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僕らは水中を漂う流木のように:Travis『Driftwood』|感情の設計図#19

強い人になりたい。そう思っていた。

強さとは、目に見える強靭なものではない。痛みや傷を抱え、弱さを認めながらも、それでも誰かと繋がり、過去を捉え直し、変化を肯定できる…そんなしなやかさを持つということだ。

実際にそんな人物になれているかは分からないのだけれど、そうなりたいと思えるような「あり方」を、僕は彼らの鳴らす音からずっと受け取ってきた。もう四半世紀以上も前から。




過剰な自己主張を排した「その男」の物語

英グラスゴーのロックバンドTravis(トラヴィス)が1999年にリリースした2ndアルバム『The Man Who』。

余計なものはない。シンプルで、芯があって、ニコリと笑って、どこか優しい。仕事でも、ファッションでも、人との関係性においても、僕の人生の指針のひとつとなった、大切な作品だ。

『The Man Who』アルバムジャケット
本作以降、景色の中に小さく佇むメンバーの様子が
Travisの名アルバムにおける定番になっていく


デビュー作の荒削りなロック色から一転し、内省的でメロディアスな路線へ舵を切った本作。『Writing To Reach You』『Turn』『Why Does It Always Rain On Me?』『Luv』など、ひたすらにメランコリックで美しいメロディが冴え渡っている。ソングライティングを手がけるのは、ボーカルのフラン・ヒーリィ

発売当初は賛否が分かれ、NME誌は「前作のような荒々しさがなくバラードばかりだ」と6/10の辛口評価を下した。一方で英Select誌は「平凡な青年たちが並外れたメロディを作り出した」と楽曲の美しさを評価した。当初は緩やかだったチャートも、グラストンベリーフェスティバルでのパフォーマンスを機に浮上。通算9週間にわたり全英1位を獲得する大成功を収めた。

結果として『The Man Who』は1999年の英国年間アルバム売上で第3位に輝く。翌年のブリット・アワードで最優秀アルバム賞と最優秀グループ賞を受賞。Travisはブリットポップ以降の「UK叙情派」の先導者となった。

なかでも4曲目『Driftwood』は、人生で行き場を失い彷徨う僕たちに向けて、本当の「強さ」とは?と問いかける約3分半の物語となっている。


あらためて、この曲が僕に伝えてくれていたことが何だったのかを紐解いてみたい。



「Driftwood=流木」が指し示すもの

Driftwood』を再生する。アコースティックギター主体のシンプルな伴奏とフラン・ヒーリィの穏やかなボーカルが心地よく響く。
1番のAメロは、こんな情景から始まる。

Everything is open
Nothing is set in stone
Rivers turn to oceans
Oceans tide you home
Home is where the heart is
But your heart had to roam
Drifting over bridges
Never to return
Watching bridges burn

すべては開かれている
決まりきったものなんてない
川はやがて海になり
潮が君を家へと運ぶ
家は心のよりどころ
でも君の心は彷徨うしかなくて
橋をこえて漂い
二度と戻らなかった
橋が燃え尽きるのを眺めながら

『Driftwood』より

静かに描かれるのは、川や海を彷徨う「君」の様子。ここでの「」は、人との繋がりやこれまで歩んできた道筋のメタファーと捉えられる。その橋が燃え尽き焼け落ちる様子は、君が過去との絆を断ち切り、戻る場所を失っていく孤独な姿を暗示しているように感じる。


サビを見てみよう。

You're driftwood floating underwater
Breaking into pieces, pieces, pieces
Just driftwood hollow and of no use
Waterfalls will find you, bind you, grind you


君は水の中を漂う流木
粉々に砕けていく、粉々に、バラバラに
虚ろで使い道のない流木
滝が君を見つけ、縛りつけ、すり潰していくだろう

『Driftwood』より

人生の目的を見失った「君」を流木に例えながら、流されるままにいると最後には激流(人生の試練)に飲み込まれ、粉砕されてしまうという警鐘を鳴らしている。曲調は穏やかなのにも関わらず、抽象化された歌詞が逆説的に緊迫感を感じさせる。

フラン・ヒーリィは、歌詞について明確なインスピレーション源を語っている。彼は若き日、自身がバンドに専念するため美術大学を中退しようとした際、親友の一人から「人との繋がりをすべて断ってしまったら、おまえは流木になってしまうぞ」と忠告されたことがあったようだ。

流木は若き日のフラン自身であり、流されるままの日々を送る僕たちにも重なる。

『The Man Who』アルバムライナーノーツより
ボーカルのフラン・ヒーリィ



苦難の中に見つけるひとすじの希望

2番Aメロ後に歌われるBメロ(ブリッジ)では、感情的なクライマックスがやってくる。

And you really didn't think it would happen
But it really is the end of the line
So I'm sorry that you turned to driftwood
But you've been drifting for a long, long time


こうなるなんて君は思いもしなかっただろう
けど本当にそれが結末なんだ
君が流木になってしまったのは悲しい
でも君は本当に長いこと彷徨い続けていたんだ

『Driftwood』より

静かな語り口だったAメロから一転して、歌い手(語り手)が直接的に「君」へ語りかける形で、苦言とも哀れみとも取れるメッセージを突き付ける。

ここで初めてタイトルの“Driftwood”が「結末」のような形で表現されることで、それまで暗喩的だったテーマが一気に現実味を帯びる。この箇所のメロディはサビほどの高揚感はない。むしろ抑えめのコード進行で淡々と真実を語るような雰囲気があり、歌詞の持つ冷徹さと感情を引き立てている。


ただ、救いがないわけではない。3番のAメロを見てみたい。

Everywhere, there's trouble
Nowhere's safe to go
Pushes turn to shovels
Shoveling the snow
Frozen, you have chosen
The path you wish to go
Drifting now forever
And forevermore
Until you reach your shore


どこに行っても困難ばかりだし
安心して向かえる場所なんてない
後押しはシャベルに変わり
雪をかき分けていく
凍えながらも君は選んだ
君が望む道を
いま君は永遠に漂い続ける
ずっとずっと
君自身の岸辺に辿り着くまで

『Driftwood』より

ある面では途轍もない苦境にも感じられる…が、僕は最後の一行にかすかな希望を見出すこともできた。



いつか向こう岸に辿り着くために

『Driftwood』の結末は、必ずしもハッピーエンドではない。それでも、この曲から僕が受け取るものは決して絶望だけではなく、「人は変われるかもしれない」「漂流する者にもいつか岸に辿り着く望みはある」というかすかな希望の灯だ。

流木と化してしまった「君」に対し、「それでもいつか自分の岸辺に着けるように」という願いが込められているように思える。


NMEのインタビューで、フランはこのように答えている。

『Driftwood』は、あなたの人生で大きな可能性を秘めているのに、尻もちをつくのが怖くて、つまり、恥をかくのが怖くて、それを活かせない人に向けた曲です。でも、もし彼らが心を一つにして、ただ皿(※おそらく固定観念のこと)を窓から投げ捨てれば、実はその可能性を大いに活かして、自分も周りの人も幸せにすることができるはずです。

Wikipedia「Driftwood」より
※の箇所は筆者にて追記


僕自身、人生の中で何度も自信を失い、打ちひしがれ、流されるままに過ごしてきた経験がある。今もまた、回復の途中だ。

これを読んでいるあなたも、道に迷い、水の中を彷徨っている最中かもしれない。苦しく、前が見えない日々に希望を失いかけているかもしれない。

それでもいつか、あなた自身の道を見つけ、向こう岸に辿り着くことはできる。そう僕は信じている。水の流れを見定め、静かにゆっくりと浮き上がり、向こう岸にたどり着く望みさえ捨てなければ。

だからいまは、自分のことを大切にしながら、漂う時間も存分に楽しもう。漂うということは、自由ということでもあるのだから。




People Tree:「ポスト・ブリットポップ」~「UK叙情派」の幕開け

1990年にスコットランドのグラスゴーで結成されたTravis。97年に1st『Good Feeling』でデビューした当時のイギリスの音楽シーンは、Oasis(オアシス)・Blur(ブラー)・Pulp(パルプ)らに代表されるブリットポップ全盛期だった。

メディアが労働者階級と中産階級との対立を煽り、各バンドがユーモアを交えながら音楽に乗せてイギリス社会を風刺(とともに、「イギリスらしさ」を派手に外へ外へアピール)していた時代。デビュー当初のTravisはOasisフォロワーのような位置づけだった。

Oasis『Live Forever』

Blur『Girls And Boys』

Pulp『Common People』


だが、Oasisは3rd『Be Here Now』の過剰さとギャラガー兄弟の度重なる喧嘩のため、バンド内に疲弊感が生まれていった。皮肉にも、Travisが注目されたのはノエル・ギャラガーに見いだされ『Be Here Now』ツアーのオープニングアクトに抜擢されたことがきっかけだった。

またBlurは5th『Blur』以降、粗削りなローファイ路線へと舵を切り、ボーカルのデーモン・アルバーンは97年「ブリットポップは死んだ」と発言。やがてデーモンは、ヒップホップやダブ・レゲエを取り込んだユニットGORILLAZ(ゴリラズ)の活動に傾倒していく。

さらにPulpはボーカルでフロントマンのジャーヴィス・コッカーが酒とドラッグに溺れていき、表舞台から遠ざかっていく。

こうして華やかなブリットポップは終焉を迎えた。


そこでシーンの中心的存在になったのがRadiohead(レディオヘッド)だった。世紀末に向けての社会不安、孤立、テクノロジーへの不信など、ポストモダン的な内面の闇を歌詞・音像で表現したトム・ヨークの陰鬱な世界観。97年3rd『OK Computer』で一気に爆発し、UK音楽シーンはより内省的な路線のアーティストが増えていく。

Radiohead『No Surprises』


ニューメタル、ラップロック、エレクトロニカの乱立する、不安定で進歩的な時代。そうした文脈の中で、むしろグッドメロディをとことん磨き上げたTravisが「ポスト・ブリットポップ」~「UK叙情派」の文脈で担ってきた役割とは何だったのか。

99年の『The Man Who』、2001年の『The Invisible Band』を生み出した時期、フラン・ヒーリィは「残っていくのはバンドではなくて、楽曲だけでいい」と発言していた。

やがてTravisが切り開いた道はColdplay(コールドプレイ)やKeane(キーン)、Snow Patrol(スノウ・パトロール)など「UK叙情派」が台頭する土壌になっていく。(もっとも、Coldplayは4th『Viva la Vida』以降、EDMも民族音楽も飲み込んで、より宇宙的な広がりを志向していくことになるが、それは後の話)

Coldplay『Yellow』

Keane『Somewhere Only We Know』


Travisがこの世に生み落としていった音楽は、ただ内省的に閉じこもるのではなく、自己憐憫に陥るのでもない。僕らの心の痛み・迷いにそっと寄り添い、感情の回復を手助けしてくれていた。それは「自分のあり方」「本当の強さ」を問うものだった。僕たちが失いかけていた、かけがえのない誰かとの日常への感謝と愛の表現であったように思う。

大切なものは、すぐそばにあったのだ。



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