そのレール、誰が引いた? -クレイジーな友人が教えてくれたこと
海外に行くと決めたはいいものの、本当にそれを実現できるかは不確かなまま数ヶ月が過ぎていた。
日勤と夜勤の繰り返しの日々を続けていた。
そんな生活の中で、「海外に行きたい」という気持ちは、時々思い出したように顔を出しては消えていった。
看護師になるためのレールを引いて、それに沿って生きてきた今まで。
「仕事を辞めて海外に行く」
踏み出そうとしていた一歩は、私が思っていた以上に大きなものだった。
地に足をつけて生きていくのが、大人として正しい生き方だと思っていた。だから時々、自分がやろうとしていることが本当に自分の考えなのかわからなくなった。
気づけば、この話も自分の中で勝手に終わってしまいそうな気さえしていた。
そんなときだった。
私は、信頼できる“クレイジーな友人”たちに会うことにした。
二人とは大学時代に同じ部活に所属していたことで仲良くなった。
一人は大学を辞めてインドに行った。
もう一人は留年し、休学し、ワーホリに行き、3年遅れて卒業した。
私は無遅刻・無欠席の大学生活を送っていた。
なぜ休学するのか、なぜ留年するのか、なぜ大学を卒業しないのか、なぜ急にインドに行くのか。
私は「なぜ」で溢れかえっていたが、彼らはさっぱりとしていて、私のような生き方を否定することもなければ、彼らの生き方自体を正当化することもなかった。
そんな彼らの生き方がおもしろくて、好きだった。
相変わらずコロナが世間から消えてはいなかったが、東京都が発表したGoToなんちゃらのおかげか、ようやく街も賑わいが戻ろうとしてい頃だった。
「私、海外行ってみようと思うんだよね」
私は二人にそう言ってみた。
仕事帰りらしいスーツ姿のおじさんばかりの店内。
その中で、一人は黒のハイネックにジーパン。
もう一人はバスケットボールのユニフォームみたいな格好をしていた。
相変わらず場違いな二人だった。
すると二人はほとんど間を置かずにこう言った。
「なるほどね、そう言うと思ったよ」
「KANAらしさがやっと出てきたね」
なぜそう言うと思ったのか、なぜこれが私らしさなのか。
今思ってもよくわからない。
でも、その場にいた私は嬉しかった。
否定せず、大袈裟に褒められもせず。
ただ「いいノリ」で聞いてくれたことが嬉しかった。
そして、「でも、実現できるかわからないけどね」と、たった10秒前に自分で言ったことに保険をかけた私に、
「いいんだよ、こういうのは。口に出して誰かに言うことがいいんだよ」
と言った。
「ほう…」と思った。
できるかわからないことを口に出すのは嫌いだった私。
「できなかった人」になるのが嫌だったからだ。
でも彼らは違った。
私は、できない理由を探していた。
彼らは、できる理由を探していた。
彼らが大学時代にやっていたことは、きっとこういうことだったのだと思う。
自分の心が向く方向へ進んでみること。
看護師になることだって、幼いときに私は自分で決めた。
なれるかどうかなんてわからないまま、
ただ「なりたい」という気持ちだけを頼りに、その方法を調べて、勉強して、受験して、気付けば夢を叶えていた。
あれだって、誰かが用意したレールではなかった。
幼いとき自分が頑張って引き始めたレールだった。
いつからか、そのことを忘れていた。
だったら、「出来るかわからない」と言った、海外にいくことだって、
あのときと同じように、頑張って自分でレールを引けばいい話ではないか。
大人になると、意識せずとも周りを見て自分の立ち位置を理解し、
「自分はこの程度だろう」と生きていきがちになる。
私もそうなっていた。
だが、クレイジーな友人のおかげで、
もう一度新しい方向に進むためのレールを引けそうな気がした。
その先に何があるかは、まだわからない。
でも、自分で引くレールなら悪くない。
そう思える、夜だった。
