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「使用人」として家族に仕えた私が「私は唯一無二で尊い」と思った日の話


「第3の娘」を育てるエッセイ byカチママ・タカコ 

●デパートで買い物

夫がデパートで新しいスーツを買うという。

デパートに行くのにそれなりの服装をしないとなめられる…くらいの感覚は夫にはある。その日はアニエスベーのシャツとズボン、ジャケットを着ていた。
夫は普段5万~10万のスーツが多く、15万以上のスーツは何度か買ったことがあるかな…という感じ。
今回は、立場があがることもあり、さらに普段より高級店での買い物だそうだ。

私は夫の買い物に付き合うため、老いた首や伸びたえりぐりを隠そうとチグハグな母の形見のスカーフを巻いた。数年前子どもの卒業式に買った100均の口紅を引いて、夫の車ででかけた。

デパートで夫は、いくつか迷って…Dーバンのスーツにすると決めた。
「夫が仕事の立場が変わり、改まったシーンで着ることが増えるんです」と私が言葉を添えた。
古女房が余計なことを言って、高価な買い物の場がややなごむ。


夫はいくつか試着した。
「後ろから見ると、背中の感じがラクそうね。肩にシワもでてない。やっぱり国産ブランドは日本人体型に合うのかしらね」と私が言うと、
「たしかに背中の見え方は自分じゃわからないよな」と夫は少しうれしそうにして、自信を持ってスーツをひとつ選んだ。
改まった仕事の場でも堂々と着ていけるだろう。


夫が元の服に着替えてる間、私は「無邪気に」お店の中を見回す。
お店の人と話しながら、
「背広のハンガーとベストのハンガーでは、厚みが倍くらい違うんですね!お品が良いし、ハンガーでも全然違って見えるんですね」
と言った。
その人は笑って、
「照明も服に合わせて調整してるんですよ」と得意げに教えてくれる。
一流のお店は、こんなボロ服の私だって、大切な奥様として顔を立ててくれる。


夫はまだ着替えに時間がかかっていたので、私は少し質問してみた。
「コチラのスーツは普通のドライクリーニングなんですか?『アクアプラスにされますか?』なんて、クリーニングのオプションは何が正解なんでしょう?」
その人は「基本は普通のドライクリーニングが一番無難。汗を多くかいたり汚れたりしたら、クリーニング屋さんと相談するのがいいですね」
と教えてくれた。


そんな話をしてたら夫が試着室からでてきて、受け取りの日を決めて支払いをする。
「私は30年、夫のスーツを見てきました…高級でも、紺のスーツはすぐ肘からテカテカしてくるから、今日のスーツも長持ちは期待してないです。でも夫が気持ちよく仕事してくれたらそれでいいわ。」と私は誰にともなくいった。
夫と私はうやうやしく見送られた。当たり前だよね、30万も買い物したから(笑)


幸い夫にしかられるほどではなかったけど…
私はちょっとおしゃべりし過ぎた。
ボロ服の私にも敬意をもって気持ちよく接してくれたお店の方に、リスペクトを伝えたかった。
そしてきっと…


みっともない自分を意識したくなくて、しゃべり続けるしか、身の置き場がなかったのよ。
なんだか…こういう話を昔どこかで読んだ。若草物語?赤毛のアン?デール・カーネギー?まあいいわ。


夫はさらに靴やネクタイも買った。
夫も偉い人になったんだな…当たり前のように紐を結ぶ革靴を選ぶ。

「靴の紐を結ぶ手間を惜しむヤツは出世しない」っていうよね。
その日デパートで見た紳士ビジネスシューズの半分くらいは、滑り止めやクッション性など、新しい技術がもり込まれていた。
「上等の靴は革底だと思ってたけど違うんですね」と私がお店の方にいうと、
「昔は革底が多かったのですが、今は歩きやすい工夫がされてますね」と教えてくれる。
「革底だと買ったあとに、滑り止めを貼ってもらうお店に出しますものね。あれもお高いもの」というと、お店の方は「そうですよね」と笑う。


夫は私のおしゃべりの様子をチラ見して、靴底も見ながら、靴を選ぶ。
お店の方が「改まったお席のときは、いま履かれてる靴下よりも薄手の靴下が多いのではないですか?試しに薄手の靴下をお持ちしましょうか?」
と言ってくれた。


えー?デパートの靴店は、厚みの違う試し履き用の靴下まで用意してるのか…
たぶん、私と夫にまったく同じ戸惑いがあったと思う(笑)
夫はいま自分が履いてる靴下を触り、「えーっと…」首をひねる。


私は「夫は、黒のも、こんな厚みの靴下が多いです。仕事用の靴ですし、正装用の薄い靴下のことまでは今日は考えないでもよいのではないかしら?」
と言ってみた。
夫はそうそう、とうなづく。お店の方は「わかりました」という。
大げさにお店の靴下を借りないで済んだから夫はホッとしたかも。


私の今日の役割はお店の方とのやりとりをサポートして、高い買い物の迷いを消して、よいものを選んでよかったねと夫の背中を押してあげること。


夫がいくつか試して気に入ったらしい靴を「歩きやすそうに見えるね」と私が最後の後押しをする。値段なんて見ちゃいない。夫の稼ぎで買うのだから。
夫は良さそうな一足を購入。


立派な木製のシューキーパーも買った。高いんだろうな、あれ。
エグゼクティブ感満載なお買い物である。


●ちゃんとしたコート

デパートで数時間過ごし、夫はタバコを吸いにしばらく外に出た。
夫が戻ったとき、私はエレベーター脇のベンチで、持参のプラスチックボトルの水を飲んでいた。


そのあと、夕食に食べるお惣菜を少し買って、帰宅。


この日はひたすら夫の高級なものだけ40万も買い物するのをボロ服の私は見せつけられた。
私を喫茶店に誘うことも、帰りに私のためにケーキやワインを買ってくれることもなかった。
いつものことなのに、この日は自分のための気づかいがないことを、悲しく思ってしまった。なんでかしらね。

デパートからの帰り道、車の中で、夫は、
「『ちゃんとしたコート』も持ってないから、次はバーバリーかマッキントッシュのコートを買わなくては」といった。
2-30万するよね、きっと…。


夫のコート類…10着以上ある?5万から15万くらいのもの?通勤で着古してるのもあるだろうけど…。
私のコートは10年以上前しまむらで買った7千円の中綿コート1着。

私も『ちゃんとしたコート』を持ってませんけど??
全部飲み込んで、
「そうね」って私は笑うしかなかった。

さらに夫は今後の昇給分は自分の別口座で貯金すると私に告げた。
多額の昇給はしたけど、普段、私が使う家計費が増えるとは思うな。
と、いうことのようだった。
お前には使わせない。
と、言われたようにも思った。

夫は出世して今月から15万も月収上がるのにさ……
何か女房に買ってやろうとか…思いつかなかったようだ。
私にいい格好する必要性がまったくないわけだ。
わかってたけど、この日は身に沁みて思い知らされた。
そのあと数日は1人になると泣いていた。


●1級家族と2級家族

20年前、マイホームを建てて今の家に引っ越した。


ものを減らしてすっきり住みたい、などと夫婦で話していたと思う。
引っ越しの際に私のものはかなり減らしたつもりだったが、夫は大量の服も本もCDもレコードも捨てたがらなかった。収納しきれない。


私も若かった。少し嫌味を言った。
「あなたのものを全部入れるために私のものをすべて捨てないといけないのかしらね?」

もちろん嫌味だから少し夫は不快かもしれないとは思った。
でも「だんだん減らすよ。すぐにできないけどちょっと待ってよ」みたいな返答を普通に期待していた。
私は甘かった。そして夫をよく理解していなかった。

夫は、私のその嫌味に対して真顔で
「そうやな」
といったのである。

住宅ローンのストレスもあったけど、夢や希望もある新生活のスタートのはずだった。


幼い娘二人と私は夫の稼ぎに依存して生活していた。私はうすうす感じていたこと…私は夫の対等なパートナーではないということを突きつけられた。
この家は私の家ではなく夫の家なのだ。


娘たちが成人するまで、歯を食いしばって夫の使用人をやりきらなければならないと思い知らされた。
私は自分の持ち物をさらに処分した。
夫はそれを見ても何も言わない。


いま、夫婦の寝室のクローゼットは夫の服だけだ。
私のわずかな服は玄関横の物入に押し込んでいる。

私はバカだから…
引っ越しして自分のものを捨てたある日、私は服を捨てたし、自分に使えるお金もなくて着るものもない、と夫にあてつけがましく言ってしまった。

すると…
夫は「コレ着る?」と、自分の服のお古を私に着るようにとよこすようになった。
4~5年、やけになって、夫のお古だけを擦り切れるまで着て暮らした。

夫はなんとも思わないようだった。

さすがに、どこかで心が悲鳴を上げた。
夫に「今後はお古は着ません。安物でも自分で選んだ服を少し買わせてもらいます」といった。
夫はどうでもいいようにうなづいた。こんな会話をきっと夫は忘れているだろう。


結局安物を擦り切れるまで着てるからボロ服は同じだけど、私の中では多少マシになった。


夫や娘たちは普段からブランドやはやりのものをそれなりに着ているけど、高額の支払いを見るたび、次の月末の支払いが足りるかこわくなり、私は…安物でも自分のものはさらに買えなくなった。
1000円カットも数年に一度…たいていは自分で髪を切った。

夫と娘たちは1級家族であり、私は使用人で、いわば2級家族だった。

家庭内に身分の差があった。

私はそれをわきまえて夫に仕えてきた。


●お金が足りないのは私のせい

夫はブランド服や本、ライブや映画にスポーツ観戦、人気の美容院…自分の楽しみにそこそこお金を使う。車も良いものに乗っている。


そして、娘2人、習い事もさせ、難関校にチャレンジする塾に中高通わせて、遠くの大学に行かせて仕送りもしたから経済的には大変だった。


何度か収入や支出を書き出して夫に見せて相談しようとした。
支払いが足りないことを相談すると家計を使いすぎると注意され…きつく批難された。そして足りないお金をどうするかということはうやむやになった。
だから言うのをやめた。だって相談しても何の解決もしなくて怒られるだけ。


私は家計で使いすぎなのかデータを見比べても…どちらかというと倹約してる方だった…。
そして…夫は私に家計の上限を決めろと言うけど…自分の使うお金の上限はないらしい。


おバカな私は夫にアレコレ言わないほうがいい。とくにお金のことはね。
ここ数年は物価の値上がりもすごいから…
お刺身やステーキなんかは夫と娘だけに出してる。そういう日は気づかれないように時間をずらして食事してる。


夫も子どもたちも私の不出来に我慢してきたと思う。
そして私はずっと自分の存在を負い目に思って生きてきた。

足りなければ私の貯金から出し、母の形見の宝石やカメラも売って、たまのアルバイト代も、すべて、学費と家計の足しに消えた。いま、私はもう売るものもなくてすっからかんなの。


下の子を産んで数年後、私は発達障害と診断され、それから毎月精神科に通院してadhdの薬を飲んでいる。

片付け掃除は相変わらずできなかったけど…洗濯ものを貯めないできちんと生活に間に合うようにまわしたり、ゴミ出しをきちんとできるようにはなった。
私は発達障害の育児の本やWEB情報を読みあさり、娘たちが少しでも私に似てるような弱い部分を見つけたらできるだけカバーして、そして強みを伸ばすように気をつけた。


幸い、娘たちは想像以上に優秀に育ち、それぞれ東大、北大に行った。
私よりもよほど大人で優しい娘たち。至らない母も思いやって立ててくれる。


夫も国立大学卒で…夫はよほど優秀な娘たちがうれしかったのね…

家族4人で次女の大学合格のお祝いの食卓を囲んでいたとき。
酔った夫が
「うちの家族で旧帝大出てないのはお母さんだけだね」
って、普段はあまり言わないようなブラックジョークを言った。
その場にいた娘たちが気づかうように私の顔を一瞬見た。

私は…なんて言ったのかしら。思い出せない。
「そうねー」って笑ったかしら。
聞き流してビールを冷蔵庫に取りに行ったかもしれない。


いずれにせよ夫がたしなめられたり、夫がきまり悪くなるようなことは何も起きなかった。
楽しくごちそうを食べてその日は終わった。

おめでたい席で娘たちの前で母親の私の顔をつぶして、夫は楽しいのですか?
それは、なぜですか?
私は地方私大卒…。
私が、夫に負けないようなキャリアとか稼ぎがあるなら、
「悔しかったら私くらい稼いでみなさいよ!」って明るく言い返せた。


でもね…私は稼いでない不出来な専業主婦だから…単に、家の中で立場が弱い上に学歴も最低なんだって思い知らされただけだった。

よくある、ちょっとしたジョークなのかな。
何年も覚えていて悲しく思ってしまう、私が悪いのですか?
無神経なジョークを言ってそんなことは覚えていない夫は、何も悪くないのかな?
私はそんなジョークで下に見られなければならないほど、軽蔑されるような存在なんですか?


私みたいな稼ぎもない役立たずの使用人が「妻」で「母親」だからという理由で大きな顔をして自分の稼ぎを使っていることに、いつもストレスや怒りを感じているのですか?
私が不器用でいたらなくても家事育児をして家庭を支えているということに何の貢献度も感謝も感じてないのですか?

うん。

夫に対して家族に対して、私は何の貢献もしてない。夫からのねぎらいや感謝の対象ではない。私は夫から敬意を持たれていなくて、家族内の恥ずべきお荷物なのだ。

数週間後のゴールデンウィークに、何年かぶりの家族旅行を予定してた。
娘2人は成人してて、1人は社会人。1人は遠くの大学に行って仕送り中。


夫の中では、近々こういう家族サービスの予定があったから、自分だけがたくさんお金を使ってるんじゃなくて、家族も喜ばせてる自負があったのかもね…。
でもね…私は…旅行に着ていく服も持ち物もなくて…正直なところ、相当気が重かった。
服や靴もだけど…1800円で買って6年使ってる安物のお財布は、見るからに色も剥げて外も中もボロボロ。


私は観光中、このお財布を人前で出してお店やレストランでお会計するのを想像するだけで、気が沈んだ。旅行中もかなり金額を使うだろうし…。
いつも自分がみっともないから…娘たちと一緒に写真も気が引けて…あまり写したことない。
でも、今回の旅行では、「お母さんも一緒に写真撮ってー!」って何度かはしゃいでみせようと自分に言い聞かせていた。


ともかく旅行前に、昇給分を大きく上回る次のクレカ支払いがあるのをどうしようか頭を抱えた。旅行費用の支払いもある。
そして支払いが足りなければ、私は次は何を叱られるんだろう。
ほかにもいろいろ出費予定はあって、私は思考停止していた。


●自立の覚悟

夫に使用人のように仕えてしまったけど、私が育った実家でも私は家族の中で一番下に見られて家事使用人として利用されていた。
私は自分の心を削るような、よくない関係性を繰り返してしまっていた。


長い間、身近な人たちから低く見られ続け、自分でも自分をさげすんで責めることがやめられず、私はつい最近まで、何度も、かなり具体的に、自死を考えていた。
しかし、ふと、もう自分もよい年であることに気づく。数年で年金をもらう年になる。
仮に離婚した場合、一人で生活できる可能性があるかを調べてみた。


長く専業主婦だったが、私の場合、夫の資産や年収などから計算すると、夫の定年後離婚すると財産分与としてある程度の金額をもらい、65歳から年金も月10万程度はもらえるらしい。
もちろんあくまで一般論ということで、確実ではないけど、
私はこの可能性が見えてきたことで、少し気持ちの余裕を持った。


夫といて、どうしても生きるのが辛ければ、離婚して一人になれば、生きやすくなるかもしれない。
すぐ、死ななくても良いのかもしれない。
私は、それで自死を思いとどまることができた。


あと2年で下の子の教育も終わり、その2年後夫は定年を迎える。
定年後に離婚、というのは、いまからひそかに準備していけばムリなく実現できそうだ。
それと同時に、それまでに気持ちを立て直して、だんだん仕事もしていこう。少しずつ稼ぐ努力をしよう。
精神的にも経済的にも、私は自立していくことで、夫の顔色を見すぎるのをやめていこう。
そう思った。


離婚を現実的に意識したことで、私はかなり気持ちが切り替わった。
これからの4年は、私の自立準備期間だ。私は腹をくくった。
そしてふと思った。
2年後、学費も仕送りもなくなれば、年間200万以上支出が減る。
夫も私も、経済的精神的にゆとりが出るはず。お互いに寛容さが出てくるかも。


そしてさらに、私が収入を少しでも得られるようになって…
もしも私が自分の食い扶持くらいは家計に入れられるようになったら…
そうしたら…
夫が、私を見る目が、少しは変わるかもしれない……


私が「家事使用人」ではなく、「パートナー」であることに気づくかもしれない。

2級家族ではなく1級家族に…夫の大切な家族の一人になれるかもしれない。


もしかしてもしかしたら…
私の密かな離婚と自立の覚悟こそが、夫との関係改善のきっかけになるのではないか。
あと4年…それに賭けてみようか。
期待してはいけない。でも…
4年がんばって、あきらめがついたら、次に踏み出そう。


やっとそんな気持ちになって、ちょっと前向きにがんばっていた、ある日のことだった。


夫は私を高級スーツを買うためにデパートに誘って大金を使い、
そして夫にとって私はどうでもいい存在なんだとあらためて思わされたのだった。


●「私だって新しい服がほしい」

高い買い物から数日経った朝、出勤前の夫が言った。


今回は自分が大きな買い物をしたから、次のクレカ引き落としで家計口座のお金が足りなくなるのではと気になる。
自分の別の貯金口座から必要な分を足そうと思う、とね。


20年以上、私がすっからかんになるまで黙って補填してきたのに。
まるで、初めて自分が大きな買い物して、家計を気遣ってるみたいに。
私、その時…頭の中が…「真空」になった。


気がついたら私の口が動いて
「私だって新しい服がほしい」
って小さな声で言ってた。


夫は…「心外」って顔をした。責められたと思ったのかしら。
「買えばいいやん」と面倒くさそうに言った。
今まで私のものを買ってはいけないと言ったことはない、とも言った。


私は…気づいたら夫の前で泣きわめいていた。
「私の服を買うお金はない。いつも月末支払いが足りない。
支払いが足りないのは私が家計で使いすぎるからだ。いつもあなたから叱られる。
いつもあなたが正しくて私が間違っている。
毎月、毎月、月末がこわい、いつも足りない。
私が、どんな思いでボロ服着てあなたのデパートに付き合ったと思ってるのよ…」


私は数分間、「お金が足りないー」と叫んだりゲラゲラ笑ったりしゃがんで耳をふさいだりした。
「服を買ったらいい」と夫は私をなだめてベッドに行かせた。
数分後、「落ち着いた?」と夫が私に声をかけた。


「私はヒステリー起こしても10分で落ち着かないといけないのね」とイヤミを言うと
「もう何も言わない」と夫は被害者っぽく不機嫌に黙った。
私は深呼吸して…また、泣いた。


「私はね、あなたが大好きなのよ。ずっと…いい奥さんになりたかったのに…」
と言って…黙った。
夫はモゴモゴと「ありがとう…いいやん、子どももかわいいし…」と言って部屋を出た。
少しして、夫が努力したらしくかなりやさしい声を出し「いってきます」といった。
私もなるべく普通に「いってらっしゃい」といった。

●私の「決定事項」を夫にライン

その夜夫が帰宅したあと、夕食を出してすぐ私は別室に行き、朝の話の続きはしなかった。
夜中、夫が寝たあと、翌朝夫に見てもらうための、ラインを送った。


「あなたが私の服を買えばよいとおっしゃってましたので、家族旅行に向けていくつか服や持ち物を購入します。もう何年もまともなものを買ってませんので、年相応の少し良いものを買います。明日私の買い物用に家計口座から15万下ろします。」


シンプルに「決定事項」として、「私のために15万下ろす」とだけ伝えた。
夫に、買いたいものや使いたい金額の説明も考えてみたけど…
もう夫の許可はいらないんじゃない?
夫は今朝の私のヒステリーを見て、つぎは長々と恨みを聞かされるとか、被害者ぶった長文ラインを送りつけられる…と身構えているはず。


そのストレスをショートカットして、さくっと15万で手を打てるなら、そっちにのってくる…と私は踏んだ。
この金額をいくらかでも値切ってきたら、夫はよほど「ちっさい男」だ。

私の服なんて、しまむらで1-2万買うくらいしか夫はイメージしてないはず。正直、私の買い物で、家計に結構なインパクトある金額は想定外だったろう。


いい年の妻に「服を買ったらいい」と言ってしまった手前、必要と言われたら値切れない程度の金額設定を冷静に考えた。
今回は、15万でいこう。そう決めた。
私はラインを送った時に完全に勝算があった。

翌朝「おはよう」と夫に声をかけると、夫はすぐに少し肩をすくめて体を小さくして「服を買ったらいいと思います」と言った。
なぜか敬語だ。ぷっ。
私は「ありがとう」とだけ言って朝食やゴミ出しの支度、いつもの家事をした。
それ以降、その話は夫婦間でしていない。


夫を送り出して、私はすぐ出かけて15万の現金を下ろした。
お金をおろすと…いつものショッピングモールの店内が違って見えた。
いつもは気づかないような新商品が目に入り…欲しければ私はそれを買ってもよいのだと気づいて、私は売り場で泣いていた。


家族でショッピングモールやデパートに行き、服も本も、夫と娘たちのものだけ買って帰る。それが20年以上当たり前だった。


私は自分が欲しくなりそうなものは、店内で見ないように見ないようにして、夫の買い物をほめ娘たちの世話を焼いてきた。
私は「自分のものを買うつもりで店内を眺める」ことを私に許した。

15万は大金だ。
夫は、今月末の支払いに心配ないように夫が多額のお金を家計口座に入れるそうだ。


今回だけかも…夫も私も急には変わらない。期待してはいけない。
でもね…夫から、私が使う15万をさくっと受け取った。こんなことは初めて。そして…これが最後ではない、もちろん。
始まりに過ぎない。
当面は、私は自分を大切にしてみる。


どうしても稼げなくて私の家庭内の立場が弱いところから抜け出せない…引き続き夫に仕えてしまう…夫が私を見る目が変わらない…
というのが続くなら、離婚に踏み切ることもできる。


夫を愛している。
でも、ずっと一緒にいて心地よいか、最後まで添い遂げたいか…は別。
私は経済的精神的に夫に依存し、仕えすぎた。


夫は、私の弱い立場につけ込み利用しすぎた。あまりにも下に見て無関心だった。
私たち夫婦はかなり変化が必要。お互いに。

●新興宗教ごっこ

おろした現金15万はすぐ使う気になれなかった。
翌日は、とりあえず眺めて楽しもう、と思った。
ジップロックに入れたお札を眺めてもイマイチおもしろくなくて、
ふと、ふざけて、ご本尊チックに祭壇にお祀りしてみようと思いついた。
新興宗教ごっこだ。


お札が丁度入るサイズの薄い空き箱があったので、
ジップロックの15万を入れてスマホスタンドに建ててみる。
うちにあったモンステラ(怪物)の造花の葉っぱを蓮の代わりに敷いてみた。
いいね!


そうだな…。
せっかくなので、箱に、拝みたくなるような、ありがたいそれっぽい漢字をなにか書きたい。テープライターで、シール作って貼りたいな。
なんて書こうかしら。四字熟語とか?


とりあえず、知ってる漢字の言葉を思い浮かべてみる。
なんか…かっこいいやつ…


・因果応報…こわいわ。
・風林火山…ちゃうな。
・臥薪嘗胆…重すぎる。
・唯々諾々…アカンやろ。
・欧陽菲菲(おーやんふぃーふぃー)…おっ、かっこいいかも。コレ候補のひとつ。
・「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」
…恐れ多い。しかも漢字ではない。
・厭離穢土欣求浄土(えんりえどごんぐじょうど)…ムズ過ぎ。


・天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)…あれ?コレ、どこで聞いた言葉かな…


調べると、
「この世に生まれたすべての人間は、誰とも代わることのできない唯一無二の存在であり、そのままの命が尊い」
という意味だった。


お釈迦様とバカボンのパパが、生まれてすぐ言った言葉だ。
うん、コレで行こう。
私は唯一無二で尊い。いいじゃん。


「欧陽菲菲」案はボツになった。
私はテープライターで、シールを作り、お札を入れた箱に貼った。
「天上天下唯我独尊」と唱えた。
合掌、礼拝。
それからご本尊の写真を撮って、気が済んだので、さっさと片付けた。


#創作大賞2026
#エッセイ部門


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