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年齢を重ねるって、楽しい。|40代、若さを眩しいものとして見られる場所に来た

「若い人はいいわね」が嫌だった

30代半ばで、ボランティアを始めた。
周囲は60代が多く、私に一番近い年齢でも50代だった。
みんなに「若い人はいいわね」とよく言われた。
それが嫌だった。

当時、会社では「そろそろ中堅」に差し掛かっていた。
周囲には、若くて健康で、溌剌とした空気を身にまとった後輩たちがいた。知らないことは「知らない」「教えてほしい」と、目を輝かせて屈託なく尋ねてくる。そんな後輩たちに囲まれていたから、30代の自分を「若い」とは思えなかった。
かつては自分自身がその世代だったし、先輩方に可愛がってもらったこともまだよく覚えている。だからこそ、それを思い返しながら接していた。

でも、ボランティアでは「最若手」だった。

もちろん、それを嬉しく感じる人もいるだろう。
会社ではベテランで、誰も何も言ってくれなかった。でもボランティアでは自分が最若手で、何も知らなくても責められず、「若いわね」と大切にしてもらえる。それを嬉しいと話していた人も知っている。

若い頃の私は、「努力して得たもの」を見てほしかったのだと思う。
若さは、私が頑張って手に入れたものではない。ただの、事実。
だからそれを褒められると、自分の積み重ねを見てもらえていないような気がしたのだと思う。

若さを眩しく見る側へ

そんな私も、40代になった。

今回参加したボランティアでは、私よりも一回り(下手すると一回り以上)違いそうな、20代と思しき方がいる。

そう、私はもう「若いわね」と言われる側ではなくなった。
若い人の眩しさを、少し離れたところから感じる側になった。

でも、それは寂しさよりも嬉しさに近い。
年齢を重ねたことで「仲間」として認めてもらえたような気がして、胸が温かくなっている自分に気が付く。

恋に落ちたトラップ大佐の気持ちが、今なら少し分かる

誰かを「若い」と感じるとき、いったい何を見ているのだろう。

若さ、としか言いようのないエネルギーは、確かに存在する。
何十年ぶりかに「サウンド・オブ・ミュージック」を映画館で見た時、感じた気持ちを思い返した。

トラップ大佐は、マリアに恋をする。
「惚れ込む」という表現の方が近いかもしれない。

子どものころは「なんで?」と思った。「いや何で?」と。「食事に遅れてきたのにペラペラしゃべり、ようやく腰を下ろしたと思ったら松かさが置いてあって、思わず大声を上げてしまう。しかも、その理由を説明しない。そんな女性相手に恋に落ちる人間がいる? 奇特すぎない?」と。

でも40代になって見返して思った。「これは…好きになるわ…」と。

くるくると動く表情。はつらつとした笑顔。ストレートに思ったことを口に出し、表情に表す。先々のことを考えすぎて立ち止まってしまうこともない。ただ「生きている」。
その生命力の高さに、年齢を重ねた私は、ひたすら圧倒された。

良くも悪くも、少し先のことが見えるようになってしまったからこそ、ただまっすぐに「生きている」姿が眩しく見える。
自分がかつて持っていただろう熱量を、目の前で見せてくれる相手がいる。それだけで、恋に落ちる理由は十分じゃないだろうか。

トラップ大佐は、かつては海軍の英雄だった。
公私ともに、先々を見通す力のある人だったのだろう。
だからこそ余計に、マリアのまっすぐな生命力が眩しく見えたのではないか。

昔は分からなかったトラップ大佐の恋が、今なら少し分かるのだ。

「若い」と言われる気持ち、言う気持ち

思い返せば「若い」と言われていた頃、その言葉に反発しながらも、ただ年齢だけを言われているわけではないことには、うっすら気づいていたと思う。

ただ、その言葉が何を指しているのかまでは分からなかった。時として「侮られているのでは」と感じたこともある。

今になって、少しだけ思うことがある。

「若いわね」という一言の中には、きっといろいろな感情が含まれていたのかもしれない。羨ましさ。眩しさ。もう自分の手の届かないところにあるものを見るような寂しさ。かつて自分も持っていたはずなのに、その時には気づけなかったものへの眼差し。あるいは「年を取ったな」という、自分自身に向けた感慨。

それを全部説明するには、あまりにも複雑で、体力がいる。
だから、ただ「若いわね」という言葉になったのかもしれない。

そして言われる側だった私は、その言葉に「何かが含まれている」ことには気づけても、それを受け取るところまではいけなかった。

多分、そういうことだったんじゃないだろうか。

年齢を重ねるって、楽しい

もちろんボランティアの場に、マリアとトラップ大佐のような恋の話があるわけではない。

それでも私は、若さを眩しく思う側に少し近づいたことが、素直に嬉しい。

きっと、私もいつか「若いわねぇ」と口にしてしまう日が来るのだと思う。口にしてから「はっ」と後悔するのだろうか。しないのだろうか。

でも今のところは、まだ口に出さないでおく。
かつての私が、少しむっとしていたことも、まだ覚えているから(笑)

私は、若さを失ったというより、若さを眩しいものとして見られる場所に来たのだと思う。
それが今、とても嬉しい。
ボランティアが、とても楽しい。

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