【嫌いじゃないとは】「好きの反対は無関心」って本当? 心理学の物差しで考えてみた
突然ですが、質問です!(最近、冒頭で質問が多い気がする…🐸)
「嫌い」の反対って、何だと思いますか?
「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」
なんて、聞いたことがあるかもしれませんね。
この「嫌いの反対とは何か?」について、
少し考えてみました。
今日はそんなお話をしてみようかなと思います。
◇ 心理学の「物差し」で考えると
まず、
心理学(感情心理学など)の世界で「感情」を整理するとき、
こんな2つの軸(物差し)があります。
① 感情の「方向(ベクトル)」(嫌い ↔ 好き)
② 心理的「エネルギーの大きさ」(関心が高い ↔ 無関心)
これを図にしてみると、こんなイメージでしょうか。
【関心が高い(高エネルギー)】
↑
│
嫌い ←────────┼────────→ 好き
│
↓
【関心が低い(無関心 / ゼロ)】
図のように、
『好き』も『嫌い』も、
どちらも『関心が高い(上に位置する)』状態です。
この「どの物差しで見るか?」によって、
反対の答えが変わってきます。
◆ 感情の方向(ベクトル)の物差しで見ると
「嫌い」の反対 = 『好き』
◆ エネルギーの物差しで見ると
「好き」・「嫌い」の反対 = 『無関心』
世間でよく言われる「好きの反対は無関心」というのは、
このエネルギーの物差しで語られている
ということになるのかと思っています。
「嫌っているうちは、まだ相手に関心がある」
という心理ですね。
◇ では、カウンセラーの視点では?
では、
「嫌いじゃない」というのは
カウンセラー目線では何になるでしょうか?
もしものお話です。
相談者の方が、
相談の中で「私は嫌いじゃないんですよね。」と言ったとしましょう。
このとき、聴き手(カウンセラー)が頭の中で、
「『嫌いじゃない』ってことは、本当は好きってことかな?」
「どうでもいい、つまり無関心な状態なのかな?」
なんて、
心理学の理論に当てはめて
解釈・分析しようとすると、
相談してる方の気持ちから
ズレていってしまうこともあります。
「好き」と言い切るには抵抗があるかもしれない。
「無関心」と言い切るほど冷めてもいないかもしれない。
自分でも自分の気持ちがよくわからなくて、
揺れているのかもしれない。
そんな複雑で繊細なグラデーションを含んだ言葉が、
「嫌いじゃない」なのかもしれません。
だからこそ、
カウンセラーや対人支援をする立場、
あるいは誰かの相談にのる場合には、
「嫌いじゃない」=「嫌いじゃない」として、
そのまま言葉を受け取ること。
「嫌いじゃないと感じていること」
が大切かもしれません。
◇さいごに
心理学の理論や分類(ベクトルやエネルギー)は、
支援者にとって頭の中に置いておく「便利な地図」になります。
全体の構造を理解するのに役立つこともあるでしょう。
けれど、
実際に目の前の人と対話するときに大事なのは、
「地図にいかに当てはめるか」ではなく、
相手が言葉にした「目の前の景色」を一緒にそのまま眺めること
だったりするのかもしれませんね。
「嫌いじゃない」という言葉の中にある
余白やグラデーションを、
見ていきたいと日々感じています。
みなさんは、「嫌い」の反対と聞いて、どんな言葉を思い浮かべましたか?
