役に立たないことを愛したい
昨日の続き。なのかな?
忙しいとつい思ってしまう言葉。〇〇しても無駄。
読んでも無駄。やっても無駄。
この言葉の裏にいるのは、「時間」です。
読んでも「時間の」無駄。やっても「時間の」無駄。
「時間の」無駄。その先にさらにいるのは、「人生」になるだろうか。
読んでも「私の人生にとって」無駄。やっても「私の人生にとって」無駄。
人生において、役に立たないものには価値がない。
そんな価値観が浸透している気がします。
SEOライティングは、読者に価値がある文章を書くことが求められる。いらない文字はバサバサと切って捨て、洗練された文章だけが最終的に残る。
わかりやすくて、すぐ読み終えられて、役に立つ文章。
それもすごく、すごーーーく大事なのはわかった上で、こう言いたい。
なんの役にも立たない文章だって、書きたいんだよ!!
これライターが言うのまずくない?と言われそうな気もするけれど。でも、役に立たないものが否定される社会って、絶対息苦しいと思うんです。
役に立たないなら、いらない。
これを人にあてはめてしまったら、社会的貢献ができない人は存在しちゃいけない、みたいな過激な話になるんですよね。大袈裟な、と言われるかもしれません。でも、人間だから大事にされるべき、という理論が通じるのであれば、いじめや過度なバッシングなんて起らないはずなんですよ。
役に立つものしか存在を許されない社会なんて、私は嫌だ。自分が役に立たない認定されたら生きる価値なしって言われる世界。それを他人に言えてしまう世界。嫌だ!
今日何が言いたかったかというと、まずは皆さん、役に立たないけど好きなことをもっと愛しませんか、というお話がしたかったのです。
まずは自分のことから。自分にとって役に立たない(=お金や時間を生まない)けど、好きなもの。誰にでもひとつやふたつはありますよね。私のnoteなんてまさにそうだし。
今まで、私は好きなことについてあまり発信してこなかったけど、趣味とかの話をしようかな、という前振りのお話でした(前振りにしては重すぎる)。
皆さんの好きのお話もぜひ読みたい。
体裁なんて気にせず、熱量だけで書いているような文章、読みたいです。
