沙々杯 かっちー賞6句 発表
跳ね翔んで青天井の手毬かな
てまり
大好きな一句。
「跳ね翔んで青天井の」と「手毬かな」のアンバランス感が素晴らしい。
手毬は昔からおもに女児の遊具で、ゴムまりが一般的になってからはもっぱら鑑賞用の工芸品。「愛らしい」「美しい」が手毬のイメージではないか。
しかし句中では、手毬自らが力強い意思を持ち、跳ね翔んでいるかの印象を受ける。女児が地面についた手毬が青天井に跳ね飛ぶのは不自然だ。
南総里見八犬伝の、八つの玉が数珠から飛び散るシーン、ドラゴンボールのシェンロンが登場するシーンを思い起こさせる。「愛らしく」「美しい」球体に秘められた「力強さ」「勇ましさ」。
深読みすると、自己評価と他者評価のギャップや、飛躍、飛翔、自由への憧憬とも読み取れるが、これは作者「てまり」さんのみぞ知るところか。
降り止みて動くもの無し雪の庭
ジランケン
私が詠みたくて詠めなかった一句。
雪が降り止んだ庭に動くものが無い、ではない。動くものが無いことを認識している「私」である。
人間は目からの刺激が圧倒的で、視覚情報を全て脳に送るとパンクする。なので無意識的に情報の取捨選択をしながら生活しているが、普段なら見えるものが雪に覆われて情報量が減ると、枝から落ちる雪や、小動物などの些細な動きにも鋭敏になる。
動くものを認知していないのではなく、動くものがないことを認知している状態。ちょっとメタ感が上がった自分に自覚的になるということだ。
私は、些細な動きに鋭敏になった私を詠もうとして諦めたが、動くもの無し、を詠めばよかったのか。
アポロ杯決勝ラウンド進出、白杯金賞の貫禄。
紅絹裏のちらりちらりと雪もよい
deko
技巧の一句。
白銀のバックに紅色の組み合わせは、冬の鉄板カラーリング。紅色に持ってくるものは、寒椿、寒梅、南天などが定番か。
本句の紅は「紅絹裏のちらりちらり」。紅絹裏はきものの紅色の絹の裏地のこと。本フレーズが艶っぽいのは説明不要だが、白色と紅色の対比においても効果的と思う。寒梅、寒椿、南天の紅も、白地に対してささやかなのが良い。多すぎても興醒めするのは「紅絹裏」に通ずる。「ちらりちらり」が効いているのだ。
白銀のバックグラウンドを「雪もよい」と描写したところがたまらなく好き。あればよいという感じで、なんなら無くてもよい。それほどのこだわりを感じさせない。雪中の寒梅のように白地あっての紅ではなく、絹裏の紅の添え物としての白。一層、艶っぽい。
冬の月眠れぬ夜のための本
junchan
無駄のない一句。
他の5句と毛並みの違う句を一つ入れた。
眠れない夜を予見して、これをやり過ごすための本を仕入れて家路へ。見上げれば空には冴ゆる冬の月といった感じか。
冬の月、眠れぬ夜、本。孤独を連想させるワードが並ぶものの悲壮感はなく、むしろ凛としている。眠れぬ夜のその先にある希望が感じられ、不思議と爽やかな印象を抱かされる句。自転車に乗って古書店巡りをしていた学生時代のことを思い出した。
白賞一位句なので、これ以上はそちらに譲る。
雪景色湯船に蕩ける影ふたつ
沙々良まど夏
幻想と余韻の一句。
草津の湯畑や、雪原の湯治場。雪の白+湯気の白の組み合わせは、それだけで幻想的な美しさがあって大好きな情景。
全体をそんな空気に覆われた本句において、一層の幻想感、余韻を作り出しているのが「湯船に蕩ける影ふたつ」。このフレーズが素晴らしい。湯気にぼやけた二つの影がどういう人物で、どういう関係なのかも、ぼやっとしている。
「湯船に蕩ける」が想像力を掻き立てるものの、父親と息子、母親と娘、夫婦、姉妹、全くの他人同士、色々考えられる。芥川龍之介「薮の中」の読後のような面白い余韻。こんな句も詠んでみたいと思わされた一句。
子が笑う真っ赤な鼻に溶ける雪
丸家れい
これでいいやん、の一句。
丸家れいさんは、そのまま過ぎて捻りがないとおっしゃっていた。しかし、私が思う名句には「そのまま」の句が多い。菜の花や月は東に日は西に(与謝蕪村)荒海や佐渡によこたふ天の河(松尾芭蕉)。いずれも「そのまま」である。
複数事物の位置関係を17音でバチッと言えれば、それだけでそれなりにカッコよくなると思っている。本句に出てくる事物は、笑う子供の顔、その中心にある赤い鼻、その上で溶ける白い雪だ。この順番どおり過不足なく17音でバチッとハマっている。音として気持ちよくハマると情景もクリアに浮かぶ。赤ら顔で笑う子供が、句から飛び出して来そうだ。
一見平凡そうなモチーフも、シャープに切り取られれば非凡になる。類想恐るに足りずである。
以上6名
沙々杯かっちー賞の受賞者です
おめでとうございます
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