天王寺~阿倍野~新今宮 powerd by miyuma のーこさん

フォロワー様400人記念応援企画(クローズド)の記事です。


近鉄前交差点の北東にJR天王寺駅が、南東に近鉄阿部野橋駅がある。
あべの筋沿いに路面電車(阪堺電車)の始発駅もあり、住吉大社への初詣ではこれに乗る。

私の初めてのマクドナルド体験も、吉野家体験も、この交差点に面した店舗である。1970年代のこと。
高校時代には、同じマクドナルドの前で彼女と待ち合わせて一緒に登校していた。前夜書いた手紙を交換したのもここ。1980年代のこと。

交差点をあびこ筋沿いに少し東に歩くと、デビュー前のコブクロが路上ライブしていたアポロビルがある。そのまま大阪市立大学病院、阿倍野交差点を過ぎると、JRの新今宮駅。新世界、通天閣の入口だ。ソース二度付け禁止の串カツ屋や、ガラスウィンドウの将棋クラブ前では、昼間から顔を赤らめたおじさん達が楽しそうにしている。映画「王将」、西加奈子の「通天閣」、漫画「じゃりン子ちえ」等の舞台でもある。

通天閣へは、あびこ筋の北側に面する天王寺公園を通り抜けても行ける。ただし、彼女とのデートで通り抜けるときには注意が必要だ。前から歩いてきたおじさんに胸をわしづかみにされることがあるためだ。わしづかみおじさんはその後走って逃げるでもなく、悠然と歩いて去っていく。
ここの公園にはブルーシートでできた露店が出ていて、靴が片足単位で売られている。また、10円玉を10円で売っている。ダンボール紙を引きちぎったものに、「この10円、10円」と書かれてある。
あでやかな振袖を着たおじいちゃんがカラオケを歌いながら踊っている。隣接する天王寺動物園にパンダが来た時には、パンダは音に敏感だとして、舎の近くから振袖おじいさんを撤去することになり物議を醸した。

あびこ筋から新世界とは反対方向に少し行くと、飛田新地がある。いわゆる遊郭街で、今でも160軒の料亭(飛田新地の遊郭は「料亭」と呼ばれる)が軒を連ねている。ここは一切の取材拒否の色街としても知られている。

日雇い労働者の町、あいりん地区もこの近くだ。私が大阪にいたころには、しばしばロサンゼルス暴動並みの、日雇い労働者による暴動(西成暴動)が起こっていた。最近では、リンゼイ・アン・ホーカー事件の市橋達也が一時身を隠していたことでも知られる。


今でこそ「あいりん=愛隣」はこの一部地域のことを指すが、「愛隣的空間」は今日書いた、天王寺から新今宮一帯を指していた。
あいりん地区は、近代化に伴う無産大衆の大量創出をもって語られることが多いが、実はもっと以前から存在していたものだ。土地を捨てて逃亡した人、病気で村に住めなくなった人、やむに止まれぬ事情で居場所を失った人を、何らの詮索することなく受容していたこの地域は、聖徳太子建立の四天王寺を成立の起点としている。悲田院町等の地名にもその史実は刻みこまれている。(悲田院は仏教思想に基づき貧しい人や孤児を救うために作られた施設)。

ただこの「愛隣的空間」、中途半端な憐憫や同情は一切はね付けられ、他者への依存や甘えは唾棄される。「最後の庇護の場所」で必要なのは、徹底した独立不羈の心構えだ。そういう者たちの間にだけ精神的な紐帯が生じ、危機にあっては愛隣精神が発露する。自助あっての公助ということである。


そんな歴史を持つこの地域だが、近年は再開発が進んでいる。近鉄前の交差点には、高さ日本一のビル「あべのハルカス」が立ち、たくさんの大衆酒場があったあべの銀座周辺は巨大ショッピングモールに変わった。新世界には近々、星のリゾートがオープンするらしい。

千四百年の歴史を持つ、自立した弱者への受容空間が、資本強者たちの草刈り場へ変わっていくということだ。

2025年 大阪では万博が開かれる。



さて、今日の肩書欄の miyuma のーこさん は、ピリカグランプリで私と同じくルーキー賞を受賞された創作のライバル(?)である。みんなの俳句大会でも、一次ラウンドを通過された実力者だ。
阿倍野は九州在住ののーこさんと、ご家族にとっても思い出の地である。

miyuma のーこさんを応援しています。






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