好きな人に優しくするのは、下心ですか?
昨日は「下心のある優しさ」について
お話してみました。
そのなかでも、
相手が好きな人だから助けた場合のお話もしました。
◇ 好きだから助けるのは、優しさなの?
その人が好きな相手だったから助けた。
こう聞くと、
「それは優しさじゃなくて好意じゃないの?」と
思う人もいるかもしれません。
でも私は、
それで優しさが消えちゃうわけではない、
と思っています。
むしろ人間の優しさは、
誰かへの関心から始まる
という側面もあるんじゃないでしょうか。
家族だから心配する。
友人だから手を貸す。
恋人だから支えたいと思う。
そこには「好き」という感情が含まれていることが多いでしょう。
◇ 好意からくる優しさは自然なもの?
もし「好きだから助ける」ことを「優しさではない」としてしまうと、
日常にある優しさの多くが、違うものになってしまうように思います。
もちろん、
好きな人にだけ優しくして、
それ以外の人には冷たいという話になると少し別です。
ただ、
「好きだから助けた」という行動そのものは、
下心でもなく、
純粋な優しさの場合もあるんじゃないかなと思うんです。
自然な優しさだけが素敵、
というわけではありませんが、
好意からくる優しさというのは、
けっこう多いんじゃないかなと思っています。

・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
【🐸から一言】
この「優しさ」シリーズは
現在、10話くらいを予定していますが、
全くの未定でございます。
そして、5話目にして
ドツボにはまり始めた気がしています…。
人によって違うものを
想像したり考えたりしていく記事ですから、
こうじゃないかな、
こんな気持ちかもしれない、
なんて、
たくさん寄り道をする感じで
綴っています。
「好意」と「優しさ」
どういった関係があるのか、
改めて考えてみても面白いかもしれませんね。

おたま吉:
最後までお読みいただき、
ありがとうございましたじゃくし!
次回もオタマしみ(お楽しみ)に~
ここぱ:
そもそも「好意」にも種類があるように思うわ。
恋心、友情、家族愛、先輩として、
などなど、いろんな形があると思うし、
片想い、両想い、届かぬ想い、
なんて繋がりや大きさも違うものよね。
どれを下心かって決めるのだってその人次第だけど、
なんとなく家族愛は下心じゃない気がするわ。
それでも、シチュエーションによっては
下心になる場合もあるのかしら。
どちらにせよ、
好きだから優しくするって、
私は素敵だと思うわ。
大切なのは、どちらかというと
相手のことをちゃんと考えた優しさか、
ってところかもしれないわね。
