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「もう辞めたい」と言われたお母さんへ~子どもが自分で答えを見つけるまで~

「もう辞めたい」

子どもから、そう言われたことはありませんか?

お母さんとしては、

「どうして?」

「ここまで頑張ってきたのに」

「もう少し続けたら、できるようになるかもしれないよ」

そんな言葉が出てくるかもしれません。

せっかく始めた習い事。

一緒に頑張ってきた時間。

送迎した時間。

買ってあげた道具。

ここで辞めてしまったら、今までの努力が全部無駄になってしまうような気がする。

反対に、

「本当に嫌なら、もう辞めてもいいよ」

と言ってあげた方がいいのかもしれない。

でも、

本当にそれでいいのか。

親としては、迷いますよね。

私は20年間、子どもたちのラグビーを見てきました。

その中で、

「辞めたい」

という言葉を何度も聞いてきました。

でも、

同じ「辞めたい」という言葉でも、

その理由は一人ひとり違いました。

だから私は、

辞めるか、続けるかに、正解は一つではない

と思っています。

今日は、そんなことを教えてくれた一人の少年の話です。


1. 親が決めて、親がやらせていた日々

その子は、末っ子長男でした。

家族から、とても大切にされて育ってきました。

何をするにも、

お母さんが考える。

お母さんが決める。

そして、

その子にやらせる。

そんな家庭でした。

もちろん、お母さんはその子を大切に思っていたのだと思います。

子どもが困らないように。

子どもが失敗しないように。

子どもが嫌な思いをしないように。

親として、できることを全部してあげたい。

その気持ちは、私にもよく分かります。

ただ、5年生になっても、その子のラグビーは、まだ「自分からやりたい」というものにはなっていませんでした。

親に連れてこられて、

親に言われて練習して、

親に言われて頑張る。

だから、練習でもなかなか集中できない。

指導しても、なかなか吸収していかない。

本人のモチベーションも、なかなか上がりませんでした。

そんな状態で、

6年生になりました。


6年生になって最初の試合。

その子は、控え選手でした。

そして、後半の最後に少しだけ出場しました。

その日か翌日だったと思います。

お母さんから、こんな連絡が来ました。

「今後も控えでいるのであれば、辞めます。」

その後も、何度か辞める、辞めないという話になりました。

私は、その子とも話をしました。

でも、私はお母さんに、

「続けさせてください」

とも、

「もう辞めさせた方がいいです」

とも言いませんでした。

その子がどうしたいのか。

そこを一緒に考えました。


2. 合宿の途中離脱と、仲間の涙

6年生の夏休み。

長期合宿をしていました。

朝から晩まで、

仲間と一緒に過ごします。

練習もきつい。

疲れる。

家に帰りたくなることもある。

仲間とぶつかることもある。

でも、そんな時間を仲間と一緒に乗り越えることにも、合宿の意味があると思っていました。

そんな合宿の途中で、

その子は家に帰りました。

私にも、

仲間にも、

何の連絡もありませんでした。

親が迎えに来て、

そのまま連れて帰ってしまったのです。

翌日、

その子はまた次の朝、合宿に戻ってきました。

私は聞きました。

「昨日、どうして帰ったの?」

その子は、

黙ったままでした。

何も話しません。

私は、

チーム全員を集めました。

そして、その子に伝えました。

「昨日帰った理由を、みんなに話してほしい」

それでも、

その子は黙ったままでした。


その日は、

午前中3時間の練習を予定していました。

私は、

「その子が自分の口で話すまで、今日は練習をしない」

と子どもたちに伝えました。

そして、

「みんなで話をしてみなさい」

と伝えました。

1時間経っても、

話しません。

2時間経っても、

話しません。

その様子を見ていたお母さんが、

子どもたちの輪に近づいていきました。

きっと、

その子の代わりに話そうとしたのだと思います。

私は、

お母さんを止めました。

「本人に話をさせましょう」

そう伝えました。

今振り返っても、

あの日の私は厳しすぎたのかもしれません。

でも、

私には、

どうしても譲れないことがありました。

逃げることが悪いわけではありません。

練習がきつくて、

逃げたくなることもあります。

自分だけが、

みんなについていけないと思うこともあります。

それは、

子どもなら当然のことです。

でも、

逃げたのであれば、

その理由を自分の言葉で仲間に伝えてほしい。

私は、

そう思っていました。


結局、

2時間半経っても、

その子の口から理由を聞くことはできませんでした。

私は、

子どもたちに言いました。

「仲間に本当の気持ちを話せないようなチームは、チームではない。」

「今日で、このチームは終わりにしよう。」

今振り返ると、

かなり極端だったと思います。

一人の子どものことで、

そこまで言うのか。

そう思われても仕方がありません。

でも、

私にとっては、

それくらい大切なことでした。

その日は、

中学生とのテストマッチを予定していました。

約束していた試合だったので、

試合はすることにしました。

ただ、

子どもたちには伝えました。

「これが、このチームの最後の試合になる。」


試合が始まりました。

相手は中学生。

これまで何度も試合をしていましたが、

簡単に勝てる相手ではありませんでした。

身体も大きい。

技術も上です。

いつもなら、

1枚も2枚も上手な相手でした。

でも、

その日は違いました。

子どもたちは、

泣いていました。

泣きながら、

体を張っていました。

倒されても、

立ち上がる。

何度でも、

相手に向かっていく。

いつも以上の力を出していました。

まるで、

その子に、

「俺たちのプレーを見ろ」

「もう一度、一緒にやろう」

と伝えているようでした。

そして、

その日。

初めて、

中学生に勝ちました。


3. 「ごめん」——自分の足で歩き始めた瞬間

試合が終わっても、

子どもたちの涙は止まりませんでした。

勝った喜びよりも、

「これが自分たちの最後の試合になってしまう」

その悔しさの方が大きかったのだと思います。

その姿を見ていたその子が、

みんなの前に立ちました。

そして、

泣きながら言いました。

「ごめん。」

それから、

自分の気持ちを話し始めました。

練習がきつかった。

逃げたかった。

これ以上、

みんなについていけないと思った。

だから、

逃げてしまった。

本当にごめん。

そして、

「みんなのプレーを見て、自分の甘さが分かった。」

「もう一度、みんなと一緒に頑張りたい。」

「昨日のことは許してほしい。」

そう話しました。

仲間が、

それを許さないはずがありません。

みんな、

その子を受け入れました。

その子も、

そのままチームに残ることになりました。


私は、

今でも時々考えます。

もし、

あの日、

お母さんがその子の代わりに話していたら。

どうなっていたのだろう。

もちろん、

誰にも分かりません。

もしかしたら、

そのままチームを離れていたかもしれません。

でも、

あの日、

その子は、

自分の言葉で仲間に謝りました。

自分が逃げたことを認めました。

そして、

自分で、

「もう一度みんなと頑張りたい」

と決めました。

私は、

それが大きかったのだと思います。


私は、

あのお母さんを責めたいわけではありません。

むしろ、

親なら当然のことだと思います。

子どもが困っていたら、

助けてあげたい。

子どもが苦しんでいたら、

代わってあげたい。

子どもが傷つきそうだったら、

守ってあげたい。

それは、

子どもを大切に思っているからです。

私も、

子どもたちを見ていて、

何度もそう思いました。

でも、

子どもが大きくなっていくにつれて、

少しずつ必要になってくるものがあります。

それは、

親が答えを出してあげることではなく、

子どもが自分で答えを出す時間をつくること。

なのだと思います。


手を放すことは、見捨てることではない

子どもから手を放す。

そう聞くと、

冷たく感じるかもしれません。

でも、

私はそうは思いません。

手を放すことは、

見捨てることではありません。

何もしないことでもありません。

子どもが自分の力で立とうとしている時に、

「あなたなら大丈夫」

と信じて、

一歩下がることです。

子どもの代わりに話すのではなく、

「あなたはどう思っているの?」

と聞いてあげる。

子どもの代わりに決めるのではなく、

「あなたはどうしたい?」

と待ってあげる。

失敗しないように先回りするのではなく、

失敗した時に帰ってこられる場所をつくっておく。

それも、

親の大切な役割なのだと思います。


その子は、

そのままラグビーを続けました。

中学生になってからも、

ラグビーを続けました。

そして、

最後には副キャプテンになりました。

5年生の頃、

親に言われてラグビーをしていたように見えたその子が、

中学生になると、

今度は仲間を引っ張る存在になっていました。

私は、

そんな姿を見て、

あの夏の出来事を思い出しました。

あの日、

その子が自分の口で話したこと。

自分で仲間に謝ったこと。

そして、

「もう一度みんなと一緒に頑張りたい」

と自分で決めたこと。

あの経験が、

その後の成長につながったのかもしれません。

そして、

お母さんも、

そんな姿を見ながら、

少しずつその子を信じて、

任せることができるようになっていったのだと思います。

子どもだけが成長するのではない。

お母さんも、子どもと一緒に成長していく。

私は、

この親子からそんなことも教えてもらいました。


4. 親ができるのは、子どもが歩き出すまで「そばにいること」

「もう辞めたい」

そう言われたら、

きっと不安になりますよね。

ここまで頑張ってきたのに。

もう少し続けたら、

何か変わるかもしれないのに。

せっかく始めたのだから、

途中で辞めるのはもったいない。

そう思うのも、

当然だと思います。

だから、

すぐに答えを出さなくてもいいのだと思います。

「どうして辞めたいの?」

と聞いてあげる。

子どもの本当の気持ちを、

一緒に探してあげる。

そして、

信頼できる先生やコーチがいるのなら、

その人にも相談してみる。

その子のことを、

一番近くで見ている大人と一緒に考える。

続けるのか。

辞めるのか。

その答えは、

その子によって違います。

だから、

お母さん一人で決めなくてもいい。


子どもの人生は、

子どものものです。

親が、

全部決めることはできません。

コーチも、

代わりに決めることはできません。

最後に、

自分の人生を歩いていくのは、

子ども自身です。

だからこそ、

お母さんができることは、

子どもの代わりに歩くことではなく、

その子が歩き出すまで、

そばにいることなのかもしれません。

転んだ時には、

帰ってこられる場所でいる。

悩んだ時には、

話を聞いてあげる。

そして、

自分で立ち上がった時には、

笑顔で見ていてあげる。

それで、

十分なのだと思います。


あの日、

その子がみんなの前で言った、

「ごめん。」

そして、

「もう一度、みんなと一緒に頑張りたい。」

という言葉を、

私は今でも忘れません。

あの言葉は、

誰かに言わされたものではありません。

お母さんの言葉でもない。

私の言葉でもない。

その子自身が、自分の気持ちと向き合って、自分で選んだ言葉でした。

子どもが自分で人生を歩き始める瞬間は、

案外、

こんなところにあるのかもしれません。

大きな大会で活躍した時でもない。

何かで一番になった時でもない。

逃げた自分を認めて、

仲間に謝って、

それでも、

「もう一度やりたい」

と自分で決めた時。

その瞬間、

その子は、

一歩、

自分の人生を歩き始めたのだと思います。


お母さん。

子どものために、

全部やってあげなくても大丈夫です。

全部決めなくても大丈夫です。

全部守らなくても大丈夫です。

信頼できる人に出会えたら、

その人と一緒に、

子どもの成長を見守っていけばいい。

そして、

いつか子どもが自分で歩き始めたら、

少し後ろから、

笑顔で見守ってあげればいい。

子どもは、お母さんが思っている以上に、自分の力で成長していきます。

その一歩を信じて、

少しだけ、

手を放してみませんか。


🍀 今日のお母さんへ

今日、お子さんとの会話の中で、

「この子は、こんなことを考えていたんだ」

と気づいたことはありませんでしたか?

「辞めたい」

「もう嫌だ」

「自分でやる」

そんな言葉の中に、

子どもの本当の気持ちが隠れていることがあります。

もしよかったら、

質問箱から教えてください。

一つひとつ大切に読ませていただきます。

お母さんが一人で答えを出さなくても、子どもはちゃんと、自分の答えを見つけていきます。



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