読んだ本②「おいしいごはんが食べられますように 」
📘 作品紹介
芥川賞受賞作、高瀬隼子さんの小説『おいしいごはんが食べられますように』は、一見ほのぼのとしたタイトルに反して、読者の胸にざらりと残る物語です。
舞台は食品関係の制作会社。社員たちが日々「おいしそう」に関わる一方で、物語の中では「食べること」が人と人のあいだの“違い”や“亀裂”を際立たせていきます。
🧑💼 あらすじ(ネタバレなし)
食品パッケージ制作会社に勤める営業社員・二谷は、同僚の芦川と付き合っているが、彼女に対して深い感情は抱いていない。芦川は体調不良で欠勤が多いものの、料理上手で職場では好かれている。弱く守られる立場。一方、まじめな同僚・押尾は、芦川の優遇に不満を抱いている。なぜなら定時であがる芦川のしわ寄せはすべて彼女に来るからだ。
物語は「食べること」を通して、人間関係の歪みを静かに浮かび上がらせて終わる。
登場人物全員実在していませんか?
この本読みながら、登場人物3人に見覚えがありすぎた。
まず二谷。
こういう流され主義、事なかれ主義で、か弱い女性を守るというのはたてまえで、一番自分が主導権を握りやすいパートナーを探しているだけのやつ。いる。同期あたりにいる。
彼が芦川の体が喜ぶ食事のあとはお腹がすいてもないのにカップラーメンを貪り食べる癖を考察してみる。
まず彼自身、食事があまり好きではない。食べる行為は「男だから食べろ」と、幼少期に強いられたころから苦手意識がある。
加えて彼自身生きることはポジティブなものではなく、生かされているという感覚があるように見える。だから生きること=食べることがすごく面倒に感じるし、食事に健康!などポジティブな側面が見えると嫌気がさす。芦川さんが作った健康料理の生きるエネルギーをかき消すかのようにカップ麺をすするのではないだろうか。
緩やかな自殺を彼はしていたいんじゃないかな。
私は押尾さんタイプ
割と一人で平気だし、むしろ一人が好きだけど、何かと周りの目や組織としての自分の振る舞いを最優先にしちゃうタイプ。素直にふるまいたいけど、その分、周りの反応が気になるから、やりやすいように流される感じ。
「途中でやめるのが、苦手なんですよね。やめるってばたばたするのとか、まわりの反応とか、考えるのがしんどい。合わないなってその時はあんまり思ってなくて、毎日練習してて、しんど、って。でもみんなしんどーい!って言ってたから一緒だと思って。違うってわかったのは引退した後。みんな、またやりたいねって言うんです。本気の顔で、またみんなで舞台に立ちたい、大学入ったらチア部探すとかって。わたし、絶対嫌でした
。絶対絶対嫌。それで、わたし、チア合ってなかったんだって。人の応援とか励ますとか好きじゃないんだ、でも得意で、できちゃうんだって分かって。なんかそれ仕事と似てる気もしてて。このまま定年退職まで働くのかなあと思っているんですけど、仕事毎日嫌で。(中略)毎日嫌だけど、毎日ちゃんと働けてるから、これがずっと続くんだろうなって、そう思っているんですよ。
上記のセリフ、めちゃくちゃ共感した。勝手に「チームメイトと同じ感覚じゃなかったんだ」っていう裏切られたような気持ち。
中学の時とか高校の時とかも一緒であのとき部活や学校の勉強がしんどくてつらいねと言い合ってたけどいざ卒業すると「あのころに戻りたいね」って言われる感じ。「え。今清々としていないの?あの時、めっちゃ嫌だったじゃん」って思ってた。
押尾さんが猫を助けるためにスーツなのに雨にも濡れてびしょびしょになってる状態なのに芦川さんは傘を指してて、その傘の柄を鮮明に覚えている感じすごくウケた。猫の姿は全く覚えていないのに(笑)
芦川さんは職場にいてほしくない
うまく言語化できてるかわからないけど、芦川さんみたいな人って弱いふりして実はめちゃくちゃ自己中で自信家だと思う。じゃなきゃ自分のケーキ毎日職場の人に振舞えないし、みんなが残業している中、定時であがって自分の趣味(お菓子作り)に没頭なんて無理。マイペースなのか、空気が読めないのか。私はああいうタイプとは合わない。絶対無理。
弱いものは守るべきだよ、勿論。でもその弱さって、周りの反応で後天的に形成されるものであれば「甘え」になると思う。
芦川さんはまさにその甘えと弱さをぐちゃまぜにして曖昧になっているから、腹立つんだろうな。
おやすみ
