「取るに足らない悩みなんですけど……」その一言に隠された優しさ
「取るに足らない悩みなんですけど……」
誰かに何かを相談するとき、
ついそんな前置きをしてしまうこと、
あるいは、
誰かからそうやって話を切り出された
そんな経験はありませんか?
取るに足らない悩みって、
一体どういうもののことを言うんでしょう。
仕事の小さなミスとか、
今日のお昼ご飯の選択とか、
あるいは人間関係のちょっとしたモヤモヤ。
客観的に見れば、
人生を大きく左右しないような出来事。
時間の経過とともに忘れてしまうようなこと。
そういったものが、
「小さな悩み」と呼ばれることもあるのかなと。
でも、少し丁寧に考えてみると、
「それって本当に『取るに足らない』と
簡単に決めつけちゃっていいのかな?」
そう思わないでしょうか。
◇ 捉え方は、時間や視点によって変わっていく
たとえば、
その時は「大したことないや」と受け流していた小さな違和感、
でも、後から振り返ると
「実は心が限界を迎えていたサインだった」
と気づくことがあります。
逆に、
その瞬間は夜も眠れないほど悩んでいたことが、
数年後には「あんなこともあったね」と
笑い話になっていることもありますよね。
悩みというのは、
捉える視点や時間の経過によって、
その姿や重さが変わっていくもの
なのかもしれません。
だからこそ、
「これは取るに足らない悩みだ」
「これは重大な悩みだ」と、
その瞬間の表面的な出来事だけで断定するのは、
とても難しいことのようにも思えます。
◇ 「取るに足らないんですけど」に隠されたやさしさ
ではなぜ、人は
「取るに足らない悩みなんですけど」と
前置きをするのでしょうか。
相手の時間を奪ってしまうことへの配慮(クッション言葉としての役割)
万が一「そんなことで悩んでるの?」と言われたときのための自己防衛
小さなことで立ち止まっている自分に対する恥ずかしさ
そんな思いが隠れていることもあるかもしれません。
そうすると、
相手を思いやる優しさや、
自分の心を守ろうとする
繊細な心理が働いているのかもしれませんね。
もしかしたら、
単なる丁寧な口癖という場合もあるでしょう。
でも、どんな理由があったとしても
「取るに足らない」と口では言いながらも、
言葉にして誰かに伝えようとしているということは、
その人にとって
「今、確かに引っかかっている大切な何か」
があるということかなと思います。
◇ ちゃんと聴いてみないとわからない
言葉通りの
「取るに足らない」という文字だけを受け取って、
「あ、軽い話なんだな」と判断してしまうのは、
もしかすると少しもったいないこと
なのかもしれません。
一見すると小さな出来事の話から始まっても、
丁寧に話を聴いていくうちに、
その人の大切にしている価値観や、
ずっと抱えてきた本音が見えてくることがあります。
本当に取るに足りない悩みなのか、
それとも大切な意味を持つ悩みなのか。
それは誰かが決めることでもなければ、
最初に決めつけられるものでもなく、
じっくりと自分の心や相手の言葉に向き合っていく中で、
少しずつ見えてくるものなのかもしれませんね。
みなさんは最近、
「取るに足らないなぁ」と思いながらも、
なんとなく頭から離れないことはあるでしょうか?
カウンセラーとしては、
そんな小さなモヤモヤも、
聞かせていただきたいと思っています。
