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その繋がりは確かにそこにあった:Jack’s Mannequin『Kill The Messenger』|感情の設計図#8

雨の日が好きだ。

鮮やかに開いた紫陽花が、雨の季節の気配を告げている。
今年もまた夏が来る。



すべての移ろいゆくものたち

雨模様…ふと思い立ち、久しぶりにこのCDジャケットを取り出した。

アメリカのピアノエモ、Jack's Mannequin(ジャックス・マネキン)の2005年デビューアルバム『Everything In Transit』。

すべての移ろいゆくものたち」とでも訳してみることにする。

フロントマンであるアンドリュー・マクマホンが故郷カリフォルニアに戻った際の孤独感や、長年連れ添った恋人との関係破綻というテーマに基づいて書き上げたコンセプトアルバムだ。

『Everything In Transit』アルバムジャケット。
カリフォルニアの少し寂しげな風を感じるアートが目を惹く。This Is A Story…(これは物語…)とも書かれている


アンドリューはそれまで所属していたバンド(Something Corporate)の活動休止後、2004年の夏を久しぶりに地元で過ごしながらスケッチブックに歌詞を書き溜め、本アルバムの楽曲群を制作した。

こうして生まれた曲の歌詞は、過去の作品よりも個人的かつ暗示的で、一人称視点で内省的に心情を綴るスタイルとなっている。

『Everything in Transit』は全米ビルボードチャートで37位を記録し、ポップロック/ピアノロックの名作として高く評価された。その8曲目に『Kill the Messenger』は位置している。



張り裂けそうな喪失の歌

イントロは、緊張と不安に満ちたピアノの不協和音ととも始まる。

キーはおそらくDメジャーまたはBマイナー。
解決感が弱く、「止まらずに次に行ってしまう感じ」を演出している。

そこにアンドリューの高音ボーカルが入る。

Oh my God, this hurts like hell
I had that dream again where
I was lost for good in outer space

ああ神様、胸が張り裂けそうだ
またあの夢を見たんだ
宇宙の果てで二度と戻れなくなる夢を

『Kill the Messenger』より


楽曲全体の構造としては、A-B-A-B-C-Bのクラシックなバラード構成。

この構成は、感情を階段状に積み上げながら、最後にすこし“赦し”を帯びたクライマックスに着地させる形として非常に有効であり、「Kill the Messenger」はこのフォーマットを、痛々しくも美しく使いこなしている好例と言える。



「使者(Messenger)」は誰だったのか?

サビの部分は、以下のような歌詞で歌われる。すごく比喩的な表現だ。

Kill the messenger
I swear it's not me
It's just someone I used to know

使者を殺してくれ
誓うよ、それは僕じゃないんだ
それは、かつて僕が知っていた誰かさ

『Kill the Messenger』より

直接的には、「悪い知らせを運んでくる使者を殺すな(Don’t kill the messenger)」という慣用句への皮肉的引用である。

と同時に、象徴的な意味も隠されているように感じる。
「別れを切り出す自分自身」を、まるで他人のように客観視している。Messengerとは、感情の伝達者=本心を抑えて苦しい決断を代弁する存在。「殺してほしい」と願うほどに、自分の中の“決断者”を否定しているのだろう。

あなたにもないだろうか。

過去に重すぎる決断をしたとき、自分とは別の人格が行ったことだ…と自らを無理やりに納得させたことは。



別れ/癒しの象徴としての「雨」

歌詞にたびたび登場する「Rain」は、何を表しているのだろうか。ここにも重層的な意味が込められている。

And all I need from you
Could be the thing that
Leaves us both up here forever
I'm gonna send a little rain your way
I'm gonna send a little rain, send a little rain

僕が君に必要としてるもの
それはきっと
僕ら二人をここに永遠に縛りつけてしまう
少しだけ雨を君に送るよ
少しだけ雨を…

『Kill the Messenger』より


「雨を送る」という表現が、最初僕にはよくわからなかった。
でも聞きこんでいると、この雨にはMessengerが届けたものの両義性が宿っていることに気づく。

I'm gonna send a little rain to pour down on you
Rain that makes the flowers bloom
Rain to leave you all alone
That keeps eyelashes falling
And wishes washed away

少しだけ雨を君に降らせよう
花を咲かせる雨を
君を一人きりにする雨を
まつげから願いごとを落とすような
願いを流してしまうような雨を

『Kill the Messenger』より

癒しの象徴としての「花を咲かせる雨」
別れの象徴としての「君を一人きりにする雨」「願いを流してしまうような雨」

雨は感情の両端を振り子のように行き来しながら、ただ降りしきる。

曲の終わりに、ほのかに入るシタールの響きが懐かしさと寂しさを掻き立てる。





いなくなってしまった誰かを、去ってしまった誰かを恨み、嘆いたことがある。

でもこの歌を聴き、ふと見方を変えてみる。

そうなのだ。そこには確かに、その人と出会い笑いあえた時間があった。愛しあえた日々があった。

その人が「いた」事実は消えない。


深呼吸をして、僕はもう一度あの日を思い出す。

「雨の日が好き」
と、はにかんだ笑顔でその人は教えてくれた。

それ以来、雨が憂鬱で苦手だった僕は、なんだか雨が好きになった。


その繋がりは、確かにそこにあった。
足跡は残っている。心に刻まれている。

失ったのではなく、ずっとそこにあるのだ。

だから、大丈夫。大丈夫。だいじょうぶ。



補足:Jack's MannequinのPeople Tree

アンドリュー・マクマホンはもともと、Something Corporateという西海岸ピアノエモバンドのフロントマンだった。1stアルバム収録の『I Woke Up In A Car』は、ポップパンクとエモの交差点にピアノが鳴り響き、何とも言えない高揚感がある。若き日のアンドリューの演奏に、才能の煌めきが感じられる。

おそらくアンドリューが大きな影響を受けたであろうピアノマンのBen Foldsは、そのポップネスと繊細さでもってピアノ・ロックの礎となった。小さな息子に宛てた『Still Fiting It』の旋律の美しさ。親として涙なくして聴けない。この作品はいずれ取り上げたい。


Something CorporateからJack's Mannequinを経て、現在はアンドリュー・マクマホン・イン・ザ・ウィルダネスというプロジェクトで活動している。その瑞々しいメロディと尖ったポップネスは今もなお健在で、後続のアーティストにも影響を与え続けている。



(追記)
2020年、『Everything In Transit』再現ライブの動画を見つけた。
33分過ぎから『Kill the Messenger』は始まる。
アンドリューのかき鳴らすピアノと歌声に、あらためて酔いしれよう。



ご興味を持っていただいた方へ。他の楽曲も👇で紹介しています。
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