【優しさの入り口】あなたの優しさが、もし素直に伝わらなかったとしても
目の前で誰かが転んでしまったときに、
反射的に「大丈夫ですか?」と声をかけた人が
いたとしましょう。
この方は優しいと思いますか?
多くの方は優しいと感じるんじゃないかな、
って思います。
では、この行動はなぜ優しいと感じるのでしょうか。
また、
もし優しくないと感じる人がいるとしたら、
どうしてかな、なんて考えてみましょう。
◇ 優しさの入り口
私はこの方の行動は、
少なくとも「優しさの入り口」ではあると思っています。
まず、声をかけるということ自体が、
相手の困りごとに気づき、
無関心でいなかったということです。
見て見ぬふりをすることもできた中で、
一歩踏み出した行動には価値があると思うんです。
◇ 人の価値観はみんな違うから
ここから、
ブログ向けにあえて少し意地悪な見方をさせていただきますが…。
ただ「大丈夫ですか?」という声かけだけでは
優しさかどうかはまだ分からない部分も
あるかもしれません。
例えば、
声をかけずに、静かにサポートして欲しい人、
プライドや恥ずかしさからそっとしておいて欲しい人、
そんな方もいらっしゃる、
かもしれません。
つまり、
同じ「大丈夫ですか?」でも、
そのお相手や、状況、
そして、声をかけた後の関わり方なんかでも
受け取り方は変わってくるように思います。
そうすると、
優しさとは行動そのものだけではなく、
「相手をどれだけ見ようとしているか」
ということも大切になってくるように思います。
声をかけることが優しさなのではなく、
その人にとって何が必要かを考えようとする姿勢が
優しさなのかもしれません。
◇ それでも、あえて言わせてください
ただ、相手のことを瞬時に把握し、
適切な対応をする。
そんな完璧にできる人は
なかなかいないように思います。
そして、
「声をかけられた人」と
「声をかけているのを見ていた人」でも
受け取り方は違うと思います。
ですので私は、
「大丈夫ですか?」という一言、
もしくは声をかけようという想いは、
「優しさの入り口」
と捉えてもいいのかな
って思います。
相手を気にかける。
その小さな一歩から、
優しさは始まるのかもしれません。

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
【🐸から一言】
正直に言えば、
転んでる人に声をかけている人を見たら、
もしくは、
私が転んでいて声をかけていただけたら、
優しいなと感じると思います。
ですが、
人によって想いって全然違っていて、
「優しい」と感じないことだってあるし、
正否を決めるものでもないように思っています。
ただ、
もし、あなたの優しさが素直に伝わらなかった、
そんな経験があるなら、
私は、
それは「優しさの入り口」ではあったんじゃないかな。
そんなメッセージを今日は伝えたいと思っています。

おたま吉:
最後までお読みいただき、
ありがとうございましたじゃくし!
次回もオタマしみ(お楽しみ)に~
ここぱ:
難しい話よね。
私が、
もうちょっと遭遇する場面だと、
優先席を譲るときかしら。
あと1駅だったり、
譲られたくないという思いがある人、
ダイエットや健康意識で立ってる人、
そういう場合には、
席を譲られても嬉しくないかもしれないわよね。
私も、
席を譲ることは優しい行動だと思うけど、
それに笑顔で答えられない人の気持ちも
わからなくはないかもしれないわ。
それでも、
優しい行動はして欲しいと思うわ。
だって、その人がたまたま相性が悪いだけで
次はとっても助かるかもしれないし、
それであなたが
「優しい人」でなくなっちゃうわけでもないのだから。
なんでだろう、って考えることは大切かもしれないけど、
たまたまそういうタイミングだっただけ、
って思うことも大切なんじゃないかしら。
