左下り観音(会津美里町)|懸造りの観音堂
会津盆地の南西、会津美里町の深い山中にひっそりと佇む、圧倒的な奇観と神秘に満ちたパワースポット「左下り観音(さくだりかんのん)」です!
山を少し登った先に突如として姿を現すそのお堂は、まるで空中へ飛び出しているかのような大迫力の佇まいをしています。
【概要】山中に浮かぶ奇跡の空中建築!会津屈指のパワースポット
福島県大沼郡会津美里町大石にある「左下り観音(正式名:左下山 観音寺)」は、古くから厚い信仰を集めてきた「会津三十三観音」の第21番札所です。
最大の見どころは、山の中腹にある巨岩を切り開き、崖にせり出すようにして建てられた「懸造り(かけづくり)」の観音堂です。そのダイナミックな姿は「京都の清水寺」を彷彿とさせ、緑深い自然と同化したかのような独特の厳かな雰囲気を放っています。平成26年(2014年)には、その貴重な建築美から福島県の重要文化財に指定されました。
【歴史】始まりは1000年前の平安時代!名僧・徳一の伝説
このお堂の始まりには、会津の仏教文化の礎を築いた名僧たちが深く関わっています。
天長7年(830年)の創建:平安時代初期、磐梯山をはじめ会津各地に数々の名刹を開いた名僧・徳一(徳一大師)によって建立されたと伝えられています(鎌倉時代初期の創建という説もあります)。当初は、山岳修行に励む修験者たちが、本格的な修行に入る前に身を籠めて祈る「行堂(ぎょうどう)」であったと考えられています。
お殿様の家臣による修復:南北朝時代の延文3年(1358年)には、会津の有力な領主であった葦名(あしな)氏の家臣・富田将監祐義(とみたしょうげんすけよし)によって大修復が行われたという記録が残されています。
学僧・如黙の隠棲の地:のちの江戸時代には、会津藩の教育や文化の発展に大きく貢献した名高き学僧・如黙(じょもく)がこの地に住まいを移し、大自然の中で花や月を友としながら静かな晩年を過ごしたとも伝えられています。
【特徴】首無し観音の謎と、磐梯山を望む大パノラマ
訪れた人々を圧倒する、建築と信仰の特徴をまとめました!
見事な三層閣と奥会津の職人技:現在の観音堂は江戸時代に建てられたもので、高さは約14.5メートル、五間四面という立派な木造三層建築です。円柱の柱や、奥会津独特の鋭いタッチで彫られた木鼻(きばな)の絵様など、当時の職人たちの高い技術と古い建築様式が今もそのまま息づいています。
ご本尊「首無し観音(無頸観音)」:お堂の中には、頭部のない大変珍しい石造の聖観音像が安置されており、地元では親しみを込めて「首無し観音」と呼ばれています。これほど立派なお堂の中心に、なぜ頭のない御仏がいらっしゃるのか、古くから悲しい逸話やミステリアスな伝説が語り継がれています。
絶景の廻り縁(まわりえん):お堂の周囲に張り巡らされた板張りの縁側に立つと、眼下には大川の美しい清流が広がり、遠くには会津盆地と雄大な磐梯山を一望することができます。まさに登ってきた疲れが吹き飛ぶほどの絶景です。
【関連トピック・イベント】日本遺産の巡礼道とのどかな山道散策
日本遺産「会津の三十三観音めぐり」:江戸時代、会津藩祖である保科正之(ほしなまさゆき)が民衆の心の拠り所として整備・推奨したことで、一大ブームとなった巡礼文化の構成文化財になっています。現在でも、歴史を感じながらスタンプ帳を手に札所を巡る旅人が絶えません。
緑に包まれる参道とお地蔵様:駐車場から観音堂までは、樹齢数百年の老松や木々に囲まれたのどかな山道を15分〜20分ほど歩いて登ります。参道の途中には可愛らしいお地蔵様がたくさん佇んでおり、季節ごとに表情を変える美しい自然を楽しみながら、ちょっとしたトレッキング気分を味わうことができます。
ちょっとアクセスするには熊鈴の準備が必要なほどの深い山の中ですが、一歩足を踏み入れれば、他では絶対に味わえない歴史の息吹と大自然のエネルギーを肌で感じられる、まさに会津の隠れた至宝です!他にも会津の古いお寺や、近くの美味しいグルメ情報など、気になることがあれば何でも気軽に聞いてくださいね!
