【古賀コン8】 ボーリング場にて
「ボーリングでもしませんか?」
さらっと言えたと思う。
別にカラオケでも飲みでもいいけど、まあ今回はたまたま頭に浮かんだボーリングで、って感じで。
「いいですね。わぁ久しぶり。昔はけっこうやってたんですけどね」
そう言ってミソノさんはふふって小さく笑った。
ふふって私も笑い返す。
笑っててミソノさん。あとでコテンパンにのすから。
ミソノさんは、社内で唯一私が心を開き、そして唯一憎む存在だった。
物心ついてからこっち、私はずっとぼっちを極めてきた。
ただのぼっちと言わないで?
悲しいトライアンドエラーと心すり切れるよなアップデートを経て、私のぼっちは洗練を重ねて究極に近づいていた。
すなわち重さを感じさせないさりげない孤立化。奥ゆかしいあえてひとり感。おしゃれは言い過ぎだとしても、むしろなんか感じがいいかも? と錯覚させるようなぼっち。
それが私の目指すぼっちゴール、ぼっち完成系だった。
ミソノさんは、まさにそんなぼっちを体現してる人だった。
野暮と小綺麗の真ん中あたりに位置する、ゆるいまとめ髪やメイク。
無地を基調とした、地味で控えめなファッション。
特に意味を持たない無味無臭の会話。そして透明感あふれる薄い存在感。
私が狂おしく求めてきた「無難のすべて」がそこにあった。
共感が憧れに、そして憧れが嫉妬に。
いまや私はミソノさんの姿を見ることさえ耐え難い苦痛となっていた。
「ボーリングするって知ってたらいろいろと準備したのに。シューズとか?」
「大丈夫ですよ、今は何でも貸してくれますから」
明るくそう返すが、ミソノさんがマイシューズまで持っていたことにちょっと慄く。
思ったよりもやり込んでいたのかもしれない。まあ負けないけど。
ボーリングは人間性が顕になるスポーツだ。
私はゲームを通じて、ミソノさんの本性を暴きたいと思っていた。
そのスカしたぼっち仮面の下のほんとうの顔をね?
ボーリング場で受付を済ませ、お互いシューズその他を選ぶ。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか?」
声をかけると、アキレス腱を伸ばしていたミソノさんがうんってうなずいた。
カウントダウンボタンを押してそれぞれのコーナーに立つ。
うわついた呼吸を整える。はじまる。
「……5・4・3・2・1!」
電子音がスタートを告げ、私たちはマシンに乗り込んだ。
ぎゅギュギュ湯ぎゅ具ゆゆゆっぐぎゅ湯yぎゅyぐっユッギュウユぃーん!
だだだっだっだだあダダダああだだあっだだあだダダダダダダダダダダダダだっっだだだー!
揺れよ地面! 掘られよ穴!
世に新しい穴が生まれる。どこに繋がっているのか、誰も知らぬ穴が。
今日私が選んだ掘削マシンは、スクリュー式のドリルが付いたごくごく一般的なタイプ。ただしこだわりは、スピードよりもパワー重視にしたところ。
ミソノさんは、叩いて掘るパーカッションタイプを選んでいた。
攻めてる。私を、戦う相手と認めてるんだミソノさん。
ハンドルを握る手に力がこもる。
はじめに掘り出されたのは、4歳のときの記憶だ。
かわいいキャラものハンカチを自慢し合う友だちのなかで、おずおずとガーゼハンカチを見せる自分。
ガーゼってね、やわらかいの。水もよく吸うし。小さなお花の模様もついているよ?
心の中でひとり、ガーゼの擁護を考えていた。
意地悪されたわけじゃない。ただみんな、なにも言わなかっただけ。
次は1年生の記憶。
仲良しだと思っていたお友だちのお誕生会に、自分が呼ばれないとわかったときの強がり。
聞こえてないよってフリをしながら、熱心に見ていた窓枠の銀。
係ぎめで相手が決まらなかったこと。
女子が3人の遠足班で、浮いている自分を持て余していたこと。
せっかく誘ってくれてた休日の買い物で、なにを話して良いかわからず、靴下屋で3足1000円の靴下の組み合わせに悩み続けていたこと……。
ああつらい。生きるって。
めんどくさいな、私って。
しんどい。心が痛い。
ああ、どうして私だけがこんなことになってるんだろ?
それなのに、私の掘削ゲージはまだ半分もいっていないのだ。
この先には、私の心のいちばん奥には、一体なにがあるんだろう?
自分でも知らない、もしかしたら知らなくてもいいほんとうの気持ち。
そこにどこまで私は近づけるんだろう?
チラッと対戦相手のデータ画面を見る。
ミソノさんは掘っていた。果敢に。躊躇せずに。
自分の心を見つめて真っ直ぐに掘り進めていた。
こわい。初めて感じる恐怖だった。
いやだめでしょ、そんなこと言っちゃ。
だって、私からぼっちをとったらなにが残るの?
なにもないじゃないの。
気を取り直して、ハンドルを握り直す。
高校生になったら変わるかと思った。
大学生になったら、社会人になったら。
いつか楽に生きられるときが来るんじゃないかと。
こない。そんな日は来なかった。
いや、楽ってなんなん?
私はどうしたいのか?
友だちがほしいの?
群れたいの? 人並みに。
そう、人並みってなんだ?
なに人並みってえ!!
私は、私は、たぶんなんか正解がほしかったんだ。
なんでもいいから。
自分で正解がわからないから。
安心したいの。はじっこでいいから。
誰かに、それで合ってるって言ってほしかったの。
ミソノさん。あなたは知ってるんですか正解を?
そうなの?
ねえ? ねえねえ!
ああ無理。もう無理。
私はここまでだ。
マシンのスイッチをオフにする。音が止む。
だめだ。これ以上掘り進めることは、私にはできない。
だがミソノさんは止まらない。
果てしなく続く掘削ゲージを一定のスピードで塗りつぶしていく。
画面に映る運転席のミソノさんの目は、ゴーグル越しにも光が感じられなかった。
負けた。格が、器が違うのだ。
あの人は軽やかにみえるぼっちの裏で、どこまで深く心を見つめてきたんだろう。
底なしの暗闇みたいなその目で。
そして今、一体なにを掘り出しているのだろう?
「あ、終わった? やった私の勝ちだね?」
喜びの言葉とは裏腹に、ミソノさんの目にはまだ光がもどらない。
いつもなら、爽やかな笑顔を貼り付けているのに。
私は泣いていた。
負けた悔しさなんかもうじゃなくって、ミソノさんの底なしの暗い穴への恐怖と畏怖と同情と。
救われることを望んでさえいない潔さと淋しさと孤独と。
そんなにも尊くて大きな、美しい闇と対峙して、私は泣くしかなかった。
「さすがにお腹が空きました。なにか食べて帰りましょうか」
ふふっと笑ってそう言うミソノさんの目には、少しずつ嘘くさい光が戻り始めていた。
私は笑うことなどとてもできなかったけれど、うんってうなずくことにした。
*こちらは、私設&伝説の文芸奇祭・古賀コン8(テーマ「孤高の天才未満」) 応募作品です。
「募集期間内に1時間で書き上げた新作に限ります。(字数制限なし)」という規定通り、あわてふためいて書いたため誤字等ありますが、記念にそのまま残しています。
**後日、古賀コン8にて双翼大蛙双翼特別勲章賞を頂戴いたしました!
ありがとうございました!!
