最後の後悔/かえで🍁
ここは夢の世界なのではなかろうか?
起きたらきっと今までの日常に戻るのではなかろうか?
そう思って寝てみるがやっぱり隣にあなたは居ない…
一年半が過ぎても
あなたの居ない生活には慣れているつもりだった。
仕事人間のあなたは家には寝に帰るだけ、週末にしか帰らないこともしばしば
その上持病を抱えていたものだから何度も入退院を繰り返した。
あなたが家に居ないのは特別なことではない。
だがそれは一時的に居ないだけ。
でも今は…
もう居ない
ずっと居ない
あぁ、やっぱり居ないんだ
そう思うと急に込み上げてくるものがある。
だから、あえて毎日を忙しく過ごしている。
仕事も初七日を過ぎるや否や復帰した。余計なことを考えなくていいように
時間があることが怖いのだ。
家に居ることが怖いのだ。
つくつぐ専業主婦でなくて良かったと思った。
今の私に時間があったら
ろくなことは考えない。
きっと前を向くことが出来なかっただろう。
夫の愛情表現
若かりし頃の夫は縦の物も横にしないような人だった。
してもらうのが当たり前でお礼を言われた記憶があまりない。
亭主関白、昭和男子そのものだった。
「コーヒー」
「はい」
「ん」
私達の会話はこんな感じだったように記憶している(笑)
それが何年か前から
「コーヒー頂戴」
「ちょっと待って」
「ありがとう」
と変わって行った。
初めて
「ありがとう」
と言われた時は驚きのあまり
「へ?」
という感情になったことも今でもはっきり覚えている。
それが夫が居なくなる少し前から急に
「愛してるよ」
と言い出した。
でもそれは大概私がキッチンで忙しくしている時に言うものだから照れもあって
「はいはい」
と適当に返していた。
ある日私はどうなのかと聞いてきた。
我が夫婦は二人とも照れ屋
基本そう言うことは言わない。
私に至っては夫よりも照れ屋で甘え下手の為、まず言わない。
何度もどうなのかと聞くものだから腹を決め
「私も愛してるよ」
と夫の顔も見ずに
と言うか見れずにやっとの思いで答えた。
ま、それで何とか夫も納得したわけで。
今にして思えば
「俺はおまえが居ないと生きて行けない」
夫は冗談半分本気半分で何度となくこの台詞を繰り返していた。
「わかんないよー、私が先に行く可能性だってゼロじゃないんだからね」
「一人でも生きていけるようにしておかないとね」
私がそんな風に返すと
「おまえは俺が居なくても生きて行けるもんな」
なんて言うものだから思わず
「私は大丈夫よ!」
と答えてしまった。
照れ半分、強気半分それに夫を安心させようという気持ちも相まって思わずそう答えてしまった。
いつもの如く
夫の顔も見ずにそう答えた私
夫がどんな顔で
「大丈夫」
を、聞いていたかは定かではないがちょっと寂しそうな顔をしていたのではなかろうかと想像する。
あの時、なぜ素直になれなかったのか素直に言わなかったのか
それが今でも悔やまれる。
「大丈夫、でも寂しい」
そう、言えば良かったのに
なぜ
「寂しい」
の一言がいえなかったのだろう。
夫は私の「大丈夫」は「大丈夫」でないことを知っている。
知ってて聞いてきてるのに
私は又素直になれなかったのだ。
全く面倒くさくて可愛くない妻である。
再開を心の支えに
夫が待っていてくれるからあちらの世界に行くのは怖くない。
それって心強い。
だから迎えにきてくれるまではこちらの世界で頑張ろうと思う。
贅沢を言わせてもらうとあなたのことを忘れないうちに迎えにきて欲しい。
そして再会した暁には
「がんばったな、おつかれ」
ってギュッてして欲しい。
お土産話沢山持ってそっちに行くから。
こちらでは私は一人ではない。
力になってくれる家族、友達がいる。
どうぞご心配なく
そしてこれからも私の心の支えでいてね。
「いつまでも愛してます」
