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仕事はコント。すべては編集。Web業界の異端児経営者が語る仕事の流儀

こんにちは!カドベヤの「なかまあつめ」チームです!

全12回にわたる「なかまあつめ」プロジェクトのnoteもいよいよ大詰め。11回目となる今回インタビューしたのは、カドベヤの取締役COO・長津孝輔(ながつ こうすけ)です。

「仕事はコントだ!」「俺はサイボーグになる!」

そんな言葉を本気で口にし、周囲を驚かせる不思議な人物ですが、仲間からの信頼は厚く、Web業界の最前線でカドベヤを率いています。しかし、Webの世界に飛び込み、今のポジションに至るまでの道のりは決して平たんではなく、挫折と挑戦の連続でした。

激動のキャリアの中で、何に迷い、何を信じて歩みを進めてきたのか。その軌跡をたどります。

【長津孝輔:取締役COO(最高執行責任者)】
日本大学芸術学部でCMプランニングを学び、クリエイターのキャリアをスタートさせる。学業と並行し、マガジンハウスのストリートカルチャー誌「relax」の編集を手伝いながら、Web制作も担当。大学卒業後は東北新社でCM制作に従事し、国際的な賞を受賞。その後、大学の先輩が立ち上げたカドベヤに入社し、現在に至る。

クリエイティブに惹かれ、クリエイティブを生む側へ

ー現在の役割・仕事内容を教えてください。

社内では、Web制作業務を担うクリエイティブ部と、クリエイターのサポートを担うエージェント部のマネジメントを主に行っています。事業責任者の立場でそれぞれの案件を把握し、方向付けしていくのが私の役割です。

一方で、行政・自治体から受ける案件や規模の大きな案件には、私がプロジェクトリーダーとして参画することもあります。COOとして経営者の顔でいなくてはいけない場面が年々増えていますが、普通にプレーヤーの一人であり、ディレクターでもある感じです。

なぜか分からないのですが、会社の肩書やチームの役割などの立場的な発言をすることをかっこわるいと感じていて、役割やキャラクターをその場その場でコロコロ変えているというのが実際のところです。

偉い人が偉そうなことを言ってるのって恥ずかしいじゃないですか。変な話ですが、全ての仕事の場面を「コント」だと思うようにしているんです。例えば、打ち合わせに参加する時には、自分の中でコント「打ち合わせ」が始まります。そのコントを成立させるために必要な役割を演じ、展開に合わせてシーンが進んでいくような発言をしているのです。

最初は仕事に飽きてしまった時の遊びとして始めたのですが、それがクセになってしまって今となっては無意識でやっています。素の自分でいるよりも明らかにパフォーマンスが上がるし、何よりもその場の温度や熱量が上がっておもしろくなるんですよね。だからこそ、肩書にとらわれないスタンスを大切にし、何にでも変化できるようにしています。

ークリエイターのキャリアを歩み始めたきっかけを教えてください。

ねぶた師の祖父の影響もあり、もともと何かをつくることに対する関心が高かったんだと思います。あんまりイメージできないかもしれないですが、ねぶたがある町って、心のどこかにいつもねぶたがある暮らしなんですよ。

祖父は町内会長でもあったんですが、町自体の運営にもねぶたが根ざしてる。毎年8月にある年に一度の祭りに向けて、だんだん町全体が結束していき、本番に向けてみんなで踊りの練習をしたり、笛や太鼓を練習したり。クリエイティブなものの周りに人が集まり、文化が生まれていくことのダイナミズムみたいなものを、幼い頃から肌で感じていました。しかも毎年。

そんな私が大学受験を迎えた90年代は、CMが最もクリエイティブだった時代。売ることに主眼が置かれた今のCMとは異なり、文化的で、アート的でした。

映画みたいな素敵な映像が流れた後に、ちっちゃく企業のロゴが表示されるような感じで、おしゃれだったというか。

企業はCMを通じて自社の文化を伝え、広げようとしていたんだと思います。たぶん、今なんかよりもずっと豊かだったんでしょうね。

そんな粋なCMに惹かれ、大学でCMプランニングを学ぶことにしました。大学で何をしていたかと言うと、ほぼ大喜利大会です(笑) 。先生から商品やターゲットなどのお題が示され、学生がCMの絵コンテを書いて発表していました。

私もその一人ですが、おもしろさを追求してあえてボケに走る学生もいましたね。当時は変な授業だなと思っていましたが、今考えるとアイデアをいったん自由に拡散させるためのものだったのかなと捉えています。

ターゲットを決めて、伝えたいポイントを決めて、15秒とか30秒とかの制約がある中でメッセージを考えていくと、どこかで見たことがあるようなありきたりなものになるんですよね。授業でもありきたりなコンテはかぶってしまい、新しかったり、おもしろかったりするものだけが印象に残って講評される。遊びみたいな気持ちでやってましたが、クリエイティブの結構深いところを学んでいたのかもしれません。

とはいえ、実際は大学よりもアルバイトをしていた雑誌の編集の仕事に熱中していました。青森の田舎にいた私にとって、毎月雑誌で見ていた東京は憧れそのもの。その編集に携われていることがうれしくて、毎日ワクワクしていました。著名なアーティストがふらっと訪れるような遊びと仕事が入り混じる空間で、新しいコンテンツが作られていく様子を目の当たりにしていました。

Web制作を本格的に始めたのもこの頃です。誌面のショップページをWebでも展開したり、flashでアニメーションを作ったりしていました。周りに詳しい人がいなかったのですべて独学で勉強していたのですが、この時に身に付けたスキルは後々活かされましたね。

ー大学卒業後はどのようにキャリアを積み上げていったのですか。

在学中からwebや映像を作っていたこともあり、特に就職活動もしておらず、卒業後はフリーランスとして働いていました。しかし、大学時代にお世話になった先生から突然電話がかかってきて、「ぷらぷらするな」とCM制作会社を紹介され、入社することになりました。当時はWebとマス広告の統合ブランディングが各社の課題だったので、私のような何でもやってる若者は貴重な人材だったんだと思います。

一番下っ端の見習いの立場でCMの制作進行を担当し、激務の日々を送っていたのですが、映像とWebを融合させたマルチメディアの制作プロジェクトに加わったことが転機となりました。Webディレクションをできる人間が私しかいなかったので、Webの制作進行をしながら、CMの制作も昼夜問わずにずっとやる過酷な仕事です。

そして、撮影中に過労で倒れた先輩の代わりに、入社1年目の私がカチンコを持ってCM撮影の現場の指揮をとることになったんです。私もぶっ倒れたかったですが、もうやるしかないと腹を決め、必死に取り組んだ結果、国際的な賞を受賞できました

そこで自信をつけた私は、CM制作会社を退職。大学の先輩であり、現代表の水野がやっていた映像制作会社のカドベヤに「Web事業やります」と言って入社しました。ラッキーなことに業績は最初から好調で、当時流行っていたデスクトップウィジェットの制作案件では大きな利益が出ていました。また、大手通信会社のサイト制作案件を引き受けたことをきっかけに、Webサイトを制作し、運用・改善に必要な人材を送り出すというビジネスモデルが確立できました。

組織ができてくると、はったりとハードワークの勢い任せのやり方だけでは通用しないことも実感し、「真面目に働いて、ちゃんとした会社を作っていこう」と水野や瀬尾と中野坂上のジョナサンで話し合ったのをよく覚えています。

ークリエイター・ディレクターとしてのスキルはどのように伸ばしていったのですか?

次々と訪れる修羅場を乗り切るために、スキルを伸ばすしかなかったんです。案件によっては、徹夜なんて当たり前でした、、、。お客様からもどんどん新しい要望が出てくるので、現場にどう落とし込んでいくのか、どこまでできるのかを考え続けなければなりません。そうすると、必要に駆られて技術的な理解が自然と深まりますし、制作進行のスキルも鍛えられていくんですよね。

自分が陣頭に立って指揮する以上、「できません」はあり得ない。絶対にやりきるためにどうしたらいいのかを高速で考え続けたことが、結果的にスキルを高めてくれたのだと思います。

迷走した先で「師匠」と出会い、活路を見いだした

ー編集工学者・松岡正剛さんに大きな影響を受けているようですね。

2011年に東日本大震災が起きた時、祖父の通夜に向かう途中の新幹線で私は被災しました。自分の生き方を方向付けてくれた祖父がいなくなり、暗いトンネルの中で止まってしまった新幹線の中でこのままお金のためだけ働き続けていいのかと思ったんですよ。

そこからしばらく迷走期に入り、マーケティング理論を学んだり、地方の偏愛や低山登山に焦点を当てたサロンを会社の会議室で開いたり、地域活性に勝機があるのではないかといろいろな地方を回ってみたり、お金にならないことにもたくさんトライしました。その中で、活路を見いだすきっかけになったのが、松岡正剛さんとの出会いです。

https://book.asahi.com/article/15395919より引用

松岡さんのWebサイト「千夜千冊」で目にした記事に感銘を受け、編集工学研究所のイベントに参加してみたんです。そこで、Webサイトに関するアンケートにたくさんアイデアを書いたら翌週から会議に呼ばれるようになり、その後週に2〜3回は足を運んで入り浸っていました。

私は仕事と遊びの境目がない人間で、知的好奇心が向く先にはまず行ってみるんです。その時も、仕事につながるかどうかは関係なく、とにかく松岡さんのすべてを学ぶために私淑していました。

ー松岡さんからは具体的に何を学んだのですか。

当時の私はマーケティングを勉強していたのですが、市場のニーズだけを起点にプロダクトを変えていくという考え方に納得できない思いがありました。売れなければ意味がないという発想は、突き詰めていくと消費者に届かなければ存在価値がないということになりがちなのです。

私が大好きなねぶたや雑誌や当時のCMなど、作り手自身の想いや遊びみたいなものを中心にして発生した文化はマーケティングでは説明がつかないと思っていました。そんな時に松岡さんが教えてくれたのは、市場の不特定多数に迎合せず、自分一人で世界と対峙しなさいということでした。


松岡さんの仕事場には、数学者のガウスの言葉で「Pauca sed Matura」というラテン語が掲げられているんです。「少数なれど熟したり」という意味らしく、本当に大事なのは「特定少数」なんだと言われているようでガツンときちゃったんですよね。特定少数に対して自分という存在を響かせていれば、いずれ文化が形成され、自然に経済が生み出されていくんだと解釈しました。

人間とその知を起点とする考え方に納得感があり、心を打たれましたね。私がクリエイター自身の志向やフェチを重視するようになったのは、こういった経験が背景にあるのかもしれません。

また、松岡さんは「編集とは伏せて開けることである」という話もよくしていました。例えば、自分が何か突拍子もないことを友達に話したとして、相手の頭の中には「なぜ?」「どうやって?」などの5W1Hが自動的に伏せられた状態になるんです。会話の中でそれを順番にオープンしていくわけですが、どの順番で開けて、どんなことが書いてあったら伝わるかを考えながら話しますよね?それが編集です。

5W1Hを例に出しましたけど、どんな風に伏せられるかにもいろんなパターンがあるし、どのように開けるか、何が書いてあったらおもしろいかなどに技術というか方法があるわけで、それを体系化したものが編集工学。コンテンツには座布団が必要なんですよね。

仕事においても、相手が欲している情報を的確に編集し、提示していくことって重要ですよね。お客様とのコミュニケーションも日々の打ち合わせも、報告書の作成もすべて編集するということなんです。

社会との関わりが充実感を生み出し、クリエイターを育てる

ー迷走期を抜け、ベネフィット事業に注力し始めた理由を教えてください。

社会課題・文化・教育との関わりを重視したベネフィット事業に注力し始めたのは、充実感を持ちながら仕事に向き合えるクリエイター集団を作りたいと思ったからです。

誤解を恐れず言うと、クライアントから依頼された仕事をただこなしていくことが制作会社の役割です。そこに充実感は生まれにくく、社員が離れ、潰れてしまった制作会社は数知れません。だからこそ、目の前の売上だけを追いかけるのではなく、中長期的に社会の役に立っていると実感できるような環境をクリエイターに提供しようと考えました。

私もお金を稼ぐことは好きですが、長い迷走期間の中で働き方を見つめ直し、心の置き所が変わったんです。お金というのは、あくまで手段に過ぎません。お金だけを目的にしてしまうと、いつか必ず疲弊する時がきます。なので、自分だけの長所・キャラクターを活かしつつ、社会との関わりの中で、数字の先にある定性的な価値を追求することが大事だと思っています。

例えば、カドベヤには筋トレ好きな社員がいますが、筋トレって無目的じゃないですか。無目的に熱中しながら、少しずつ成長していくたのしさを味わっていたのに、お金を儲けるという目的のために筋肉YouTuberになった途端、あんなに大好きな筋トレがつまらないものになってしまうのってあるあるです。無目的にやってることが極まって社会性を持ったら、それってたのしい気持ちをキープしたまま仕事になったりするんですよね。

飽くなき好奇心が時代を生き抜く武器になる

ー今後の目標を教えてください。

それを聞かれた時は「わだばサイボーグになる」って、棟方志功みたいに言うようにしてるんですけど、AIで能力拡張した「AIサイボーグ」になりたいと思っています。AIって一人のアウトプットを100倍とか1,000倍にするために使うべきだと思うので、アイデアやイマジネーションを具現化しまくって、いずれ周囲に影響を与えられるような文化を作り上げていきたいです。

そのために、まずは無目的な遊びの中でAIの活用方法を考えています。最近では、Instagramのアカウントを3つ立ち上げ、夜な夜なAIで画像を作り、投稿するという遊びを始めました(笑)私にとってのねぶたですね。

自分の中にあるイメージに対して、どのようにAIをかけ合わせていくのかを検討し、実践することはスキルを高める修行にもなりますからね。好奇心を原動力に遊びながら試行錯誤する中で、AIサイボーグに少しずつ近づいていくのだと思っています。

ー若い世代のクリエイターにメッセージをお願いします。


「すべてを疑え」ですね。
これから全部ひっくり返るので、世の中のセオリーや会社のルール、商慣習などの当たり前系は全部疑ってひも解いてほしいなと思います。

一般的に、すでに確立されている技術や解決法をもう一度作り出そうとする「車輪の再発明」は、非効率な愚行と言われます。ただ、出来上がったものしか知らない人と、一から組み立て直したことがある人では、人生の濃ゆさと味わいに大きな差が出ると思うんです。

今はAIがあるので、誰でも車輪の再発明ができます。そして、純粋な好奇心に従って探究を続けていれば、新たな気付きが生まれ、仕事につながっていくこともあるでしょう。AIで車輪の再発明をしまくれる人間だけが、これからの時代を生き抜いていくんです。

カドベヤでは新しい仲間を募集しています。