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フィルターバブル

昨日、リアルの書店とAmazonなどのオンライン書店との違いについて書いた。

オンラインでは、自分の興味を起点とした書名、著者名、キーワードにより、検索結果が表示される。また、購買履歴や検索履歴に基づいてリコメンドされる。よって、モニターに表示されるのは結局は自分の世界観の反映であって、これを深めるのには便利な一方、大型書店や図書館での新しい出会いのような、世界が広がる体験、楽しさが足りないよね、というのが趣旨。

 コメント欄より。

便利な一方で、インターネット上では、フィルターバブルにはまってて、自分が見たい情報しか見えなくなっているということを意識しないと、偏った思想になりますよね

そう。昨日、書籍のこととして書いたのは、情報全般に関わる話だ。
インターネットを通じて膨大な量の情報が入手可能になったようで、個々人がアクセスする情報には偏りがある。Youtubeの推奨動画にせよ、Googleの検索結果にせよ、私に提示されるものと別の人に提示されるものとは違う。私に提示される情報は、私の検索履歴や閲覧履歴(=興味・関心)に基づいたものだ。

これをフィルターバブルというらしい。

Wikipediaより
フィルターバブル (filter bubble) とは、「インターネットの検索サイトが提供するアルゴリズムが、各ユーザーが見たくないような情報を遮断する機能」(フィルター)のせいで、まるで「泡」(バブル)の中に包まれたように、自分が見たい情報しか見えなくなること。

楽しい楽しくないの話ならそれほど問題ないかもしれないが、社会課題などでは独善的で排他的になってしまうという問題がある。自説を強化する情報ばかりにアクセスし、反対意見は目に入りづらくなるためだ。それを強く感じたのが、前回の米大統領選と、昨今のコロナ騒動。トランプ元大統領支持派と不支持派が、経済重視派と感染撲滅派が激しく対立した。

インターネット時代、両派の情報ソースは同じはずなのだが、バイアスのせいで議論が全く嚙み合わない。以前は、今より情報量が少ないながらも、反対意見を踏まえて各人がポジションを取るという空気ではなかったか。今は、両派が相手を情報弱者と見做してレッテル貼りするだけで、両派の意見、見解が止揚されていかない。

個人的には、観察者として中立を保った上で、行動者としてポジションを取るスタンスを維持したい。
少なくとも、そんな時代を生きていることを意識しておく必要があると思った次第。

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