いのちの祈りと光:坂本龍一『Opus』|感情の設計図#1
2022年9月。東京のNHK509スタジオ。
グランドピアノの前に、ほとんど体力を失いながらも、最後の音を届けようとするひとりの芸術家がいた。
坂本龍一。
1978年のデビュー以降「教授」の愛称で親しまれ、ポップス/クラシック史に刻まれる数多くの名曲を生み出し、2023年3月に永眠。
生前最後の長編コンサート映画/アルバム『Opus』を聴いた。

『Opus』に収録されたのは、これまで教授が作ってきた数々の名曲のうち20曲。
『Merry Christmas Mr. Lawrence』
『Energy Flow』
『Tong Poo』
『Aqua』……。
そこにあるのは、装飾を削ぎ落した音の輪郭だけ。
ピアノ1台のみ。
フォルテは少なく、弱音のpp(ピアニッシモ)が目立つ。体力が落ちていたことから、ペダルは最小限だったのだろう。
音と音の「間」が呼吸のように置かれ、その静かな息づかいや沈黙さえもが音楽として成立していた。
いのちの終わりを悟ったひとりの人間の「祈り」にも似た音。
この演奏から僕は、いくつもの層に折り重なった感情を受け取った。
表層には、静けさ。
音が空気を震わせる瞬間。
中層には、哀しみと慈しみ。
穏やかながらも、どこか別れを内包した響き。
深層には、存在そのもの。
すべてを受け容れ、ただ「在る」ことの肯定。
教授は、病と闘いながらも、この録音を「自分にできる最後の仕事」として完成させた。
演奏は1日1〜2曲が限界だったと言われている。
選曲もすべて自ら。
それは、人生のアーカイブであると同時に、死を前にした者だけが語りうる再解釈だったのだろう。
『Aqua』のあまりに優しい調べに、胸を締め付けられそうになる。
教授が人生の終着点に選んだのは、ひたすらピアノと向き合い、音を鳴らすこと。
その行為が意図したのは、何かを証明することでも、誰かを説得することでもなく、“ただ在ること”“音そのものになること”だったのではないだろうか。
だからこそ僕たちも、この作品から静かに問われている。
「すべてを削ぎ落としたあとに、あなたには何が残る?」
最終曲で表題曲の「Opus」を聴き終えた。
余韻が、どこまでも静かに優しく鳴り響く。
雨の日。雲間から一瞬だけ何かが射し込んだ。
それは暗闇を美しく際立たせる、柔らかく儚い光だった。
追記:各曲の解説は、Opus公式サイトの素晴らしいコメントをぜひ参照いただきたい。
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