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物への愛


近所にパン屋さんができるようだ。


その建物は、最近になってほとんどの工事が終わった。小さめの平屋で、住居用のおうちかなと思っていたが、大通りにおおきい出入口があったから、お店かもしれないと楽しみにしていた。

わたしがひとりで出かけた日、ひとりで自転車をこいで近所をプラプラしていた夫から連絡がきた。
「あそこ、パン屋さんになるみたいだよ」


「あそこ、パン屋さんになるみたいだよ」



なんて甘い言葉なのだろうか……。

近所にパン屋さんができることが確定した。
近所にパン屋さんができることほど嬉しいことはない。
カフェでもいいけど、パン屋さんのほうがなんとなく嬉しさが勝る気がする。カフェでも嬉しいからカフェも増えてほしいです、ということは書き記しておく。


わたしの住んでる地域には歩いていける範囲においしいパン屋さんが2つある。
車で数分の範囲を含めるともう少し多くなる。
だから頻繁にパンを買ってしまうのだが、その選択肢が増えるというのは、なんて贅沢なことだろうか。
ここはパン屋激戦区になってしまうんじゃないだろうか。


わたしがこの地域に住み始めて5年ほどたつ。
5年前は「まあそんなにお店はないけど、落ち着いてるし交通の便もいいし住みやすいよね」といった印象であった。


それが、この5年でどんどんと家が増え、この2年ほどで少しずつお店も増えてきた。


家が増えなくても、お店が増えなくても、この地域のことは好きだったけど、やはりお店が増えてくるとあからさまに嬉しくなる。


住んでいる地域が明るくなると嬉しくなる、という感覚は初めてかもしれない。
生まれた実家はお店が増える可能性が0に近い田舎、というよりも山だったし、その後にひとり暮らしで住んだ場所たちも「借りぐらし」の気持ちが強かった。
ふわふわと、流れついてここにいるだけで、なんとなく、しかし殺伐と暮らす。
「この地域はわたしの地域だ」という感覚はなかった。


今は家があり、そこには愛しの生き物たちがいて、ここにいてもいいという安心感や、自分はここにいるのが当たり前の存在だ、という気持ちがある。
そういう愛しの家があるから、その家が存在する地域のことも愛しく思えているのだろうか。


ひとりで出かけた時に立ち読みした本で「人はなぜ物を愛するのか」というタイトルのものがあった。
わたしは物を愛するたちで、お気に入りの物に囲まれて暮らしたいという欲求がつよい。これは今まで生きてきてどんどんつよくなってきている。
「物」のなかにはきっと家も含まれているだろう。家への愛。住む場所としての役割だけで家をみるのではなく、家そのものへの愛。
この本は気になるからそのうち買おうと思っている。


愛しい家、があるのは幸せなことだ。
それを持っていなかった頃のわたしもわたしで、その頃のわたしのこともわたしは好きで、感謝している。それでも、今の安心感の強いわたしになれて良かった。




トップ写真は都会のパン。
都会はパン屋で生ドーナツが買えるようだ。
生ドーナツは生ドーナツ屋さんだけのものではなかった。


だれウマさんのたらこパスタが一番わたしの口に合う。

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