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凡人の私が毎日コラムを書く理由

毎朝コラムを書くという行為は、私にとっては甘えであり、抵抗だ。

「毎日コラム書いているんですか?すごーい!」
「毎日朝活してるの?すごいね!」
ありがたいことに、リアルでも非対面でも最近よく言って頂ける。
「いやぁ、全然すごくないですよー」なんて言うと、自分の文章も朝活の価値もを下げてしまいそうだから「ありがとうございます、夜早く寝てるので……」ぐらいの返しにとどめている(早く寝ているのは事実、子どもさんと一緒に10時までには寝てしまう)。
だが冒頭に述べた通り、本音を言うと私の毎朝コラムを書くと言う行為は、甘えなのだ。


例えば、私が週に一度noteを投稿することにしたとする。
そうなると私は、一週間のうちに感じたことを、考えたことを、思い出したことを十分に頭の中で吟味して書くだろう。
つまり一週間のうちの「my best thing」を書くはずだ。
ここでいうbestとは、文章にするにはbestだという意味で、必ずしもgoodという意味ではない。

……これ、めちゃくちゃハードル高くないか?
つまり、一週間のうちのたったひとつ(あるいはふたつほど)の「my best thing」だけで、人々を魅了し、読んでもらわなければならないということだ。
これ、週刊誌に執筆するエッセイで飯が食える書き手の所業である。
私の文章にそこまでの魅力があるとは思わないし、そもそもエッセイやコラムで人を惹きつけられる人は、その人自体が魅力的で、その人の文章だから読まれているのだ。
味気なく言ってしまうと有名人だから、週に一度の執筆でも誰かが読んでくれる。
非有名で凡人な私のような者が、週に一度の投稿で誰かに読んでもらおうとすると、毎回"会心の一撃"的な文章を書かなければならない。
そんなものを毎週生み出すには、今の私には実力が足りないのだ。

だから、私は毎日書くことにした。
自分と向き合うために書きだしたのがきっかけだが、今では自分のこの吐き出しが、誰かに共感してもらえたり、誰かに好きになってもらいたいな、などと、愚かにも思っている。
そして、私のような者の文章を読んでもらうには、「毎日投稿」というラベルしか思いつかなかったのである。


凡人たる私にとって、毎日書くことは、"会心の一撃"的文章が書けない自分への甘えと、この文字にあふれる世界で、誰かに届けるためのちょっとした抵抗なのである。

本当は、週に一度、魂のこもった文章を提供した方がいいと思う。
でも、私の場合、毎日書かないと、きっと公開ボタンが押せなくなるだろう。
私は、書き続けるために、書き続けているのだ。

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