜いて走ったが、端から何回かに一度、そう言おうと決めていて、それがたまたま当たっただけに違いない。目が悪くて、眼鏡を掛けているんだから、手を抜いたって気が付くはずがない。ちょっぴり頑張っているような顔をして、手足をブンブン振って走ってやれば、こんな洟垂れはいちころよ。そうだ、試しに次もいい加減にやってやれ。怒鳴られた直後なんだ。まさか、またぞんざいにやるとは思いもしないだろう……。
 ——お前、手を抜いただろ、やりなおせ、と顧問は言った。
 よく考えてみれば、目が悪くても眼鏡を掛けているんだから、その間は普通の人間と変わらない視力だ。度も合ってそうだ。そういえば、K小学校でソーラン節を踊った時も、担任の教師に同じことで怒られたから、同じ考えで同じことをして、同じ結果になったのを思い出した。あのバスケットボール部の顧問だった、バスケットボールみたいな体型をした女教師と言い、この眼鏡猿と言い、意外に慧眼なんだな。

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 川沿いの大学に通っていた時のことだった。自家から最寄りのK駅までは自転車を使っていた。ある朝、空気を前日に入れたばかりなのに、ちゃりんこの前輪がぺったんこになっていたが、学校に遅刻しそうだったので、母の友人——女優Yにそっくりだと、予てより俺は訴え続けている——は自転車がパンクした折、その状態で走行すると、ホイールが傷むという理由から自身で担いで、自転車屋まで運んだらしいと嬉しそうに話す母に、しっかりしていると言って、感心していた父を思い出しながら、最寄りの駅へ壊れたままで乗って行った。
 さて、恐らくはパンクだろうと考え、自転車屋に帰りに寄る。性懲りもなく、ちゃりに跨がって! 今度は急いでいる訳でもないのに! 多くの自転車屋があるK駅の付近だが、何処の店員も技術に大差がなく、接客の態度が良くないため、一番近いところに行くと、やはり現れたのは悪態をつくおっさんだ。前輪にさっと目を向けた彼は、亀裂はないから空気がないだけだと言い放ち、空気入れを使用して、店の中へ戻った。そんなものかなと思い、タイヤを確認すると、確かにぱんぱんに膨れ上がっていたので、態度は悪いものの、意外に役立ったおじさんに感謝し、ちゃりんこに乗って帰ろうとした途次、前輪が萎み始め、家に着く頃には、またしてもぺったんこになっている。先程のおっさんへの謝意は何だったのかと思いつつ、もう一度、前のタイヤをチェックすると、昨日、きちんと嵌めたはずなのに、空気を抜けないようにする、キャップがないことに気が付く。しかし、それが仮に原因であれば、プロフェッショナルである自転車屋のおっさんが見れば……というか、空気を補充した際に分かるだろうし、あれは形骸なのだろうかとか考えながら、空気入れを使った家の庭や駐輪場に、件のキャップが落っこちていないかと探してみるが見当たらないため、とりあえず、その日は諦めて寝ることにした。
 翌日、K駅に止められているちゃりから、キャップを貰って装着し、空気を前輪に補充したところ、もうぺったんこにタイヤがなることはなかった。愛車が遂に直ったことに安堵すると同時に、あの自転車の所有者も同じプロセスを辿り、同じようにキャップをこの駅で奪取すると、いつかは巡り巡って、俺のもの——厳密に言わなくとも、俺のものではないのだが——も借用されることになると考えれば、今からブルーになるが、かなり安価であれは売っているらしいので、誰かが買い求めて、案外、この負の連鎖は終わるのかもしれない。だが、店員の態度が悪い自転車屋しかないK市では、たとえ無償で貰えるとしても、隣のちゃりんこのキャップを、誰もがくすねるような気もする。それにしても、あの自転車屋のおっさんとは、一体何だったのだろうか。この出来事を大学の友人に話したところ、——お前のちゃりに付いていた、元々のキャップもぱくられたんじゃないのか? と無駄に真面目な表情で言われた……。

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 ——あんた、「甘い生活」のBlu-ray Discは欲しいと思わないんだね。
 ——ああ、買ったよ。
 ——買ったか。よく分からんのは、神はいないけど、天使はいるっていうのだ。フェリーニの初期作品のテーマだと思うが。神と天使は何が違うんだ?
 ——ジェルソミーナが天使だってことか。確かに、「甘い生活」もラストシーンは、海で少女が呼び掛けているな。
 ——ザンパノは救いがたい馬鹿だっただろう。修道院に泊まっても、物を盗もうとして。
 ——だけど、彼は天使によって、神の元へ導かれたということでしょう。  
 ——そうそう。神と天使は何が違うの?
 ——『罪と罰』のラスコーリニコフも、自身では神の元には戻れていないんだよ。ソーニャとの愛が誕生したことで復活するんだ。だから、導く者、愛を捧ぐ者が天使かもしれないなあ。天使は愛を以て、神の元に立ち帰らせてくれる存在なのかもしれない。天使はそういう役割なのかな、神は待っているばかりで。神は愛を贈ってくれなくてさ。
 ——なるほどねえ、天使は天の使いだからな。
 ——そう思えば、「道」も悪くないんだよ。
 ——「道」のジェルソミーナはどう考えても天使だ。
 ——白痴でもあるし。「甘い生活」の海辺に立っている女の子が、天使というよりはしっくりくる。
 ——彼女はなんで天使か分からないな。
 ——何もしていないね。
 ——顔は可愛いけど。
 ——フェリーニが撮っているんだから、「甘い生活」は高尚だと思う。
 ——マストロヤンニ、格好良いしな。そうだ、「ひまわり」も見ろよ。 
 ——けど、あれ、マストロヤンニが良いのか? 黒澤が優れているのか、三船が優れているのかと同じじゃないか? フェリーニも「道」はいまいちだしな。
 ——「道」いまいちか?
 ——俺はあまり好きじゃない。
 ——「道」を評価しないところが理解出来ないわ。腐っている。節穴だ。あれはジュリエッタ・マシーナの演技が素晴らしいんだよ。
 ——そうかねえ。ストーリーは対談した結果、徐々に評価し始めているが。「道」は円盤を持っているんでしょう?
 ——持っていないよ。「カビリアの夜」は買ったけどね。
 ——フェリーニは「道」と「甘い生活」と「8 1/2」の監督みたいなところがあるよな。後期も悪くはないけど。
 ——「道」を褒めている奴は、神とか天使とか深く考えている訳じゃなくて、マシーナの演技に感心しているだけだろう。
 ——まあ、そこまで考えているとは、とても思えんね。ザンパノが良いんじゃないの?
 ——ザンパノは良くないでしょう。修道院から去る時の、神の元を離れてしまう時の、彼女の哀しそうな表情が素晴らしいんだ。
 ——振り向いている場面か。でも、どれだけ言われても、そんなに演技が優れているとは感じないなあ。フェリーニは立派だと思うけど、そっちには転ばないな。
 ——白痴みたく見えるだろう。
 ——そうだが、なんかああいうのが見事だとは感じないわ。
 ——「レナードの朝」のデ・ニーロも嫌いでしょう。
 ——もっと格好良い演技の方が好みだな。尻ブルーかしらん。でも、天使のことはそうかもしれん。話した甲斐があったよ。
 ——インスパイアーされたか。
 ——こういうことがあるからね、対話は。
 ——それはそうだ。喋っているうちに纏まることはあるよ。
 ——これが弁証法か。

   ⚫️
 『嫉妬』フォークナー

「また編み物か?」
 彼の妻は滑らかな卵形の顔を上げ、その柔らかな目は一瞬彼の目と合ったが、それから再び彼女は仕事に目を落とした。「見ての通りよ、愛しい人」「編み物! いつも編み物だ! いつも編んでなきゃいけないのはここで何もすることがないからか?」
 彼女は溜め息を吐いたが、返事はしなかった。
「どうした?」と彼は繰り返した。「喋れないのか? 舌をなくしたのか?」と彼は大雑把に終えた。
「でもあなただったのよ、私のトーノ。」彼女は頭を上げずに答えた。「私が望んだように、私の小さな赤い部屋じゃなくて、ここに座る事を求めたのは。」
「ふん! 誰かがここにいる必要があったんだ。お前は一日中貴婦人のように座って、噂話と編み物をしているのに俺に賃金を払ってほしいのか?」
 汚れたエプロンを着けた背が高く若いローマの神のような、ウエーターが、彼等の間の所に来て机の上にチケットと請求書を置いた。女は小銭を渡しウエーターをちらりと見た。彼は彼女の夫の顔を覗き込んで——そしてそれは平らな凝視で彼の白い風刺に富んだ微笑が閃き、引っ込んだ。もう一方の男は机の上で手を拳に結び白くなっている指関節を何か新しい奇妙なものを見るように凝視し、小声で罵った。彼の妻は頭を上げて彼を冷淡に眺めた。
「ふざけないで、アントニオ。」
 彼は努力して声をコントロールした。
「これはどのくらい長く続くんだ?」
「おお、それは私があなたに聞きたいわ。あなたはあとどれくらい私に悪い機嫌をぶちまけるの?」
「お前、取り澄ました顔して」と彼は獰猛に囁き、その熱く小さな目は当惑と突然の憤怒に燃えている。
 彼女は素早く周囲を見た。「静かに」と彼女は言った。「みんなが見ているわ。あなたは何が望みなの? 自分の部屋に引きましょうか?」
 彼の顔は恐ろしかった。「いいや」と彼はついに叫んだ。彼は咽ぶような声を低くして続けた。「それは許さない、分かるか?」彼は更に声を低くした。「良いか。俺は神を愛するように、お前を殺すつもりだ。」
 彼女はもう一度編み物を手に取った。「ふざけないで」と彼女は繰り返した。「あなたの務めに戻って——ほら、常連客が着くわよ。あなたは正気じゃないわ。」
「正気であろうとなかろうと、俺を遠くに追いやるな。」
「あなたは正気じゃないわ。あなたは喋って、悲鳴を上げて、悪態を吐いて——何?」
「お前は何かをよく分かっている。」
「私が? 私が今までにあなたにそうする原因か理由を与えたの? あなたは何で私を責めるの? 私はあなたの良い妻じゃなかったの? 私はいつもあなたの望みを守ったでしょう? 自分の望みで、自分の願いで毎晩私がここに座っている訳じゃないのはあなたもよく知っているでしょう。あなたはこの嫉妬によって激しく気が狂っているのよ。」
「ふん! 注意しておく。俺が言うのはそれだけだ。」
 彼は汚れたエプロンを着けて不機嫌になり視線はテーブルからテーブルへぶらついて、活気のない鉢植えの棕櫚の間を彷徨い見知らぬ客には卑屈で横柄な応対をして、そして昔からの常連客の挨拶にぶっきら棒な単音で返事をしていた。その背が高い、ハンサムなウエーターは迅速且つ器用に動き回り、丁寧で効率が良かった。

   ⚫️
 K中学校の傍らで、アスファルトに当たる靴の音が彼に近寄る、肩まで伸ばした栗色の髪を執拗な風に靡かせて。傘の内方を見た彼は一目で捉える。その瞬間、桃の香りが辺りに立ち上ったような気がした。nihilisticな目付き、ぷっくりとした脣、あどけなさの残る丸顔。揺れるピンクの傘に弾かれた、雨の粒が滑り落ちて行く。いやに緩慢に映る動きで、擦れ違った男と女は背中合わせに歩き続ける。ほんの少しして、立ち止まり振り返った彼が目にしたのは、しとどに濡れた肩口と、汚泥のべとついたスニーカーだった。留まったピンクは、世界が収縮して終わる時のように閉じられ、濁った水がその先から滴る。もう同じ景色を臨むことのない、ふたりの隔たりが時の流れと共に広がる。前を向いた彼は二度と顧みることなく、仄かに晴れ間が覗く空の下を、ゆっくりと、そして確かに歩み始めた。

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 八月の光の中で、僕はこの作品を書き上げた。君が生まれた季節は、とても暑いね。蒼昊は久遠に続き、太陽が大地を煌めかせ、形を変える雲が流れている。もう雲が流れることを何とも思わなくなったんだ。だって、雲が流れて行くことで、未来があると知ったから。雲が流れて行ったことで、君と巡り逢えたと分かっているから。
 僕はこの作品を君に捧げる。題名は前から決めているんだ。『四月/八月への手紙』だよ。四月は父と僕のことで、八月は君のことさ。初めは『八月の光』という題を借りようとしていたんだ。あれは暗い物語だけど、その中でリーナは懸命に、誠実に生きているだろう? 彼女の姿はまるで、深更に射し込む一筋の光のようだ。だから、彼はあの小説に『八月の光』ってタイトルを付けたんだと思う。それと同じなんだよ。君という八月の光が、暗い僕を照らしてくれた。でも、少し照れてしまうから、今の題名に落ち着いたんだ。
 僕は君に何通もの手紙を書き綴った。どれか一通でも届いたかな。そうだと良いな。分かっていてほしいのは、どの手紙も君を想って記したということだ。本当なんだよ。だから、この先もずっと、僕のことを照らし続けていてくれ。そう約束してほしいんだ。

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