チェンソーマンには現代人の病が隠れている
遅ればせながら、チェンソーマンのアニメを観ている。主人公デンジのぶっ飛び具合や、バトルシーンの爽快感、毎回変わるエンディングには興奮を覚えてしまう一方で、僕はこのアニメがブームになることは一種の社会の病ではないかと感じてしまう。
主人公のデンジは、海賊王を目指したり、妹を人間に戻そうとしたり、日本を地震の脅威から救おうとしたり、そういう動機で行動することは決してない。「胸を揉みたい」とか、「ジャムを塗ったパンを食べたい」とか、そういう等身大の利己心だけで動いている。
実際、100%それだけであるようには見えないものの、少なくともデンジの自己認識では、自分は100%利己心のために行動していると感じているだろう。そこに大義のようなものは一切ない。少年マンガ(でいいよな?ジャンプラだし)の主人公にしては珍しいパターンだ。

チェンソーマンがウケていることは、単に逆張りがハマっただけという可能性もあるが、やはりデンジと現代人が共通した心理を持っていると考えてもいいと思う。
では、その共通した心理とは何か? 僕は「偽悪心」だと考える。「偽善」ではなく「偽悪」だ。
有名人が寄付をしたり、炊き出しをするだけで、「偽善だ」と罵られるようになった今、偽善の汚名を避けるために取るべき方法は3つある。何もしないか、完全なる匿名で善行を行うか、善行を行いながら「これは利己心で行っているのだ!」と主張するかだ。
遺伝的資産の最大化のためのセンサーである快楽の追求以外に興味がない合理的経済人が人間一般の姿であると考えられている今、どんな行動も100%利己心に由来していなければ不自然だ。だが、ごく稀にエーリッヒ・フロムが『愛するということ』という本に書いたような愛するためのトレーニングを積んで完全な利他の心で行動できる聖人君子も存在するとも考えられている。
純粋な善行を行うということは、自分が聖人君子であると宣言することに等しく、それは世間の目から厳しくチェックされることになる。そして、そこに1%でも利己心の可能性があれば、利他的な行動とは認められない。
もちろん、全く自己利益にならない行動なんて恐らく存在しない。故に人はそこに利己的であるという口実をいくらでも見つけることができる。そして、「善意だけで行動した」という宣言は常にテストをクリアできず偽善の汚名を着せられることになる。
その結果、何が起きたかと言えば、「全て利己心で行動していると宣言する方が潔い」とするような風潮が生まれたのだ。この姿勢は他人に対して押し付けられるのと同時に、自分に対しても押し付けられる。
「俺は、この人を助けたいのか? 本当にそう言えるのか? いや、胸を揉みたいだけなんじゃないか? そうだ! 胸を揉みたいだけなんだ! それ以外に理由はない!」といった自問自答を経て、人は自分が100%利己的であることを確信する。
ここで少し冷静になってみる。パスカルが言うように、人は善でも悪でもない。純粋な善や純粋な悪というのは人間の空想上にしか存在しないフィクションだ。普通は、両方が入り混じっているのが人間だ。
それなのに善意の方を完全に存在しないかのように振る舞うことは、偽悪的であると僕は考える。デンジは明らかに偽悪的な心理を抱いており、似たように善意や大義名分を嘲笑する現代人の心理にピタリと合致したのだ。
そして、ベンサム流に快楽の最大化を行動原理とするならば、わざわざ甲子園で優勝したり、上場企業の役員を目指す必要はない。最低限だけ働き、ファストフードを食べて、アニメを観て、たまに胸を揉む。それが最も合理的なのだ。そういう意味でもデンジの等身大の夢は、現代人にウケた。
だからチェンソーマンは売れたのだ。
もちろん僕は「夢を持たない若者はけしからん! ボーイズビーアンビシャス!」なんてことが言いたいわけではない。「利他の心を持て!」と言いたいわけでもない。「人は利他の心も、利己の心も持っているのに、利他の心だけを見て見ぬ振りをするのはおかしいのではないか?」と言っている。
僕はこのような風潮のせいで、人間の利他心が抑圧されて行き場を失っていると考えている。そして、利他心を解き放つだけで、世界の問題は解決するとも考えている。
問題は現在の社会システムが利他心を制限するために機能していることだけではない。チェンソーマンのように人々の価値観の形成に影響を与える作品が、利他心を存在しないかのように見なすことで、この社会システムを助長してしまうことだ。
だからチェンソーマンが売れることは病的であると、僕は考える。
と、ここまで偉そうに書いてきた僕だが、実はまだアニメの6話までしか観ていない。既に利他心の存在を匂わせるエピソードも登場していて、今後、僕が批判する偽悪心をデンジがかなぐり捨てる展開が待っている可能性もある。早急な審判を下すことに若干の抵抗はあったが、とにかく書きたい気分になったので書いた(連載漫画は毎週評価されるものであると言い訳しておく!)。
なんやかんやと言いながら、面白いからまだまだ観る。曲もカッコいいしね。
余談だが、最近妻に「ハマるのがいつも3周くらい遅い」と言われている。そんなことはない。最近僕が注目しているバンドはOfficial髭男dismというバンドだ。まだそんなに有名じゃないけど、いい曲ばかりだから、みんなも聴いた方がいいよ。
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