私の子どもが幸せに暮らすためには
ライターとして毎日投稿している身としては、この話に触れなければならないと思う。だから、書く。
2025年7月20日に行われた参議院選挙の投開票。与党である自民党が衆議院と同じくして議席を減らし、参政党、国民民主が大きく議席を伸ばす結果となった。
投票率が上がり、結果が変わった
まずは単純に結果だけを追っていきたい。今回の選挙は、今までよりも民衆の注目度が高かった選挙だといえるだろう。
期日前投票の数が過去最高の約2618万人をマークした。これは、有権者の25.1%にものぼる数字だという。過去最高を記録した理由のひとつに、3連休の真ん中に投票日が設定されたことも起因しているに違いない。しかし、そうだとしても、数年前であれば、期日前投票をせずに連休を楽しむ人も多かったはずだ。
そして、全体の投票率をみると、57.91%、前回の参院選より5.9ポイント程度上回る結果となった。これが適正な投票率なのかはともかく、相対的に高くなったと判断できる。
つまり、今回の選挙は今までより注目する人が多かった選挙だったのだ。
「みんなで選挙に行こう!」、「投票率を上げよう!」と謳われ続けて久しかったが、今回の選挙ではこの訴えが少しだけ叶った形となる。
そして、結果が変わった。与党である自民党がその議席を大きく減らした半面、参政党、国民民主が躍進する結果となったのだ。
参政党の躍進について思うこと
ここからは私の考えを述べたい。
まず、私は参政党は支持できない。いろいろ理由はあるが、一番強い理由は、候補者が核の保有が安上がりだと発言したり、徴兵制を肯定したりすること。それを党首が否とも言わないことだ。政党として信用できない。正直嫌悪感を抱いています。
では、参政党の躍進は許されないことなのだろうか。民主主義の敗北だ、という人もSNSで見かけた。しかし、これに対しても私は賛成できない。この選挙は民主主義の敗北などでは、けっしてない。
彼らは選ばれた。これは間違いなく選挙を通した"民意"の結果であり、これが民主主義だ。問題は、なぜ彼らが選ばれたのか、である。
注目すべき調査結果がある。朝日新聞の出口調査によると、参政党に投票した人のうち、40代、50代が他の世代を上回るそれぞれ21%を占めたという。この世代は、いわゆる"就職氷河期世代"だ。バブルがはじけ、就職がうまくいかず、その後も国に支援をされることもなかった、最も働くことに、生きることに苦労した世代だ。その影響は今でもなお色濃く残っている。
そんな世代が、参政党の支持者には多い。これは、今までの政治にNOを言いたいという民意そのものだと私は思う。
自民党政権へのNOと言いたい人が参政党を支持した。参政党が強く支持されたのは参政党が"民意"をくみ取ったスローガンや発言をしているからだろう。「日本人ファースト」というのは実にわかりやすく、人々の心を掴んだ。参政党の過激とも言える発言は、"民意"の集合体でもあるのだ。
この民意を生んだのは他でもない、私たち市民であり、何より与党であり、そして野党でもある。つまりは、今までの政治そのものが、本当に苦しんでいる人々に手を差し伸べてこなかった結果だ。
だから、今回の結果は、あるべきして起こったもの、民主主義の本来の姿を取り戻すのに必要なものだと考えるべきだと私は思う。同時に、この結果は、政治を民衆の手に戻すための、過渡期に過ぎない、と信じたい。
このまま参政党が躍進し続けることに民衆がどう思うか。もし民主主義に勝敗があるとするならば、それこそが民主主義の勝敗を分けることになると私は思う。
これからの私たちがすべきこと
選挙が終わると、政治への関心が薄れる人が多い。恥ずかしながら、私もそうだ。しかし、今回の選挙結果ほど、私に政治的関心を抱かせるものもない。国会中継を真面目に見ようと思う。できるだけメディアの編集が入っていない状態で。
そのためには、私はもっと賢くならなければならない。この場合の賢さとは、未来を想像する力であり、政治を自分事に考える力だ。短絡的な思考で政治を見てはいけない。この国がどうなれば私の子どもは幸せに暮らせるか。そう、考え続けなければならない。私は、私の子どもが徴兵されて命の危険にさらされるのだけは、本当に絶対に嫌だ。
みんなが選んだから。
私は選んでほしくないと思った人たちだったけど、でも、誰かは選びたくて、あるいは現状を拒みたくて選んだ人だから。
私たちはそんな彼ら―今回当選した政治家全員に対し、応援し、見守り、監視する義務がある。
だからもう、市民同士で対立をあおるのはやめにしたい。
心から、そう、思う。
参考
