あとがき:サッカーを見てきた人生ごと、一本の物語にする
この本は、サッカーの文章を書いたというより、自分がサッカーを見てきた人生ごと掘り返して、一本の物語にしたものなのかもしれない。
2026年2月時点で、私は50歳になった。
50年も生きていれば、いろいろなことがある。
仕事もある。
家族もある。
若い頃の記憶もある。
忘れたつもりの悔しさもある。
思い出すと少し笑ってしまうこともある。
今でも胸の奥が熱くなる瞬間もある。
その中に、ずっとサッカーがあった。
もちろん、私はプロサッカー選手ではない。
世界を相手に戦ったわけでもない。
満員のスタジアムでゴールを決めたわけでもない。
日本代表のユニフォームを着たわけでもない。
けれど、サッカーは見てきた。
そして、やってきた。
子どもの頃、キャプテン翼に衝撃を受けた。
プラティニに憧れた。
マラドーナに心を奪われた。
Jリーグ開幕の熱を感じた。
ドーハの悲劇で頭が真っ白になった。
ジョホールバルの歓喜で深夜に絶叫した。
2002年、世界が日本に来るのを見た。
カズのゴールに泣いた。
なでしこジャパンの優勝に泣いた。
サンフレッチェ広島の初優勝に、クラブが町の記憶になっていく瞬間を見た。
ロストフの14秒で、また泣きそうになった。
ドイツ戦とスペイン戦で、日本サッカーが本当にここまで来たのかと叫んだ。
そして、自分自身もボールを蹴ってきた。
うまくいったことばかりではない。
むしろうまくいかない方が多いだろう。
悔しいこともあった。
恥ずかしいこともあった。
大敗したこともあった。
副審をやらされて、罵声を浴びたこともあった。
年齢を重ねてから、またフットサルを始め、身体を作り直し、まだ少しでも上手くなろうとしている。
サッカーは、観るものでもあり、やるものでもあった。
そして、それ以上に、人生のどこかにずっと引っかかっているものだった。
なぜ、たった1点で世界は泣くのか。
この問いから、この本は始まった。
書き進めていくうちに、分かったことがある。
人は、ゴールそのものだけで泣いているわけではない。
そのゴールまでの時間に泣いている。
その選手の人生に泣いている。
その国の歴史に泣いている。
そのクラブの苦しみに泣いている。
その町の記憶に泣いている。
自分が見てきた時間に泣いている。
サッカーは、偶然が多い競技である。
だからこそ、人はそこに意味を見つける。
意味を見つけるから、語りたくなる。
語りたくなるから、記録は記憶になる。
記憶は物語になる。
物語は、やがて神話や民話になる。
この本で書きたかったのは、まさにそのことだった。
サッカーは、世界中の庶民が参加できる、最も巨大な神話生成システムである。
この言葉は、大げさに見えるかもしれない。
けれど、ボールひとつで始まる遊びが、町を動かし、国を動かし、人生を動かしてしまうことがある。
それを、私は見てきた。
それを、世界中の人々が見てきた。
そしてこれからも、きっと見続けていく。
この本は、戦術本ではない。
ルール解説本でもない。
選手名鑑でもない。
ワールドカップ予想本でもない。
サッカーを、世界史、地政学、都市、階級、移民、貧困、家族、記憶、そして人生の物語として読み直すための本である。
サッカーをあまり観ていない人には、なぜ世界中の人がこんなにサッカーに熱狂するのかを知る入口になればうれしい。
サッカーを長く観てきた人には、自分があの試合で泣いた理由を、もう一度思い出すきっかけになればうれしい。
そして、2026年ワールドカップを観る時。
日本代表を、ただ「勝てるかどうか」だけで見ないでほしい。
このチームは何を背負っているのか。
この選手はどんな物語の続きを生きているのか。
この一つのプレーは、将来どう語られるのか。
そんな視点で観ると、サッカーはもっと深くなる。
たぶん、もっと楽しくなる。
そして、もっと泣ける。
50歳になって、あらためて思う。
サッカーを見てきてよかった。
サッカーをやってきてよかった。
サッカーに何度も泣かされてきてよかった。
人生のどこかでボールを蹴った人。
ボールを蹴ったことはなくても、代表戦の夜に胸を熱くした人。
地元クラブの勝敗に一喜一憂した人。
子どもの頃にキャプテン翼を読んだ人。
ワールドカップの深夜に、眠い目をこすりながらテレビを見た人。
そのすべての人に、サッカーの物語は開かれている。
サッカーは、今日も偶然を神話に変える。
そして私たちは、また次の一つのゴールを待っている。
そのゴールで、もしかしたら世界が泣くかもしれない。
そしてたぶん、私もまた泣くのだと思う。
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この連載は、サッカーを世界史・町・記憶・人生の物語として読み解くマガジンです。
全体の目次と読み方はこちらにまとめています。
▶ 読む前に|2026年ワールドカップを、物語として観るために
https://note.com/ka1zoku/n/n1d1568976062
