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バブル崩壊と音楽シーン

「曲から一句」企画で大瀧詠一やナイアガラトライアングルを紹介したところ、80年代の同世代トークで盛り上がってばかりでけしからん、とお叱りを受けたので弁明。

カルチャーシーンを語るのは、やはり80年代〜90年代前半が楽しい。青春時代を過ごした時期だというのもあるが、時代的なものもある。

80年代前半のシーンには、業界全体でバブルの時代へ向かっていこうとする高揚感があった。大瀧詠一のほか、山下達郎、佐野元春、サザンオールスターズ等の奏でるポップな楽曲は、アゲアゲの時代を迎える気分にとてもフィットしていた。聖子ちゃんに始まる80年代アイドルに楽曲提供していたのも、松本隆、筒美京平、細野晴臣らポップス界の巨人たち。時代全体でC調なハーモニーを作りあげていた印象がある。

80年代後半にバブルに突入し、「なんでもかんでもみんな踊りを踊っている」時代の幕が上がる。夕ニャン、元気が出るテレビ、イカ天を通じて、パンピーがレコードを出し、ステージに上がるようになった。いわば一億総文化祭時代で楽しかった。素人同然のコンテンツも多かったが、X-JAPAN、たま、ブランキージェットシティ、Begin等、後のトレンドに影響を与えるアーティストもたくさん生まれた。

ここまでの音楽は、青春のキラキラした想い出もそうだが、華やかでポップな時代の印象と共にある。ドライブ、サーフ&スノー、ダイビング、東京ラブストーリーの世界。


さて、そんな流れからの90年代。バブルが弾け、阪神大震災、オウム事件が起こり、時代は不穏な世紀末の空気に包まれた。この時期における音楽のメインストリームを俯瞰すると、大きく3つの流れがあったように思う。

①現実を見なかったことにして踊りを踊り続ける、小室ファミリー、つんくファミリー、沖縄アクターズスクール、ビジュアル系バンド等の流れ。
②バブルを諦めて70年代頃の日常に戻る、19、ゆず、奥田民生、Puffy等の流れ。
③現実を直視した結果、メンタルくらう、Cocco、椎名林檎、鬼束ちひろ等の流れ。

個人的に、
①は現実逃避感が受け入れがたかった。証券会社や銀行が破綻する中「日本の未来はウォウウォウウォウウォウ」と言われてもなぁ、という感じ。ちなみにジュリアナ東京オープンもバブル崩壊の91年。よっぽどお立ち台から降りたくなかったのだろう。
②もなんか嘘っぽかった。ゆずや民生やPuffyは嫌いではない。しかし、日常に戻ろう系楽曲の歌詞は「ありがとう」「感謝」みたいな言葉ばかりで、押し付けがましい感じがしたのだ。世界に一つだけのなんとかも、①とは別の意味で現実逃避的に思われた。
③はメンタルくらう。でも嫌いではなかった。

個別に見ると、宇多田ヒカルやスピッツや安室ちゃんのバラード等、素晴らしいものはある。しかし、シーン全体として、混乱の不協和音を奏でていた印象は拭えない。

ちなみに、この頃の私はうつ病の治療を受けている。治癒した後は、勤めていた会社を辞めて海外で2年の浪人生活を送った。日本を逃げ出したい、という思いが強くあったのだ。

そんなわけで、90年代後半から00年代の音楽について思い出そうとすると、いやな時代の空気感と、苦い想い出が同時に蘇る。うつや浪人は私だけの話だが、時代の不協和音にあたった人は結構いるのではないかと思っている。


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