金谷宿 ~ 日坂宿 ~ 掛川宿
今回のぶら歩きは、2026/4/20に敢行。
金谷駅まで電車で移動し、歩き始め、菊川宿石畳を登り、間の宿、菊川宿を通り過ぎ、旧東海道3大難所と言われている小夜の中山峠を超え、日坂宿へ、そして掛川宿まで歩いて、また電車で帰るという行程。
金山宿付近
金山駅に着いて、前回の嶋田宿から大井川を渡って金山宿まで歩いた時に時間が無くて行けなかった巖室神社にまず参拝。

境内に入って石段を見上げると、大した高さではないことに気づく。
なら、前回参拝しておけばよかった、って感じ。しかし、鎮火祭の説明はあったが、この神社そのものの御由緒書きはなく、ちょっと残念。
宿題クリアしたので、東海道本線の高架を潜って、旧東海道を進む。

そういえば、この高架の手前に、”男神”という表札がかかった家があった。何と読むのか判らないが、変わった名前というか、良いなぁ…とか思いましたとさ。

下の写真に右手が金谷駅。「おーこの山を越えるのか」と背景の山を望む。

金谷大橋(西入口土橋)跡を越えて、

しばらく行くと、国道473号にぶち当たり、案内に従って石畳へ。
菊川の石畳を行く
ずーっと上り道。

石畳茶屋の先で石畳が始まる。

史跡多し。

ずーっと登っていく。

長寿・すべらず地蔵尊ですか。芸人さんに良いのでは?
結構つらい。
宇津ノ谷峠のような山道、さった峠のような舗装道、どれが一番楽なんだろう?などと考えながらひたすら上る。結論としては、石畳かな。
この石畳、地元の皆さんの協力でできているとのこと、素晴らしいですね。

ようやく、石畳の登り坂が終わるが、まだまだ登り坂。

苗木が植わっている茶畑、初めて見た。進んでいくと諏訪城跡に到達。

ビジターセンターがあったが、月曜日あるあるの定休日。

そして石畳が始まる。この辺りは牧ノ原台地なのかな?
今度は下り坂なのでとても楽。

下りは明らかに石畳が楽。

この辺りでようやく石畳は終わり。

下っていくと、橋。

この祠は、”秋”と一文字。秋葉山系か?

そろそろ、左の方に行って、国道473号線を渡らないといけないんだが。。。

「ここ曲がれ」的な看板の先にある菊川宿の案内版を確認。大井川が荒れて渡れなくて金谷宿が人であふれると、この宿場も使ったとのこと。
そして、菊川という名前の由来は、

こんな感じの石がたくさん採れたからとのこと。へー。

国道に出て、あのトンネルか?ちがーう。
って感じでしばし悩む。

しばらく国道を進んで右折。すぐに菊川神社。

色々な神社を合祀した神社らしい。木俣大神、初めて目にした。
多分それとは関係ないと思うが、フクロウの石像が境内にあった。めずらしい。

ここからまた登り道。
小夜の中山峠を越える
しばらく登りは続く。

だんだん、茶畑が広がる。


案外、民家も点在。まだまだ登る。そして、久遠寺に到達。

夜泣き石が祀られている。その由来は、お小夜さん、ではなく、お石さん。

境内には二宮金次郎像などもある。
台地の上に出たあとは、比較的平坦な道が続く。
両脇は茶畑と山々の風景。いやぁ…素晴らしい景色でした。
茶畑はお茶の匂いがほのかに香り、爽やか、そして和む。これまで歩いた中で一番良い景色かつ、良い気分で歩ける場所でした。

夜泣き石にちなんだ子育飴を売っているらしい。営業は平日はやっていない。残念。

西行の歌碑があるらしい。この辺りは古来より歌の名所なんだとか。道理で歌碑が多いわけだ。

坂を登り切って景色が開ける。いやぁえーわー。
この辺りで天気も回復。今回は日焼け対策ばっちりだから、全く問題なし。
上の写真をよーく見てほしい。”茶”という文字が浮き出ている。

ちなみに、住民の方にお聞きしたところ、ここらはすでに掛川なんだと。

小夜ではなく、佐夜。この一里塚は慶長九年(1604年)に作られたとのこと。

ようやく下り坂になってくる。藤原家隆、芭蕉の歌碑がある。

歌碑や史跡が点々と。

小石姫と妊婦小夜姫…夜泣き石と関係あるのか、もっと調べないと判らない。

こちらは松尾芭蕉系。
さらに進むと、

色々と総合すると、ここで妊婦が亡くなって、石に霊魂が乗り移り、そのままここにあって、明治以降に久遠寺に移ったってことか。
このあたり、iPhone の充電レベルが10%を切ってしまい、モバイルバッテリーつないでも充電できない。Apple様何とかしてよ…などと思って歩いている。

とにかく日坂宿に向けて下っていく。


中山峠もようやく終わり。


そして、日坂宿にゴール!

日坂宿は平。

ここまでずーっと歩き続けたので、こちらで一休み。

これまでの行程は以下の通り。
距離 6.9㎞
標高
最大 258m
最小 66m
実測を始めてからの最高標高。三大難所で登りはきつかったが、2時間かからずにクリアしたので、今後控えている箱根越えにはずみがついた。
日坂宿
日坂宿の街道筋の家には、屋号?が書かれた板が貼られていた。
この時点でiPhone の充電が10%を切ってしまっているので、行程ログ計測を優先するため、GoPro による写真。
最後のおまけで書いた裏技(?)で iPhone の充電が満ちるのを待つ。
おじさん使い方よくわかってないので、若干魚眼レンズチックになっていることをご容赦。

爽やかな中山峠に続き、趣のある街道筋。

この辺り、昔は火事が多かったそうで、秋葉権現由来の常夜燈が点々とある。



そして、日坂宿の下木戸跡に至る。

坂の下りがわなので、下木戸なのか?
掛川宿までずーっとなだらかな下り坂。非常に楽。
そして掛川宿へ
しばらく進むとパン屋さん。

こちらのパン屋さんは有名な店らしい。

村境を示す石碑を発見。

村境の石碑を右手に見ながら更に進んでいくと、

ほぅ、掛川宿まで、7.1㎞か…すぐだな。

県道415号に出るところに、事任(ことのまま)八幡宮。

御由緒書きを見ると、建立は桓武天皇時代、坂上田村麻呂が勧請したという。最初は、己等乃麻知(ことのまち)神社という名前だったらしい。枕草子にも、言霊の社として出てくるのだそうだ。ちょっと変わった名前はそこから来ているらしい。八幡神社になったのは、源頼義だとのこと。
金毘羅さんをはじめとして摂社も多い。よく判らないがクジラ石なんてものもあった。

県道415号を掛川に向けて進む。


塩井川原に至る。

塩井神社の御由緒書きを見ると、孝徳天皇の時代の建立というとても古い神社。御祭神は不詳だが、塩稚神(しおつちのかみ)だとのこと。これ、塩土老翁、つまり武内宿祢なんじゃないのかなぁ…同時代じゃないけど。
ちなみに、この奥は潮河という川で、お社は川の向こうにある。
この神社の手前で左にそれる、そちらが旧東海道。


さらに旧東海道を進む。




この先で県道415号に戻る。


こちらも古社。清和天皇の御世に建立。なぜ?素戔嗚尊さんも祀られてる?
理由は「不慮の異事起こり」…何が起こったのか具体的には分からないが、それが理由らしい。ほかに、足利尊氏とかも関係しているらしい。栃木の足利から京都行くときには絶対ここ通っているはずだね。
この神社の辺りで再度、左に折れる旧東海道。
しばらく進んで…

本所の道標があり、それを過ぎてまた県道415号に戻る。
ここらあたりで、iPhone の充電が十分なレベルに達する。写真をGoProからiPhoneに戻す。

金谷駅から歩き続けて、(パン屋さんを除き)今日初の食べ物屋さんを発見。たこ焼き?ソフトクリームもいいなぁ…などと思っていたら、無常にも休憩タイムの札が窓口に!あ~あ…おや?なんか歌が流れてるぞ…矢沢永吉?店をもう一度見渡すと、矢沢永吉のシールが…どうやらこちらの御店主さんは矢沢永吉のファンらしい。
まぁ、金谷宿から日坂宿を越えて、かなりのところまで行かないと飲食店はない、ということで。
気を取り直して県道415号線を掛川駅方面に向かって進んでいく。

この店を通り過ぎてすぐの左の道に入る。

掛川宿ももうすぐ。


和菓子屋さんを発見。掛川宿名物、振袖餅だと。

振袖餅、二種類あるというので二種類ともいただく。美味しかった。めちゃくちゃ柔らかくて、甘くて疲れた体に染みた。

さらにこちらのお店は、元々は一里塚だったところらしい。
甘いものを摂取して疲れがとれた(ホントかw?)ので、先に進む。

後述の行程からもわかるように、この先、右→左→右→右→左→右→左と小刻みに七回曲がる道を通っていく。


そうそう、この辺り、公民館のことを”公会堂”と呼ぶらしいよ。

日坂宿から掛川宿までの旧東海道筋、本当に秋葉常夜燈が多い。



昔は、この道を通って塩が運ばれたとのこと。そして、この辺りは遠州、だから、遠江の国だってことね。大井川をはさんで、こちらが遠江の国で、向こう側が駿河の国ってことか。

七曲りは容易に敵を侵入させない構造…なるほど。しかし、東側ってことは誰に対する防備なのか、ちょっとだけ疑問。

さらに、左折して次の交差点を右折。
掛川宿の内
既に掛川宿に到達して、掛川駅を目指す。





霞城公園の大手門より小ぶりではあるが、掛川城の大手門もなかなかの貫禄。
そして、本日のゴールに到着!

本陣指定された家は持ち出しが多くて大変だったのね…そりゃそうか。しかし、明治時代になったらなったで税金の支払いでまた大変。
国家とは合法的に庶民からお金を巻き上げることができる唯一の組織。それに対する見返りが単なる名誉だけだとつらいってお話だね。
何ぞと考えながら、いやいや、少なくとも戦後は国民主権の民主国家になったんだから、我々庶民はお金を国に預託して平和な社会の運営を任せている、というのが本旨のはず。だから本当は納税ではなくて、預税のはずなんだよね。そういう意識を政府には自覚してもらいたいものだ。
掛川宿は、掛川城をはじめとして沢山史跡があるらしい。それらを鑑賞するのは、次の掛川宿から西に向けたぶら歩きのチャレンジの機会に回して、そのまま掛川駅に向かうことにする。
ここまでの行程は以下の通り。
距離 8.1㎞
標高
最大 71m
最小 26m
振袖餅を食べる間の休憩時間も含めて2時間弱で踏破しているので、箱根越えの下りパートは余裕な気がする。4時間もあれば十分かな。

おまけ
今回は、iPhone の充電抑制との闘い。小夜の中山峠を歩いている途中で既に10%を切る状態。モバイルバッテリーをいくらつないでも充電してくれない。iPhone 内部のバッテリーの寿命を長くする機構が働いた結果らしい。
いやいや、このままだと GPS の記録もできないじゃない…
ってことで、歩いている途中で解決策を見出す。
それはペットボトルで冷やすこと。
本体が熱くなっていると充電を控えるらしいので、本体を冷やすこと一択のようだ。
それにしても、なんで iPhone のカメラアプリはあんなに電気食うんだろう?補正とか沢山色々やってるからか?Google Pixel もカメラアプリは電気ぐらいなのかな…
それにしても、当日、東海道本線を利用したんだけど、富士川あたりで車が鉄橋にぶつかったとかで、ダイアが乱れてた。まぁ、それは仕方ないんだけど、殆どろくなアナウンスもなく、来るはずだった電車はいつの間にかなくなり、行き先が変更になったりした。JR東海さん、ちょっと酷い。
