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ライターと承認欲求

noteを毎日更新していると、定期的にやってくる。
何も浮かばない日。
これは、ひとえに私の努力不足でしかないわけですが。ここでいう努力というのは、日常を注意深く観察する努力です。
とはいえ、浮かばないものは浮かばないのだからしょうがない。そんな日に何か書こうとすること自体、本当はおこがましいことなのだろうけど。
それでも書こうと思えるのは、やはりnoteというコンテンツが優秀なわけで。毎日ひとつでも記事を書けば「更新しててエライ!」とほめてくれる。スキがもらえる。
いかに書き手の承認欲求を満たす構造をしているか。考え抜かれた仕組みだと感じるわけです。


ところで、承認欲求という言葉。昨今悪いイメージで使われることが増えたように思う。しかし、承認欲求とは本来、誰かに認められたいという基本的な心理欲求だ。それ自体が悪いわけではないはず。
承認欲求が悪いと言われるのは、承認欲求が強すぎる場合だろう。努力もしないのに実際より自分をよく見せたり、そのために誰かを貶めたりするようなときだ。
ライターは、記事を書いて認知してもらって、お金をもらう仕事だ。
ここでいう認知とはビジネス的な意味で、認めて知ってもらうこと。つまり、価値を理解して、その商品やサービスが素晴らしいと認めてもらうこと。ライターに置き換えると、自分の文章を素晴らしいと認めてもらうこと、である。これが承認欲求ではなくてなんだというのか。
だから、私は、世間でよく見かける、「他人の評価なんて気にせず、自分が自分を認めてあげればいいんだよ」みたいな姿勢にはちょっとばかし懐疑的です。何かに挑戦するための最初の一歩としてはすごく大事な考え方だと思うけど。ことライターにおいて、それだけではやっていけないだろうな、と思うわけだ。
これはひょっとすると、ライター以外でも同じなのかもしれない。


ライターという職業は孤独である。
というのは、諸先輩方の発信でよく見かける。
もし、noteやX(旧Twitter)がなかったら。私を承認してくれる人が1人もいない世界だったら。私はライターを続けていられるのかしら、など思ったわけで。
承認欲求に素直に。
他人に認められるための努力を惜しまず、生きていきたい所存です。

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